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1話 竜

森の中は地獄だった。

たった一体の生き物が現れただけで、地獄と化した。

武装した少年少女が魔物と戦っている時に、そいつは突然現れた。


竜だった。

その色は、黒の様な紫の様な、深い深い色だった。

それはただ、上空から着地しただけだった。

それだけで、命のやり取りをしていたはずの魔物も、少年少女達も、誰一人例外は無く戦いを止め、その竜を見つめた。


見ただけで、一人の勝気な少年の心がへし折れた。

いや、少年だけではない。

少年と向かい合っていた魔物は、今まで命のやり取りをしていた相手が見せた致命的な隙を見て、しかし一目散に身を翻した。

一心不乱に、竜とは反対方向に。


そんなことにも気づかぬほどに我を失い、ただ震える少年の肩に、人の手が置かれた。

突然触れられたことに、ビクリと体を震わせたが、恐怖に引き攣った顔で見たのは、見知った顔だった。

いつも穏やかな雰囲気を称えていた筈の知り合いの顔は、今ははっきりと引き攣っていた。

それでも、我を失っていない。


「……逃げろッ!」


耳元で、鋭く囁かれた。


「あ?あ、ああ!!あああ!!」


一瞬、何を言われたか分からなかった。

しかし、すぐに言葉の意味を理解すると、コクコクと頭を振り、一目散に駆け出した。

竜とは反対方向に。

それを契機に、周りの少年少女も一目散に駆け出した。

逃げる様にと囁きかけた、一人の少年以外は。




一人残ったその少年は、ダズウェンという名の少年だった。

ダズウェンはこの森に集まった少年少女の中でも飛びぬけて強かったし、その外見に反して、剣豪とすらよばれる達人とも互角に切り結ぶことが出来る程の力を持っていた。

そのダズウェンは今、絶望的だと嘆きたい気持ちでいっぱいだった。


竜を一目見て理解した。

アレは、無理だ、と。

力の差がありすぎる。

まともに戦ったら手も足も出ない。


しかし油断している今なら、もしかすると時間を稼ぐことが出来るかもしれない。

そして、そうすることが出来れば、今逃げている彼らの命が助かるかもしれない。

その結果、自分は死ぬだろう。

それでも、やらなければならない。

全員逃げたら、どうせ皆殺しだ。

ならばせめて、多くの命が助かる、かも知れない可能性に賭けるしかない。


恐怖はあった。

今も勝手に歯が打ち合わされている。

竜を見るだけで、自然と涙が溢れて来る。

即座に反対を向き、走り出したい。

体が必死に、逃げろ逃げろと叫んでいる。

しかしダズウェンは、そう叫ぶ体を叱咤し、歯を食いしばり、竜に向けて一歩進みだした。


「ッ!?」


そして息をのんだ。

竜が、ちらりとこちらを見たのだ。

正確には、ダズウェンを見たのではない。

蜘蛛の子を散らす様に逃げる、魔物や少年達を、だ。


そして竜は、そのまま軽く息を吐いた。

人間でいえば、目の前に埃が漂っていたから息で飛ばした、と言った具合だろう。

しかし竜の口から出たのは、漆黒の何かだった。


それは恐ろしい勢いで森を侵食した。

燃えるのでもない、凍るのでもない。

ただ、その漆黒に触れた物が消滅していく。

それが、背を向けて走る者達に、そしてその間に立つダズウェンに襲い掛かった。


しかし不思議な出来事が起きた。

ダズウェンの眼前で、それが止まったのだ。

何かに堰き止められるかのように。


「ぐううおおおおおオオォォッ!!!」


それがダズウェンが行っていることは、彼の咆哮を聞けば一目瞭然だった。

脂汗を流し、口から血を流すほどに歯を食いしばり、必死に漆黒に耐えているのだから。


そこでようやく、竜はダズウェン個人を見た。

邪魔くさい『埃』ではなく、不思議な『生き物』として。

そのおかげか、危ういところで漆黒が止まった。


漆黒が無くなると、ダズウェンと竜の間には剥き出しの地面だけが残っていた。

あれ程あった木や草は、欠片も残っていない。


そして防ぎきったダズウェンは、ぐらり、と体を傾けた。

生きている。

何をしたか分からないが、漆黒を防ぎ切ったのだ。


竜は瞳を輝かせた。

獲物として、玩具として、遊び道具として。

手を抜き切ったとはいえ、自らの漆黒に耐えた、小さな生き物を見たのだ。

正しくその瞬間、ダズウェンの体が消失した。

そう思えるほどの速度で、竜に向かって飛び出したのだ。


竜は目を剥いた。

それは人間が出せる速度ではない。

そして人間が飛べる高さにも居ない。

ダズウェンは、一瞬で竜の眼前に居た。


竜も、油断していなければ余裕で対応できていただろう。

しかし、まさか目の前の玩具が、こんな速度で動けるなど想像もしていなかったのだ。

反応が遅れた。


その大きな眉間に、ダズウェンの一撃が叩き込まれた。

その一刀も、人ではありえない速度だった。


ガギィッ!!


