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2話 誕生と浮く玩具

古い、しかし立派な屋敷の一室。

その一室は大きな安堵と興奮で満たされていた。

濃い金髪を短く刈った、よく鍛えられた体をした男が、小さな小さな何かを抱え、小踊りしていた。


「よく頑張った!!ネリア!!」


男は小踊りしたまま、その翡翠の瞳を脇に向ける。

そこにはベッドが一つあった。

ベッドの上には憔悴した、しかしやり遂げた満足感に頬を緩める亜麻色の髪の女性。

幼い風貌の女性だった。

憔悴してなお、微笑みを浮かべているような柔らかな口元の女性だった

更に、ベッドの周りには医者や使用人が居た。

今まさに、出産を終えた直後なのだ。

中年の使用人の一人が、苦笑しながら男を諌めるように口を開いた。


「旦那様。奥様はお疲れですので…」


旦那様、と呼ばれるからには、男と女は夫婦なのだろう。

言われて、男はようやく口をつぐみ、動きを止めた。

しかし、体からは隠しきれない喜びを溢れさせている。


「ん?おお、すまんすまん……。しかし可愛いなぁ。鼻はお前に似たか?この口の形もお前に似たな!」


男が口をつぐんだのは、僅か数秒。

すぐに、腕の中の小さな物を見て相好を崩した。

男の腕には、今生まれたばかりの赤子が抱えられていた。

またすぐに騒ぎ出した男に、ネリアと呼ばれた女が苦笑しながら声をかけた。


「……あなた、この子の名前は?」


声をかけられた男は、すぐに表情を引き締め、赤子を天に向かって抱え上げた。


「お前の名は、ダズウェンだ!しっかりと武を納め、兄を良く支えるのだぞ!」


「いくらなんでも気が早すぎますわ、あなた」


ネリア苦笑を深め、夫にささやいた。


「む、そうか?ははは…」


頭をかく男の裾を、男の子が引っ張った。

その子はまた三歳程度だろう。

顔は、男と女との繋がりをよく感じさせる。


「とうさま、わたしにもみせてください」


年からは考えられないような、丁寧な口調だった。

男は屈み込み、男の子が赤子の顔を良く見える様にしてあげた。


「うむ。よく見るといい。お前の、弟だ」


男の子は、生まれたばかりの赤子を、不思議な物を見る目でじっと見つめた。


「よろしくね」


そして、赤子に向けて微笑んだ。

すると、赤子も返事をするかのように体をわずかに動かした。




ダズウェンと名付けられた子は、大きな病気に犯されることなく、むしろ病気一つかかることなく、すくすくと育った。

しかし、大人しすぎて大人が不安に成る程だ。


「ダズウェン様は本当に大人しいですねぇ」


もう孫すら居る、年配の使用人が、ダズウェンの寝顔を見つめて微笑んだ。

そして、ふと気付いた。

ダズウェンがお気に入りのおもちゃが枕元に置いてあった。


「…あら?確かここに…?」


使用人は、後ろのおもちゃ入れを見て首をひねった。

今朝方、自分がしまった記憶があるのだが…。


「……片付け忘れかしら」


いやだ年かしら、などと呟きながら、使用人はおもちゃを元の場所に戻した。

が、その気配を察したのだろうか。

ダズウェンが目を覚まし、枕元にお気に入りのおもちゃがない事に気が付くとむずがりはじめた。

普通の子供ならここで泣き喚くところだろうな、と使用人は思いながら、しまったばかりのおもちゃを再び取り出そうとした。


「はいはい。すぐにお持ちしますからねぇ」


手を伸ばし、掴もうとした。

そこで突然、おもちゃが浮いた。


「……え?」


何が起きたのか分からない。

使用人は、大きく目を見開き、虚空に浮いたおもちゃを見つめる。

おもちゃは、その視線を受けたまま、ふわふわと空中を移動した。

ダズウェンの元に。

そしておもちゃが枕元に落ちたとき、使用人は我に返った。


「奥様!!旦那様ぁ!!」


同時に叫び声をあげながら雇い主の元に駆け込んだ。




ダズウェンの部屋に、すぐに人が集まった。

ダズウェンの両親、家令の老人、そして目撃した使用人。

全員の視線は、ただ一点を見ていた。

ふわふわと浮き、ダズウェンの元に向かうおもちゃを。

はじめは、使用人の支離滅裂な説明に、何を言っているのだ、とも思った。

しかし、これを見ては取り乱すのも無理はなかろう。

当然のごとく、全員が難しい顔をしていた。


「むぅ…」


男が腕を組み、眉間に皺を寄せて苦悩している。

はじめは魔法でも使っているのかと思った。

しかし、魔力は感じないのだ。

一体どういう原理で動かしているのか。

そもそも、我が子が動かしているのだろうか。

それすらもわからないのだ。


「ダズ…」


女はただひたすらに、心配そうに我が子を見つめる。


その沈黙は長い間続いた。

やがて男が重々しく口を開いた。


「……ダズの世話は信頼できる者だけにする。分かっているとは思うが、他言は無用だ」


皆、当然のように深く頷いた。




----------------------




ドレス辺境伯。

父がそう呼ばれていることを、ダズが理解出来るようになった頃。

ダズは、父、フラム・ドレスから「とても大切な話がある」と、執務室に呼び出された。


「なんでしょうか、父様?」


ダズは五歳になっていた。

