13話 演習中に
ダズは16歳になった。
もうかなり背も伸び、技量に見合った体が出来て来た。
同年代での中でもまだ背は中ぐらいではあるが、成長はまだ止まらない。
兄を見ても分かるが、あと数年もすればなかなかの身長を誇ることが出来るだろう。
しかし兄が居なくなったおかげで、おつむに陰りが見えて来たことが問題である。
上級生になると、今までよりも大規模な戦闘訓練が行われることになった。
4年から6年までが一塊になって移動し、軍事演習を行うのだそうだ。
移動にも一週間をかけるなど、かなりの距離を移動したことだろう。
到着した場所は、中々の大きさの平野である。
なだらかな段差がいくつもあり、平野の奥には森に繋がっているのだろう、少しずつ木々が増えている。
そんな場所で、生徒たちを完全に2チームに分担し、対抗戦を行うのだ。
早速とばかりにチームを分け、各チームに分かれる。
そして丸一日かけて、作戦会議だ。
大まかに学年ごとにグループを作らせ、更にその代表者を会議に参加させる。
ダズ達も参加したが、4年生はおっかなびっくりといった所だ。
しかし、6年生はやる気満々だ。
大将として指定された大柄な先輩は、同じく敵チームの大将に指定された先輩に対して、
「今日こそ決着をつけてやる!」等と息巻いている。
結局ダズ達は先輩たちの指示通りの布陣で戦うことに頷くだけだった。
集団行動にまだ不慣れな4年生たちは、奇襲部隊となった。
適当に突っ込んで適当に引っ掻き回して適当にやられてこい、ということだろう。
当然ダズもそのメンバーに入れられており、夜の暗いうちに移動し、身を潜めることとなった。
ちなみに何の因果かグラと同じチームで、ラーズとは敵同士になってしまった。
「あいつに眼に物みせてやるぜ!」
深夜でもグラは元気いっぱいだ。
子供のころから大きい体が順調に育っており、クラスでも一番の巨漢だ。
その分、声も大きい。
「静かにね」
「お、おう…」
ダズがそっと指摘すると、グラは慌てて小声になった。
グラも初めはダズと敵でないことを悔しがっていたが、流石に4年も同じ釜の飯を喰った仲だ。
事あるごとに突っかかっては来るものの、そこに悪意は無い。
純粋に負けるのが悔しいと言うだけの分かりやすい性格なのだ。
基本的に割と面倒くさい奴だが、悪い奴ではない。
ちなみにグラが言った『あいつ』とは、ラウマのことである。
ラウマはラウマで、順調に成長しており、女性としては中々の高身長だろう。
胸が無いのが悩みだそうだが、それをからかったグラが一度滅された。
そんな訳で、グラはラウマにはまだ一度も勝てていない。
よってグラは、ダズとラウマに良く噛み付いて来るのだ。
「戦うかもわからないしね。そもそも私たちは攪乱だし」
ダズは一応釘を刺して置いた。
一人で突っ込んで囲まれてやられても、助けようが無い。
「…まあ、そうなんだけどよ」
グラも一応は分かっているようだが、不満そうだ。
ダズは多少不安に思ったが、あまり言っても意味は無い。
粛々と指示通りに動くだけである。
夜明けと同時に開戦となった。
ダズ達は森の中に居るので状況は見えないが、雄々しい叫び声や金属を打ち合う音が聞こえて来る。
ばれないように、数人でそっと様子を伺って機を図っていると動きがあった。
「後退!後退!」
敵チームの大将が後退を叫んでいる。
こちらが優勢の様だ。
このまま森に近づいてくるようなら、大将を狙えるのではないか?
