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「凱津ー。凱津ー」
電車が凱津駅に着く。数多くの社会人や学生が降りる。その流れに乗って、改札に向かった。
「あ。じいちゃん、もう到着してる」
改札を抜けてじいちゃんの所へ行く。
ビールを愛飲しすぎて膨れたらしいお腹。こだわりを持っていると自慢していた口髭。確か七十を過ぎているはずだけど、白髪はほとんど目立たない。
携帯も使えるんだから、じいちゃんは若いと思う。そんな若々しいじいちゃんは、和菓子屋の紙袋を提げていた。
「何を持ってきたの」
「これは、お前を待っている間に卒園したご家族に頂いたものだ」
「ふーん」
和菓子屋は青葉駅の近くにあるらしい。袋の中を見てみたら、包装紙にひよこが描かれていた。
「そんで、朝海園まではどうやって行けばいいの」
「ああ、こっちだ」
歩き出したじいちゃんの後を追う。
隣に並んで階段を降りる。バスのロータリーがあって、居酒屋や商店街が見えた。
前を歩いていたじいちゃんが立ち止まり、思わずぶつかりそうになる。文句を言おうと思ったら、階段を降りてすぐの所にある飲食店から一組の家族が出てきていた。小学生の女の子が一緒だ。
「園長先生!」
女の子が、じいちゃんに向かって走ってきた。
「こんばんは。少し見ない間に大きくなったね」
じいちゃんは女の子の頭を撫でる。どうやら朝海園を卒園した子みたいだ。
「こんばんは。お食事ですか」
「えぇ。今日は週に一度の家事を休む日なんです」
女の子のお母さんが俺を見る。じいちゃんと話しながら、何度も視線が送られてきた。
「あの、園長先生。そちらの方は?」
「明日から朝海園で働く、孫の悠真です」
「あらそうなんですか! うちの子があと二歳若かったら、お孫さんみたいなイケメン先生と遊んでもらえたのに残念ですわ」
「俺、イケメンだって」
「調子に乗るな、馬鹿者」
「仲が良いんですね」
腰に手を当ててふんぞり返っていたら、じいちゃんに頭を叩かれた。その様子を女の子のお母さんに笑われてしまった。
「それでは園長先生。わたしたちは失礼しますね」
「暗いので気をつけてください」
「ありがとうございます」
親子を見送り、じいちゃんと朝海園へ向かう。
「ねえ、じいちゃん。手紙に朝海園は保育園ともう一つ学童保育所があるって書いてあったんだけど」
「学童保育所は、両親が忙しい小学生が夕方まで過ごす場所だ。悠真には主にこちらで働いてもらう」
「え? 俺、園児を担当するんじゃないの?」
「基本的に、朝海園で手が足りないところを手伝ってもらおうと思っている」
「えー。子供たちと遊べるんだと思って楽しみにしてたのに」
「馬鹿者! まだ働いてもいないのに不満をもらすんじゃない。学童保育所に通う小学生たちだって、みんな元気でかわいい子ばかりなんだぞ」
「でも俺、保育士なのに……」
納得がいかないと文句を言っていると、じいちゃんが溜息をつく。
「大丈夫だ。午前中は、保育園の方を手伝ってもらうことになると思うから」
「マジ? やったー!」
「遊びじゃないんだから、子供を見るだけじゃなく、先輩からの言葉もよく聞くように」
「だいじょーぶ」
俺は親指を立てて返事をする。
昔から子供が好きで、よく近所の子供の世話をしていた。高校に進学する頃、保育士になると決めた。そして大学に行き、じいちゃんから働いてみないかと誘われた。
……明日から、念願の保育士としての人生が始まるんだ!
駅前のロータリーを抜けて、線路沿いにある公園を横切る。住宅街を通って陸橋を越えて、そこから五分くらい歩いて朝海園に到着した。
早速敷地に入る。門から入ってすぐ目の前に、二つの建物があった。それらを結ぶ渡り廊下も見える。
「向かって右が保育園、左が学童保育所だ」
「了解」
じいちゃんの後に続き、学童保育所の前にある数台分の駐車スペースを横切る。敷地の左手に行くとその奥に、三階建ての建物が二つ見えた。
「ここが保育士用のアパートだ。右が女性用、左が男性用になっておる。間違えて行かないように」
「へーい」
「返事はきちんとしなさい。明日から社会人になるんだから」
「わかりました園長先生」
「わかればよろしい。お前の部屋は二○二号室だ」
少しおどけるように言ったけど、じいちゃんにはそのまま流される。じいちゃんからキーリングがついた鍵を受け取った。
「荷物は部屋に入れてあるから、できれば今日中に片づけるように」
「了解」
「明日は朝七時までに保育園の裏口に来るんだぞ」
保育園に戻っていったじいちゃんを見送り、アパートの入口にある郵便受けを見る。ダイレクトメールやチラシが多く入れられた中に、運動会のお知らせと書かれたカラー用紙が入っていた。小さいけど、地図も載ってる。
「白山小学校……。ここから十五分ぐらいの所にあるのか」
俺が担当することになる学童保育所の小学生は、たぶんこの白山小学校の子供たち。
郵便受けに入っていたものを全て取って、階段を上って自分の部屋を目指す。階段を上ってすぐのところにある、二○二号室の鍵を開けた。
「片付け、面倒くさいなあ……」
玄関を開けると、十数箱の段ボールが出迎えてくれた。それらを寝室用と台所用に手早く分ける。
初めての一人暮らしということで、両親が記念に買い揃えてくれたフライパンや菜箸などを棚や引き出しにしまった。
電子レンジや冷蔵庫など家電一式も置き場所を確認する。
台所用品をしまい終えると、廊下を抜けて寝室に行く。百八十センチを超える俺の身長に合わせて買った特大のベッドが、部屋の中央に置かれていた。
「こんなところに置いてあったら邪魔じゃん」
運んでくれた引っ越し業者に文句を言いながら、ベッドを部屋の端に移動させる。そして服や上着などを収納スペースに入れた。
ベッドの隣にある机の上には、大量の漫画を置く。
「よしっ。片付け終了!」
パンパンと手を叩き、埃を落とす。我ながら、素早い動きだった。
「さてと。まだ店は開いているかな。とりあえず、明日の朝飯分を買わないと」
俺は食糧の買い出しのために財布をジーンズのポケットに入れ、じいちゃんの部屋に向かう。
部屋の中になかったトイレや風呂のことと、スーパーの場所を聞いた。トイレは男性棟に一つ、風呂は朝海園から徒歩七分ぐらいの所にある銭湯。スーパーは、五分ぐらい歩いた場所にある。
買い出しも早々に終わらせ、新生活の初日を終えた。




