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11話 実地授業2

休みだから二話くらいかけると信じて投稿

森に入ってから普段と全く様子が変わったダズに対して、ラーズは問いかけた。


「ダズ、君は実戦経験があるのかい?」


始めはただ落ち着いているのかと思ったが、ことここに至ってようやく気付いた。

どう見ても場馴れしているのだ。


「うん。領地で狩りはしてたよ」


ダズはあっさりと頷いた。

その間にも周囲の警戒は全く緩めない。


「そっか…」


学園に入るのは12歳。

それ以下の年齢の子供が命のやり取りを行うなど、本来なら正気の沙汰ではないだろう。


ラーズは決意した。

森の中での指示をダズに任せる様にしたのだ。

するとダズは、先頭をひょこひょこと歩き始めた。

ちゃんと全員ついていける速度だが、その間にも「これは食べれるキノコだよ」「これは毒だから触らないで」「あ。これは初めて見た」等と、キノコや草を指差して気楽に説明していった。


「は~…」


三人は感心した顔で頷きながら、後について行った。




森の浅いところを歩いているためか、そこからしばらく歩いても魔物と遭遇することはなかった。

ラーズ達も段々と気が抜けて来たが、狙ったようなタイミングで新たに獣と出会った。


「む…ベアズだね」


魔物ではなく獣だが、生半可な魔物よりもずっと危険な生き物がそこに居た。

いわゆる熊である。

当然の如く、ダズ達の倍程度の大きさを誇っている。


「うわっ」


「ひっ!」


「っ!!」


まだまだ小さいと言わざるを得ないが、それでも子供達は脅威を感じた。

泡を喰ったように武器を抜くと、ベアズも反応して敵意に溢れる目でこちらを睨み付けて来る。


「大丈夫、落ち着いて。みんなで戦えば怖くない」


ダズはまだまだ落ち着いていた。

これくらいなら、ダズも戦ったことがある。

しかしこんなに浅い場所で出会う様な獣ではないはずだ。

万が一にも村に向かった場合、下手すると何人も犠牲者が出てしまうだろう。

ここで仕留めておかなければならない。


ラーズ達も一人では厳しいだろうが、今は四対一だ。

最終手段としては、ダズ一人でも十分に勝てる。


「私が正面に立つよ。みんなは横や後ろから。一度攻撃したらすぐに離れること」


そう言って一人、気負いなくベアズに向かって歩き出す。

ベアズは警戒して、すっくと立ち上がった。

立ち上がるとまた一層大きく感じる。

それを見てラーズ達はまた身を竦ませたが、怯えをかみ殺して頷いた。


「…分かった」


おっかなびっくりダズの指示通りに戦っていたが、実に安全だった。

ベアズがダズとにらみ合いをしているうちに横から後ろからちくちく攻撃するだけで良かったのだ。


それもそのはず、ベアズは、一番強いダズから目を逸らせない。

後は着実に積み重ねて行けば良いだけだった。


流石に怪我が増えて来ると、ベアズもラーズ達に反撃をしようと考えていたようだが、その度にダズが微かに動く。

するとベアズは、ダズの方を向かざるを得なくなる。

そうして、かなり時間はかかったがベアズは力なく倒れ伏した。


「ふぅー」


まさかの大物との対峙に、三人とも溜め息を吐いて汗をぬぐった。

流石に座り込みはしないが、森の中でなければすぐに座り込んでいたであろう。


「お疲れ様」


結局手を出すことがなかったダズが激励しながら、ベアズの死体に取り付いた。

ナイフを抜き放ち、あっという間に解体し始める。


ラーズは、ずっとベアズの正面に立ち続けたダズに感謝を告げようとして、それを発見した。


「うん、ダズも。……何してるんだい?」


フーとミリリも、疲労も忘れ、あんぐりと口を開けてダズを見る。

その間にも、するすると毛皮が剥ぎ取られていく。


「肉も食べれるし、毛皮も使えるからね。持って帰ろう」


どこぞの伯爵家の次男とは思えぬサバイバル精神。

皮を剥ぎ終えると、今度は肉を切り分け始める。

このグループは間違いなく、今夜のおかずは一品増しである。


「……」


ラーズ達は感心より、呆れを多く含めた顔で解体シーンを見つめ続けた。




流石に解体を終えるには時間がかかった。

持ちきれない肉は穴を掘って埋めておき、獣が増えない様に対策も済ませる。

この対処方法は授業が始まる前に教わっていたのだが、獲物の大きさが大きさなだけに、穴を掘るのも一苦労だった。


更に、ここに居るのは少年三人、少女が一人。

そこまでの量を運べるものでもない。

そもそも、ダズ以外は身軽で居たかったので、肉を運ぶことは丁重に辞退した。


「そろそろ時間だと思うし、帰ろうか」


