17話 興味津々
ダズは置いて行かれた食料を回収した。
かなりの量をおいていってくれた様で、到底一回では運びきれない量だった。
回収する際には、再び影から現れたスィニーズが、物言わずついて来た。
顔を見ると、既に不機嫌は忘れ去ったように口元を歪めている。
「……」
しかし、荷物を抱えるダズを見ても何も言わない。
手伝うそぶりも見せない。
いや、流石に手伝ってとは言えないが。
ダズは四回も往復したが、スィニーズは最後まで手伝わなかった。
そのくせその全てについて来た。
何やねんな。
食料が安心できる量になったので安心できたが、それ以外にも嬉しいことがあった。
「おおお!」
それを見つけて、ダズは思わず歓声を上げて、心の中でズールに感謝した。
寝袋だ。
ダズが使う様に設置されたテントにも寝袋は置いてあったが、使い古してぺらぺらの物だった。
そしておいて行ってくれたのは見るからに新しいもの。
ふかふかとした感触を味わうと、思わず口元がほころぶ。
別にぺったんこでも寝ることは出来るが、やはり寝心地が良い物を使いたいのだ。
テンションの上がっているダズを見て、スィニーズが不思議そうな顔で見つめて来ていたが、気にしない気にしない。
この子は影の中で寝てるっぽいし。
そこからまた剣を振って時間を潰し、夕食をもそもそと食べた後。
体を拭いたダズは、新しい寝袋に足を突っ込んだ。
やはりふかふかだ。
「ふー」
思わず至福の溜め息が漏れ出した。
すると珍しく、ダズが寝る前には影に引っ込むスィニーズがまだ外におり、ダズに話しかけて来た。
「おい」
「ん?」
数日も一緒に居るおかげで、ダズも随分油断する顔をスィニーズに見せるようになった。
スィニーズに顔も向けずに問い返した。
いつからこう気安くなったのかと言うと、ダズがちょっと用を足している時に影から現れて、スィニーズの頭に…。
いや、忘れよう。
あれは不幸な事故だったのだ。
もがれかけた。
怒りが長続きしない性格でよかったと心から思う。
その日以来は、影とは逆を向いて出すようにしたことだし。
「何か違うのか、それは」
スィニーズは、ダズの入っている寝袋と、今朝まで入っていた寝袋を見比べていた。
使い込んである方は色も褪せているし傷も多い。
中綿も潰れてぺったんこだ。
逆に今ダズが使っている物は、ほぼ新品で色も綺麗だし、傷も見当たらない。
中綿にもボリュームがある。
割と違うんだが、彼女には判別できないようだ。
「うん、まぁ。寝やすいんだよ」
何と言うべきか悩んだダズは、結果的にそう言っておいた。
ぶっちゃけるとそういうことなのだし、間違いではない。
「ほう」
スィニーズの声は、とても近くから聞こえた。
おや?とダズが顔をあげると、目の前にスィニーズの足があった。
スカートから飛び出した足は、やはり真っ白だった。
男の子のダズが思わず見とれているうちに、スィニーズがダズの寝袋に足を突っ込み、侵入して来た。
「おわぉ!!」
お腹にお尻が当たった。
初めての体験やでぇ!とダズが目を剥いて叫んだ。
ゴシックな衣装をきたまま入って来たスィニーズが、お尻で詰まった。
本当にボリュームがある。
「狭いぞ」
スィニーズが苦情を漏らしてきた。
それも当然、寝袋は一人様だ。
二人はいる様にはなっていない。
頑張れば入れるだろうが、頑張る理由がない。
しかしスィニーズは、無理矢理お尻を突っ込んだ。
後は簡単だ、とばかりにするすると侵入していき、胸で引っかかった。
「……」
スィニーズは何も言わず、自分の胸をぎゅむっ!と押し込むと、首まで寝袋に収まった。
当然ながら、ダズの体の前半分にスィニーズの体がぴったりとくっついている。
色々と、柔らかい。
更にダズの眼前には、スィニーズのつむじが見える。
何だか甘い匂いまでしてきた気がする。
ダズは思わずごくり、と唾を呑みこんだ。
「…分からんな」
すっぽり収まったスィニーズが、ぽつりと呟いた。
なら出て行ってください!
