とある花屋は、頼まれたものを売る。
なんでもあり。
有難いことに、我が家は代々貴族御用達の花屋として商売させてもらっている。
そこにはさまざまな理由で花を買い求めに来るが、それらを全部見なかったことにするのが大事なポイントである。
取引先相手に贈る花、愛人に贈る花、何かの暗号に使われる花…。
この商売、口が堅いことが店を続けられる一番の理由だと、じいちゃんにも口酸っぱく言われてきた。
だから、俺もそうであるように努めているけれど──。
「ご自宅用でしょうか?」
ある日、若い男性が一人で店にやってきて、とある花を包んでくれと言った。
店の外に使用人を待たせて一人店の中に入ってきたから変だなぁ…と思いながらも、にっこり笑顔で対応していた。
「いや、プレゼント用なんだ」
「え」
思わず、とってはいけない態度をしてしまって、内心焦った。
「……何か?」
「いえっ、リボンなどはどうされますか?」
慌てて普段のようにしたけれど、不信感を抱かれたかもしれない。
あっちゃ〜、やらかした…。
俺って本当にまだまだだなぁ、じいちゃんが生きてたら今日はまず飯抜きだわ、これ…。
そうは言ってもやっぱりこの花を思うと、複雑な気持ちがしてくる。
お客様が頼まれた花は、基本的にはプレゼント用に包まない花だ。
その理由は、花言葉にある。
花言葉とは面倒なもので、状況によって変わったりする。
地面に自然に咲く花の他にも、魔法で改良された花もあるものだから、花言葉は日々増えていく。
魔法で育った花なんかは、一日のうちに色や匂いなんかが変化したりするから、その度に花言葉も変わったり。
それ以外にも、男にあげるか、女にあげるかで意味も変わってきたりすることもあるから、これ以上増えないでくれと思ったり思わなかったりする。
それらを覚えるのも花屋のすべきことだし、貴族の嗜みでもある。
そして、この花は誰にも渡さずに自分だけで楽しむ場合の花言葉は『私を生きる』なのもあって、とても人気な花だ。
だから、うちの店でも取り扱っている。
だけれど、誰かに渡すのなら、意味が変わってくる。
その場合の花言葉は、『あなたを殺す』という物騒なものに様変わりする、扱いが厄介な花なのだけれど…。
だから、この方がもしこの花の花言葉を知らなかったら、かなりまずいことになると思うんだが…。
そうは思いつつ言われた通りにするのが、花屋だ。
お客様が望まれたことが一番なのだから。
まあ、今のは平然とスマートに対応できなかったから、このお客様にはもう利用してもらえないかもな…。
お貴族様は、甘くない方が多いし。
どうか、この花が何かのトラブルに引き起こしませんように。
せめてそう気持ちを込めながら、丁寧に花を包んでお渡ししたのだった。
あの花、大丈夫だったかなぁ…。
昨日の『あなたを殺す』の花が気になって、今日も考えていた。
『どういう了見でこの花を贈ってきたのよーーー!!!だったら、逆に殺してやる〜〜〜〜っっ!!!』みたいな事件に発展してないといいんだけど…。
我ながらたくましい妄想力で最悪の事態を想像しては、気分が沈みかけていたのだけれど、そこで店に人が入ってきたので顔を上げた。
「いらっしゃいませ、……っ!?」
「やあ、昨日はどうもありがとう」
そこには、例の『あなたを殺す』の花言葉の花を買っていったお客様が立っていた。
「…いえっ、こちらこそご利用ありがとうございました」
平常心、平常心、平常心……。
俺はお客様を詮索しないただの花屋…、俺はお客様を詮索しないただの花屋…。
「昨日はすまなかったね、でもお礼が言いたくて来たんだ」
若い男性客は、困ったように笑いながらカウンターに近づいてきた。
今日も表に使用人を待たせて、一人だ。
「何かございましたでしょうか?」
「昨日、あの花をなにも言わずにプレゼント用に包んでくれただろう? それがすごく助かったと言いたくてね。……きっと、君は花言葉の意味も知っていただろう?」
ああ、わかっていて購入されたんだ…。
だったら、なおさらトラブルに発展していないといいけれど。
「お客様のお求めになる花を提供するのが、我が花屋のすべきことですので。お礼など、恐縮にございます」
「……ここだけの話にしておいてほしいんだが、昨日のあの花はとある家にご令嬢宛に包んでもらったんだ。それを昨日持っていった」
「……そうでございましたか」
お喜びになっていましたか?などと聞けない。
「そのご令嬢に、その、付き纏い行為を受けていて、ずっと困っていたんだ。最近はエスカレートして、僕の婚約者にも被害が出そうだったから、意を決してようやくあの花を贈ることにしたんだ」
「……それは、それは」
「他の花を選ぶべきだったかもしれないけれど、実害が出ている以上、こちらも強気に行かなくてはいけなくてね」
「そうでございましたか。……うちの花は、お役に立てたでしょうか?」
どうしても気になって、そんな言葉が出てしまった。
だけれど、その男性は眉を垂れさせて、気が抜けたように笑った。
「ああ、相手方のご両親にあの花をお渡ししたら、色々と気づいてくれて即座に対応していただけることになった」
「それは、ようございました…!」
俺までホッとして、少しだけ声が大きくなってしまった。
若い男性のお客様も、コクリと頷いた。
「ああ。伝えにくいことを花言葉を通して伝える手段は、いい文化だなと実感したよ」
そう言ってもらえたのなら、花を扱う人間としてはお手伝いできてよかったと思う。
俺がニコニコしていると、男性客は少しだけ顔を曇らせてから、静かに続けた。
「実は買いに来るまですごく悩んでいたんだ。…だから、君が止めたりせずにプレゼント用に包んでくれたおかげで決心できたんだ。ありがとう」
そう言って、昨日の硬い表情とは違って微笑んでいるのを見て、花屋冥利に尽きるなぁと嬉しくなった。
「うちの花がお客様のお役に立てたのなら、光栄にございます」
「今日も同じ花を包んでくれないかい?」
「…っ! かしこまりました」
「もちろん、今日は自分用に頼む」
「承知いたしました!」
俺の家は、代々続く貴族御用達の花屋だ。
お貴族様は色んな事情で花を買いに来る。
それを詮索することなく頼まれた花を包むのが、俺の仕事だ。
今日も今日とて、うちの可愛い花たちが売れていって、有難い話である。
了
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270日目。