教育方針から、両親が信頼できる大人としか交流が無く、最も年の近い話し相手は、三つ年上の兄、アレスだけ。

そんな環境でも、ダズはすくすくと育った。

兄であるアレスは八歳とは思えぬ知性溢れる子供であり、その兄に可愛がられているダズも、自然と兄の様な丁寧な言葉遣いを身につけた。

ちなみに、ダズと五歳のアレスのおつむを比べてみると、アレスが圧勝した。

ダズも馬鹿ではないが、賢いとも言えない。

生まれたばかりの大人しかったあの頃からは想像できない程に、活発で、しかも勉強が嫌いだった。

言葉遣いだけで賢く見えるだけである。

代わりに、身体能力は目を見張るものがあった。


「うむ。…あれをとってみてくれ」


フラムは本棚の一番上に置いてある本を指差して言った。

子供では到底手が届かぬ場所にある。

フラムですらも、台を使わなければ届かない場所だ。


「はい」


しかし、ダズが頷くと、本が一人でに本棚から抜けた。

更に、ふよふよと空中を漂い、ゆっくりとフラムの元に辿り着いた。

フラムは難しい顔で本を受け取る。

本を掴んで一瞬後、手に本の重量がかかる。

まるで、本を手渡され、相手が手を離した時のように。

相変わらず、意味不明の現象だ。

最近では、ダズが意図して起こしている現象であることも分かってはいたが…。


「……それは、どういうものなのだ?」


「え?」


フラムは姿勢を正し、真剣な顔でダズの目を見た。


「ダズ。ダズウェンよ。良く聞くのだぞ。……私もネリアも、アレスも、そういうことは、出来ないのだ」


フラムの重々しい告白に、ダズは目を剥いた。


「え!?」


ダズにも、疑問はあった。

何故、誰も便利なコレを使わないのだろう、という疑問だ。


「だから、教えて欲しい。それは、どうやっているのだ?」


フラムは、混乱しはじめたダズに、ゆっくり噛み含むめるように問い掛ける。


「えっと。手、手を、動かすのと似てるんですが……。本当に出来ないのですか?」


ダズは両の手を伸ばし、ふらふらと動かすジェスチャーをしながら、不安に顔を曇らせた。


「手、か…。出来ないのだ。私たちだけではない。他の誰もがだ。ソレが出来るのは、私たちが知っている限りお前だけなのだ」


「……」


フラムの告白に、ダズは震え始めた。

幼い少年にとって、その事実は孤独を味わわせたのだろう。

しかし、フラムはその手で、がっしりとダズの両肩を掴んだ。


「何故、お前にだけ出来るのか、それは分からん。だが一つだけ確かなことはある」


「……」


縋るようなダズの視線を受けたフラムは、力強く微笑んだ。

ダズの小さな肩にかける力も力強く、まるでダズの不安を取り除くかのようだった。


「お前は私とネリアの子供だ。故に私たちはお前を守りたい。お前だけではない。アレスもだ」


「……はい」


肩から感じる父の暖かさに、ダズはようやく震えを止めることができた。


「だからこそだ。お前は、それを人前で使ってはならん。人は、理解出来ないことに恐怖する。恐怖した人間は、容易く人を傷つけるのだ」


「……」


ダズが感じたのは、「とても不便だ」という感想だ。

以前屋敷の裏庭に居たクワガタにオシッコを引っ掛けようとして、股間の象さんをシザーされたあの激痛。

この『手』が無ければ外すことは出来なかっただろう。

次また挟まれた時、一体どうすればいいのか。

ダズの間違った不安を読み取ったフラムは、条件を緩めた。


「どうしても使わなければならない時が来るのかもしれん。その時は、決してばれぬ用に使うのだぞ。人前で使うのは、お前の命が危うい時だけだ。分かったな」


ダズは考える。

あの時は死を覚悟した。

つまり、股間をシザーされた時は使えるのだ。

ダズは、ほっと一安心した。


「…はい。その、バレないようになら使ってもよいのですよね?」


「…うむ。しかし、細心の注意をだな」


息子の申し出を聞き、フラムは少し緩めすぎたかな、と多少不安になった。


「遠くの物をとったりとかは駄目ですよね。こういうのはどうなんでしょう?」


ダズも分かっているようだな。

と、フラムが安心しかけたところで、おもむろに息子が執務机を持ちあげた。


「……それは、どうやっているのだ?」


フラムは思わず真顔になった。

フラムが新婚時代、妻に良いところを見せようと持ちあげ、若くして腰をギックリさせたヘビィ級の机だ。

それを、息子が平気な顔で持ち上げている。


「重ねるんです。その、『手』を」


ダズはまた難しそうに考えながら答えた。

机の重さを、屁にも思っていないのが良く分かる。

こんなこと、子供に出来ることではない。


「……ダズ!ダズよ!お前他に何が出来るのだ!?どういうことが出来るか教えなさい!!」


「はい?」


この日、フラムだけでなく、ネリア、アレスまでもが呼ばれてダズの行動審査会が開かれた。

そして、異常過ぎる行為は悉くダメ出しされて行った。


ちなみに、クワガタにオシッコをひっかけることも禁止されてしまった。

話を聞いた父は両手で顔を覆い、母が目を回し、賢く優しい兄にゲンコツを落とされてしまった。

そしてこの若き日の過ちを、ダズは一生悔いることになる。

巻いて行こうと思います

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