8-1.
キャロライナの軟禁生活に終止符が打たれたのは、意外にも第二皇子御一行が到着するより前、サフィーラに滞在して一週間が経った頃だった。
外出の許可が下りたわけではなく、ヴィンセントから城内を案内したいが都合はいかがか、という旨の文が届いたのだ。
わざわざ多忙な外交長官直々の申し出を不審に思わないでもなかったが、さすがにキャロライナの限界が近いのを悟ったのか、ダニエルも許可を出してくれた。
ただし、彼の付き添いが条件だが。
昼食をとり、ヴィンセントの迎えを待つ。
約束の時間ちょうどに現れたヴィンセントは、紳士としての礼をとり、キャロライナの手にくちづけを贈った。
てっきり外交長官として案内をしてくれるのかと思っていたが、公爵としてエスコートしてくれるつもりのようだ。
警戒しつつも、差し出された腕に自らの手を添える。
キャロライナにとってエスコートという文化は存在意義が甚だ疑問だが、「皇女らしく」エスコートを受け入れた。
「ご案内が遅くなり、申し訳ありません。慣れない異国で不自由は御座いませんか?」
「緊急時ですもの。仕方ありませんわ。お忙しいなかお時間割いてくださり感謝しております。女官の皆様にも、よくしていただいております」
「もったいない御言葉にございます。食事の方も御口に合っていらっしゃいますか?」
「ええ。サフィーラは海鮮が特産物と伺っておりましたが、ジュエリアルのものともまた違いますのね。帝都ではあまり生魚を頂かないのですが、カルパッチョ?は新鮮で美味しく頂けましたわ」
「それは何よりでございます」
当たり障りのない会話を交わしながら中庭を通り、庭園へと向かう。先日アウローラが言ったとおり、庭園内は百合の花が美しく咲き誇っていた。
普通の令嬢ならばその美しさに心躍らせるのだろうが、キャロライナは花を愛でる感性が乏しい。美しいとは思うが、それだけだ。
むしろ手入れをしている庭師の手腕の方に感心してしまう。
花を眺めながら庭園内を一周し、ガゼボへと入る。
少し涼むだけかと思ったら、ティータイムにするようだ。
どこからともなく現れたメイドがお茶を淹れ、お菓子をサーブし、颯爽と去っていく。手際のいいことだ。
「……恐れ入ります、クラヴェル公爵。こちらのアルフォート小侯爵も同席してもよろしいでしょうか」
キャロライナの言葉に、ヴィンセントが振り返る。
庭園の散策中もダニエルはずっと二人の後ろをついて回っていたが、ガゼボの中には入らず、メイドがお茶の支度をしている間もずっとガゼボの外に立っていた。
「えぇ。もちろんかまいませんが……」
「いいえ、皇女殿下。私は……」
「着席しなくてもかまいませんが、ガゼボ内にいなさい。それができないのなら先に部屋に戻りなさい」
「……」
本来従者であるダニエルが皇族であるキャロライナと同じガゼボ内に足を踏み入れることは許されない。
ジュエリアルのマナーでは、馬車などの閉ざされた空間で皇族と同席できるのは侍女頭と侍従、近衛騎士だけだ。
物理的には違うと思うのだが、なぜかガゼボもその「閉ざされた空間」に該当する。
ダニエルはジュエリアルの官人としてジュエリアルのマナーに則りティータイムの間ガゼボの外で待機するつもりだったのだろう。
だがジュエリアル城の庭園でならそれでかまわないが、サフィーラはジュエリアルよりもとにかく暑い。
九月も半ばだというのに帝都の真夏より暑い。この炎天下で日陰の無い場所で立ちっぱなしなど、死活問題だ。
それにサフィーラのマナーには同席不可の決まりは無い。
輿入れにあたりキャロライナはこの国のマナーを学んだが、ジュエリアルに比べてさほど厳格ではないようだった。
郷に入っては郷に従うべきだし、幸いダニエルは侯爵令息で外務省の高官で今回の輿入の責任者。
皇女であるキャロライナと公爵であるヴィンセントと同席しても問題無い身分だ。
「……承知しました」