結果として、時間も良い感じに潰れることにもなった。

まだ狼煙はあがっていないが、まもなくだろう。


「そうだね」


時間ぎりぎりまで戦っている必要も無い。

実戦も体験することが出来たのだからと、戻ることになった。


「でも、ベアズのお肉は食べるの初めてかも」


帰り道、フーが興味ありげにダズの抱える肉を見た。


「私もです」


ミリリも同じ様だ。

ラーズまで頷いている。

多少偉いところ出身の彼等には未知の食材であり、食べたことがあるダズがおかしいのである。


「ちょっと匂いがあるけどね」


期待している彼らにそう言いながら、ダズが何かを発見して回収していた。


「あ、これで巻いて焼くと食べやすいよ」


大きな葉っぱだ。

ラーズは、コイツは本当に貴族の息子なのかと問い詰めたくなってきた。




時間的にも丁度良く、帰り道の途中で狼煙を発見した。

おかげで、ダズ達が一番乗りだ。

狼煙を上げたカラム先生がラーズ達を順番に見て、最後にダズを見て一瞬固まった。


「早いな。…おい、ダズウェン、それは何だ?」


「ベアズです。夕食に食べようと思いました」


ベアズであることは、毛皮を見ればわかる。

問題は、何故普通に皮を剥いで来ているのだと言いたかったのだが。


「そうか…」


もう突っ込むことは止めておこう。

剥ぎ取り方は今晩の授業内容の予定だったのだが。

ロー先生が今、剥ぎ取り用の獣を仕留めに行っている。


思考がフリーズしていたカラムは、すぐに我に返った。

そんなことよりも、大事なことがある。

ベアズなんて大物、この森には奥にしかいないはずである。


「ベアズが居たのか?深いところまで行ったのか?」


「いえ」


ダズは首を横に振ったが、こういう面ではこの生徒は信用しない方が良いだろう、と判断したカラムは、そのままラーズ達に視線を送る。

しかしラーズ達も、深くまで行った感覚は無い。

ふるふると、首を横に振った。


「ふぅむ…」


カラムは難しい顔で唸った。

たまたまかもしれないが、もしほかにベアズが居たら不味いことになるかもしれない。

グループ単位でかかればこの子達でも勝てるだろうが、初めての実戦の子も多い。

これはしくじったかもしれない、と考え始めていたが、カラムの不安をよそに、生徒たちは無事に帰って来た。


グラに至っては帰還早々、キョロキョロと辺りを見回してダズを探し出すと、ずかずか歩み寄りながら叫んだ。


「ダズウェン!お前どれだけやっつ……」


その叫びは、段々尻すぼみになって消えた。

ダズは、ベアズの毛皮を干しているところだった。

しばらく停止したグラが、ベアズの毛皮を上から下までじっくり見つめた後、呟いた。


「お前が…?」


ダズは何となく言葉の意味を推測した。

「お前がやったのか?」と言いたいのではなかろうか、と。


「うちのグループで?」


「畜生!」


グラは明日に向かって駆けだした。

ベアズの毛皮は注目の的だった。


「でかっ!」


「何あれ」


「ベアズらしいよ」


「うへー」


遠巻きに見つめた生徒たちがもの珍しそうに見つめている。

そこに、ロー先生が狸っぽい生き物を担いぎながら帰って来た。

そしてダズが解体したベアズの毛皮を発見して、あいつに授業をさせようかと一瞬本気で考えた。


夕食では、一つのグループだけ何故か食材が多かったが、基本的に全員均等に割り当てられた食材で各自腹ごなしをした。

そして満腹になった直後、あろうことか、ロー先生の解体ショーが開幕された。


「とまぁ、こんな感じだ」


食事後にするなと言うべきか、食事前でなくてよかったと言うべきか。

数人は青い顔で口を押えている。


「分からなかったら、俺かカラム先生に聞け。俺らが忙しいときはダズウェンに聞け」


「え?!」


翌朝には帰還することになった。

ダズ達がベアズと遭遇したので、念には念を入れ、この日森に入ることは断念したのだ。

結果的に、それは正解だった。






森の奥の奥。

最奥でそれを目を覚ました。

退屈に塗れた瞳を持ったそれは、一度大きく伸びをすると、大空に羽ばたいた。

はて今日はどちら側に飛んでいこうか、と考えていると。


(む?)


鋭敏な知覚が、血の気配を感じ取った。

一瞬狂喜に輝いた瞳は、しかしすぐに元の退屈を映し出した。

血の匂いは感じたが、もう古い物だ。

気配を辿っても、戦いの気配など何処にも無い。


(ちっ。つまらん…)


それはそのまま、森を飛び立ちどこかに消えた。

まだ出会いません

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