ダズがへっぴり腰になって、心の奥底から願ったが、スィニーズはピクリとも動こうとしなかった。
「……スィニーズが使うなら、俺はあっちいくから!!」
我慢の限界に達したダズが、すっぽーん!と寝袋から飛び出した。
「……」
芋虫の様になったスィニーズの視線を受けながら、ダズは古い寝袋にスライディングで侵入した。
隠さねばならない物が、男にはあるのだ。
心頭滅却し、グラの暑苦しい顔を思い浮かべて己を落ち着かせたダズがふーっと安堵の息を吐いた。
するとごそごそと音が鳴る。
ダズが見ると、スィニーズが寝袋から抜け出していた。
そしていつもの顔で無言のまま歩いて来ると、ずぼっ!とダズの入っている寝袋に足を突っ込んだ。
「ええ?!何で!?」
ちょうど今邪念を追い払ったところだったのに!!
とダズが悲鳴をあげたが、スィニーズは尻を押し込みながら呟いた。
男の子にぐりぐりと押し付けないであげてください。
「比べてみんと分からん」
ある意味正論だが、ダズが入っている時に入って来る意味が分からん。
中綿がぺったりしている分、先ほどよりもあっさりとスィニーズが侵入を完了した。
そして一言。
「ふむ。…分からんな」
そう呟くと、もはやピクリとも動かなくなった。
また甘い匂いがダズの鼻孔をくすぐる。
「じゃっ、あっちにいくよ!!」
ダズはまたしても、すっぽーん!と寝袋から抜け出した。
再び新しい寝袋に滑り込み、心頭滅却しようとした。
寝袋から甘い匂いがした。
ダズは、以前の演習で行った先にある川で、グラが水浴びしているシーンを思い出して己を殺すことに全力を費やした。
パッと見のダズは、血走った眼でぜぇぜぇと荒い息を吐く怪しい少年だった。
しかし己と戦っているせいで、気付かなかった。
気付けばまたしても、スィニーズが目の前に立っていた。
「やはりこちらがいいようだ」
そう言って、ずぼっと体を突っ込んで来た。
「えええええええええええ!?」
そんなコントを朝日が出るまで繰り返し、ついにダズが力尽きた。
力尽きた時に入っていたのは、ちゃんと新しい方の寝袋だった。
習慣とは恐ろしい物で、ダズは少し寝ただけで目を覚ました。
スィニーズがちゃっかりと寝袋の中に納まっていたが、普通に目を開けて無言で横になっていた。
寝てないのかよ。
軽く不気味である。
相変わらず、すげー良い匂いがしたが、ダズには反応する気力も無かった。
ダズが寝袋から抜け出すとすぐに、スィニーズも寝袋から出て来た。
黒いゴスロリ衣装は、なぜか皺ひとつなかった。
睡眠不足で重い瞼に耐えながら、朝飯をもそもそと食べる。
携帯食だけでなく、肉とか野菜とかも分けてくれたのが有難かった。
肉を串に刺して軽く焼き、野菜スープを作って食べていたのだが、スィニーズは食事にも興味を示した。
全ての食材は生のまま齧っていた筈なのだが。
「それは、美味いのか?」
もきゅもきゅと顎を動かすダズを見た後、あぶられている肉を見て聞いて来た。
「……まあ美味しいよ」
携帯食に比べたら。
「ふむ」
スィニーズは呟くと、ダズの確認得ることなく肉に手を伸ばした。
そして真似をしてか、串ごと食べることなく、肉だけを口に収めてもぐもぐと咀嚼していた。
ごくん、と小さな喉が肉を嚥下した。
「……美味しかった?」
喰い終わったら黙り込んだスィニーズに聞いてみた。
「分からん」
胸を張って答えて来た。
味覚ないのだろうか。
その後スィニーズは、良く焼けた鉄の鍋を平気で掴みとり、沸騰している野菜スープも平気な顔でぐびぐびと飲んでいた。
ダズは突っ込みを放棄して、奪われた分、新しい肉を焼き始めた。
イメージはカルガモ親子