あまり承知とは思えない表情で言い、しぶしぶといったふうでガゼホ内に入ってくる。
着席はせずキャロライナの後ろに控えているのがせめてもの彼なりの譲歩なのだろう。
「お見苦しいところを。お恥ずかしいかぎりです」
「いえ、小侯爵のためにこちらで日よけをご用意しておくべきでした。配慮が足りず申し訳ないことです」
「とんでもありませんわ」
優雅に徹笑み、侍女の淹れていった茶に手をのばす。
氷の入った冷たいフルーツティーが、火照った身体に染み渡る。
サフィーラは平均気温が高いためか、冷たい食べ物や飲み物の種類が豊富だ。キャロライナ的には一昨日の夕食に出た柚子の果汁を含んだソルベが特に気に入った。
それからしばらく二人で他愛もない話をした。
キャロライナが国を出るのは初めてだと言うと、ヴィンセントはこれまでに訪れた諸外国の話をしてくれた。
外交官として働き始めてからも数多くの大国を訪ねたが、学生時代にも友人たちと諸国を漫遊したのだと言って懐かしそうに目を細めた。
当時王太子の座にあった兄には世継ぎも生まれており、臣籍降下を待つだけの名ばかりの王子だったヴィンセントにとって、国の外は自由に満ちていた。
王子という身分を隠しての遊行で何度か危ない目にも遭ったけれど、人間死ぬ気になれば大抵のことは何とかできることを知った。
そんな優男然とした外見からは想像できない破天荒な思い出話はキャロライナを驚かせた。
いわば「若い頃の武勇伝」なのだが、ヴィンセントの語り口にはひけらかすような自画自賛感は無く、客観的でさえあったためか素直に面白いと感じた。
だが若き日の冒険譚に心躍らせながらも、背後のダニエルに気を配ることは忘れなかった。
文官で侯爵令息の従者が長時間立ちっぱなしで倒れやしないか心配だった。
そろそろ切り上げた方がいいだろうか、でもヴィンセントの話は面白くてもう少し聞いていたい。
そんなことを考えていて若干気が漫ろになっていることに気付いたのか、ヴィンセントが意味ありげにじっと見つめていた。
「あの……?どうかされましたか」
「……皇女殿下はアルフォート小侯爵と特別に親しい仲なのですか?」
「は?」
フルーツティーを一口飲んだヴィンセントは、グラスを手にしたまま口を開く。
声色はさほど深刻そうには聞こえなかったが、いったいどういう意図の質問だろう。
数日前にも似たようなことを訊かれたキャロライナは、ピクリと眉を寄せる。
「……いいえ、特には。アルフォート侯爵家は由緒ある家柄でそこの御嫡男とあればお名前とお顔くらいは存じておりましたが、 きちんとお話ししたのは今回の輿入れが決まってからですわ」
夜会や宴で会えば挨拶くらいはするし何度かダンスも踊ったことはあるが、儀礼的なものだ。決して「親しい仲」などではない。やましいことは何も無い。
いったい何を疑われているのだろう。
「お気を悪くされたら申し訳ありません。そういう意味でなく……皇女殿下はお優しい方なのだな、と思いまして」
「は?」
「不愉快」が顔に出てしまっていたのか、或いは本当はそういう意味で尋ねたからなのか、ヴィンセントは慌てたように謝罪し、弁明する。
「こうして小侯爵のことも気遣われて、日頃からよく見知った関係だからなのかと思ったのですが、ただただ皇女殿下の御人柄なのですね」
「え………と……?」
「御自身の従者にもきちんと気を配られて、主として御立派です」
「はぁ……ありがとうございます……?」
何を褒められたのかわからないが、とりあえずダニエルとの「不適切な関係」を疑われているわけではないらしい。
ダニエルでも、アッシュでも、クレアでも、自分に仕えてくれている者に対して常に感謝と誠意を忘れてはいけない。
我らのために民があるのではなく、民のために我らがあるのだから。
決して軽んじることなく、けれどへつらうことなく互いの立場を弁え互いに正しくあることが肝要なのだと幼い頃から言い聞かされてきた。
長くなるので一旦切ります。