そう考えたダズ達は、息を殺してその時を待った。
じりじりと味方が押していき、大将が近づいて来る。
皆手に武器を持ち、ごくりと唾を呑みこんで攻撃の機を図り始めた。
その時。
「なっ!?」
味方の陣営から驚愕の声が漏れた。
ダズが声のした方向を見ると、ダズ達と同じく、森の中に潜んでいたのだろう、側面から新手が突撃していた。
一瞬味方が動揺した隙に、敵の大将も叫んだ。
「よぉし!今だ!転進!」
今まで逃げていたのは誘いだったのだろう。
本当に押されていたかのように、じりじりと少しずつ後方に下がっていたのですっかり騙されていたわけだ。
そして押していると思い込み、側面の警戒を忘れた時に奇襲を仕掛けた。
学生と言う練度の低い戦いくらいでしか使えまいが、実に単純でわかりやすく、しかし成功すればとても効果的な手段だ。
「くそ!」
グラが呻いて立ち上がった。
同時にダズも立ち上がる。
このままだと確実に負けるだろう。
ならばせめてこちらも奇襲を仕掛け、相手を混乱させるしかあるまい。
しかしダズ達が走り出してすぐに、それを阻む様に敵が眼前に立つ。
こちらの考えは完全に読まれていたのだろう。
ダズは人ごみの奥に微かに見える相手の大将を見た。
見るからに勝利を確信した顔で、激しく指示を飛ばしている。
(これは負けた)
ダズはあっさりと勝敗を受け入れた。
しかし投降するつもりもない。
後は力いっぱい、無駄なあがきをするだけだ。
隣に立つグラも同じことを考えているらしく、ハルバードを構え直していた。
そこで、突然誰もが予想していなかった出来事が起きた。
真っ先に気付いたのは、相手を睨み付けていたダズだった。
「!?」
ダズは突然、弾かれた様に後方を見た。
その突然の動作と、ダズの尋常ではない雰囲気に、敵味方問わず怪訝な顔をしてダズの視線の先を追った。
そして数瞬。
「うわぁ!?」
グラが叫び、慌てて体を反転させて構えた。
そこに居たのは、魔物だった。
魔物だけではなく、獣まで。
それも一匹二匹ではない。
夥しい数のそれらが、一目散にこちらに殺到していた。
ダズ達に遅れて、戦っていた学生たちも気付いた。
その数と勢いに、生徒たちは一瞬鼻白んだ様子だったが、即座に、敵チームの大将だった生徒が叫んだ。
「落ち着けぇ!!全員、演習は中止!!二人一組になって各個撃破!」
その叫びを受けて、生徒たちはもはや敵味方関係なく魔物と向き合った。
ダズ達も、迫りくる魔物達を睨みながら後退を続けていた。
ダズ達は森の中に居るので、囲まれたそこでおしまいだ。
森を抜ける前に、まず一匹の魔物が接近して来た。
六足も足がある、狼の様な魔物だ。
魔物の中でも一際足が速いためだろう、一匹だけ群れから飛び出す様にして駆けて来ていたのだ。
戦って時間を使いたくは無かったが、戦わない訳にもいかない。
「来やがれぇ!!」
グラが体に見合った叫びを発し、どっしりと腰を落として武器を構えた。
それに気づいた魔物はグラの間合いの外で立ち止まったかと思うと、牙を剥いて威嚇してくる。
「……」
グラは真剣な顔で、その魔物と向き合っている。
しかし観察しているうちに様子がおかしいことに気付いた。
魔物が、異常に焦っている気がする。
「……?」
同じくそれを察したダズは、走って来る魔物を観察してみた。
数は恐ろしい物がある。
しかし、そのどれもが慌てているように感じる。
(いや、…恐れてる?)
恐怖に駆られて、一目散に逃げ出しているような雰囲気を感じるのだ。
「変だ」
ダズは思わず呟いた。
その呟きを聞いたグラがちらりとダズを見つめて来る。
続けてダズは呟いた。
「何か、おかしい…」
ダズは気配を探った。
魔物の駆けて来た先に、何があるのかを。
距離的には、とても探り出せるような距離ではない。
その筈なのに、分かった。
いや、分かったわけではないが、全身が総毛立った。
「逃げろぉ!!!」
気付けば、ダズの体は勝手に叫んでいた。
「ああ?!何がおかしいんだって!」
グラが訝しに叫んで来たが、説明のしようがない。
何かがいる。
ヤバい何かが居る。
ダズには、それしかわからなかった。
「分からない!けど逃げるんだ!!」
ダズは一瞬で蒼白な顔色へと変わり、隣に立つグラに叫び返した。
「…逃げるったってよ」
その剣幕に押されたグラが、ごにょごにょと呟いた。
グラの目の前には、魔物が居るのだ。
まさか魔物に背を向ける訳にもいくまい、とグラが考えた。
その瞬間に、それが現れた。
「え」
それを見て、誰かが呆然と呟いた。
それは上空に飛んでいた。
それは音も無く着地した。
その瞬間、逃げていた魔物達も面白いくらい同じタイミングで、ぴたりと止まった。
竜だった。
その色は、黒の様な紫の様な、深い深い色だった。
その瞬間、時が止まったかのように世界から音が途切れた。
「…邪竜、ニーズ」
誰かがそう呟いた。
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それは暇だった。
暇で暇で仕方が無かった。
この日も暇を持て余したまま、気の向くままに空を飛んでいた。
(?)
遥か遠くで、戦う音が聞こえる。
何故か血の匂いは感じないが、人間とかいう奴らが戦っている時と同じ音がしている。
それは楽しいことが大好きだった。
そして戦うと、ワクワクする。
だから戦った。
神と邪神が争っているところにも突撃した。
戦っていた筈なのに、なぜか二体協力して攻撃して来たのが不思議だったが、両方とも食い殺した。
同族に喧嘩を売られた。
散々に痛めつけてやったが、同族のよしみで一度だけ許してやることにした。
人同士の戦いなど、それにとっては蟻の諍いではあったが、暇つぶしにはなるかもしれない。
そう思って、見に行った。
見に行ったのに、戦っていなかった。
ばかりか、蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。
楽しみにしていたのに。
少しばかり残念に思ったが、仕方あるまい。
また暇を潰そう。
少し五月蠅いので、掃除をしてから。




