その二十八
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私は貧乏で可いから心通う家族でありたい。貧乏を過度に恐れるか忌避する情報にばかり出逢う。それはそれ程に恐ろしい事ではない。そんな事より家族と心通わない事の方が私には余程恐ろしい。それでは私は生きている事が出来ない。呼吸する事が出来ない。目が開いているままで見えなくなる。
私はそういうものを一番に置く人間です。下らないものを私の目の前にもって来ないでもらいたい。
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一本の糸、細い、頼りない、力を込めれば直ぐにでもちぎれてしまう。しかしそのか細い糸が私の人生を通じずっと繋がっている。それは私の子供の頃から私の目の前にあった。そして霞んでいて先が見えないが私がこの先進んでいく未来にも通じている。何故か在る。何故か私には斯ういう導きがある。
そういうものが在ると無いとで、感じる事が出来ると出来ないとで、同じ一生を歩む筈がないと思いませんか。私は信じないで生きるのではなく、父が私につけてくれた名の通り、信じて生きたいのです。
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毒にも薬にもならぬものであれば不要です。取り寄せて手に入れる必要もなければ、況してや自分のそれをわざわざに他人に開陳する必要もありません。私が他人に示すのは、問い掛けるからです。問い掛けたいからです。あなたはどうですか、これに触れて何も感じませんか。私と同じ様に思いませんか、と。
私はそんな風に思っています。そしてそれが誰かに対して通じないのであれば、それはそれで可いのです。私の側としてその事について何かを改善すべきだという訳ではありません。私が自分の何事かを改善すべきだと見做すのは私自身の感覚が、
「これは間違っている。このまま放っておいてはいけない」
と私に告げる時だけです。そうでもないのに自分の何かを改める事を『迎合』と呼びます。これをするから、自分自身その必要を感じてもいないのにこれに応じるから、人は自分が何をしているのか判らなくなるのだと思います。
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旅先の小さな或る駅で私より少し若いくらいの女性が委託の駅事務員の仕事をしていました。愛想の良い人だったので少し話し掛けようと思って私が喋ると、自分の昔の事を少し話してくれました。その駅の在る線区に昔急行列車が走っていてそれに乗って大きな町に行って就職した事、軈てこの故郷に戻って来て駅員のバイトをしている事、諸々を。何か大事件があったという訳ではなく淡々と生きてきたと語っていましたが、私には十分に魅力的なお話でした。
自ら淡々と生きてきたと言う人が本当に淡々と生きてきたと決まっている訳ではありません。更に言うならば私は誰であっても人が淡々と生きていく事が出来るとは思っておりません。そこには必ず苦しい葛藤があり、望んで届かぬ希望があったに違いないのです。そしてそれは今も続いているかも知れません。正に小説ではなく実話です。そして僅かに語られた実話ではなく語られなかった厖大な実話の中にこそ私が知りたい話があるのです。私に生きる力をくれるのはいつもそういう話です。語られていない話の中にこそあります。そして聴いた私がそれを推し量る、想像する、そこに私の小説の源泉があります。私にそれが出来なければ、それは私の眼前に物語となって現れてはくれません。だから私は馬鹿ではいけないのです。
知らない人に出逢うのは矢張良いものですね。私に何かが吹き込まれます。そしてそれは必ず、何故か『私に必要なもの』なのです。そういうものが必要でない私、そういう私を私は許容出来ません。
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