そう音を立てて、ダズウェンの剣が真ん中からへし折れた。

竜の強靭な体とダズウェンの渾身に、剣の方が耐えられなかったのだ。


一瞬驚愕に輝いた竜の瞳が、再び喜悦に染まった。

予想以上に楽しめた、とその瞳に書いてある。


そして次に、瞳を残酷に輝かせ、最早空中で落下するしかないダズウェンに対し、口を開いた。

喉の奥に、再び漆黒が覗いていた。

先ほどの様な、吐息の様なものとは違う。

獲物を狩る意思の籠った、まさしく『攻撃』だ。


―さあ、これは耐えられるか?


あたかもそう言っている様だ。




そしてそれこそが、油断だった。

ダズウェンが、真に狙っていた瞬間だった。

半ばで折れた刀身の先、空中で回転しながら意思なく地面に落ちていくだけのはずの剣先が、唐突に動いた。

竜の右目に、一直線に。


グブリ、と音を立てて、竜の片目から光が失われた。


―ッッッ?!?!


竜は混乱した。

周囲には敵の気配も無く、近場で生きている者は目の前の『コレ』だけだ。

だと言うのに、何故右目が奪われた。

もしや、『コレ』が何かしたのか?!と。


目を奪われ体勢を崩し、灼熱の様な痛みを感じながら、竜は動いた。

その尻尾を、未だ空中に居るダズウェンに叩き付けた。

その瞬間、竜は不思議な感触を感じた。


血袋を叩いたはずなのに柔らかく、しかし固いという、不思議な何かを叩いた様な感触だった。

竜は残った左目で、思わず叩いたソレを見た。

するとダズウェンはバラバラに引き千切られておらず、ただ何かに耐えるように脂汗に塗れた顔をしていた。

漆黒を耐えていた時と、同じ顔だ。


―間違いない、コレは何かをしている


竜はそう確信した。

漆黒を防いだのも、あの動きも、この右目を奪ったのも、こいつがやったのだ。

そう確信すると、竜は実に久しぶりに本格的な戦闘のために意識を切り替えた。

が、しかし。

不思議な力で尻尾を防いだダズウェンは、そこまでが限界だった。

恐ろしい勢いで地面に叩き付けられた衝撃までは、殺すことが出来なかった。


「ガッ、ハッ!!」


盛大に吐血し、立ち上がることは無かった。


竜は、大いに拍子抜けした。

演技かと暫く様子を伺っても見たが、段々と呼吸が薄くなっていく。


竜は一度大きく溜め息を吐き、ダズウェンから興味を失った。

しかし、自らの体に傷をつけたのはこいつが初めてであることを思い出すと、ダズウェンがどんな力を使ったのかと、興味を取り戻した。

悠久の時を生きているこの竜にも、あの不思議な力が何なのか分からなかったのだ。


竜の姿が、一瞬で消えた。

そして一瞬前まで竜の居た場所には、一人の少女が立っていた。

真っ白な肌に、真っ黒なゴシックなドレスを着た少女だった。

その顔を見れば、どんな画家でも筆を投げ捨てるような容姿だった。

幼いはずなのに胸と腰には大きな膨らみがあり、異様な色気があった。

しかし体からは、直視することすら不可能なほどの、猛烈な禍々しさがあった。

その右目は光を灯しておらず、だらだらと血を流していた。

少女は、残った左目で今にも死にそうなダズウェンを見下ろし、頬を歪めて何事かを言った。


「――――――」


ダズウェンの朦朧とした震える瞳が少女を見たかと思うと、震える唇を僅かに開いた。


「――、―、―」


それを聞き、少女が残った左目を見開いた。

そして腹を抱えて地面を転がり、大爆笑までした。

そんな間に、ダズウェンの呼吸が掠れて、止まった。

すると少女は、すっくと立ち上がり、ニタリと不吉に口を歪めて、潰れた自らの右目に、自分の指を突っ込んだ。

そのまま潰れた瞳を引きずり出すと、自らの口に含み、呼吸を止めたダズウェンの唇に、自らのそれを重ねた。

ダズウェンの喉が、微かに動いた。

まるで何かを呑みこんだかのように。

ロリ巨乳って、正義だと思いませんか。

私は思います。

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