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7-2.


 前回更新分の続きです。

場面当変わらず、そのまま続いてます。



 皇帝の第三子であるキャロライナには、兄が二人いる。


 一人は第一皇子であり皇太子であるアデルバート。

 今年で二十三歳になった長兄は穏やかで常に笑みを絶やさない、温厚な性格をしている。

 事情がありそう頻繁に会うことはできなかったが、キャロライナは幼い頃からアデルバートのことを誰より慕ってきた。

 アデルバートも、異母妹であるキャロライナのことを可愛がってくれていた。


 アデルバートは兄弟のなかでも唯一正妃の子であり、顔立ちは最も父によく似ている。

 似ているというか、うりふたつだ。

 「生きる美術品」と謳われる父の美貌や月の光に似た銀灰色の瞳をそのまま受け継いでいる。


 けれど二人の雰囲気はまったく異なる。

 見る者すべてを圧倒する苛烈な威厳を放つ父とは対照的に、兄は成人男性とは思えないほど儚げな雰囲気をまとっていた。

 光の加減で金にも銀にも見える亜麻色の髪やぬけるように白い肌はどこか幻想めいていて、月の雫の化身と言われても信じてしまいそうなほどだ。

 美しく、優しく、聡明な兄は、キャロライナにとって「理想の王子様」だった。


 そしてもう一人の兄は、第二皇子のレオンハルト。

 物静かな長兄とは対照的に、饒舌で口が上手く、人心掌握に長けた典型的な人たらしタイプだった。

 人の懐に入るのがうまく、耳ざわりのいい美辞麗句を巧みに操り老若男女問わずとりこにしてしまう。

 そして何より、圧倒的に顔がいい。

 アデルバートとはまた違ったタイプの美丈夫で、こちらは「太陽の女神」と讃えられるほどの美貌を誇った母親にうりふたつの容貌をしている。

 十五歳で社交界にデビューしてからはどの(令嬢)よりも美しい、と「女神の愛し児」の二つ名をほしいままにしてきた。

 微笑むだけで淑女が卒倒するというよくわからない伝説まであるほどだった。


 何をやらせても優秀で完璧な兄とは、一つしか年齢が違わないこともあって幼い頃から何かと張り合い競い合い、兄弟(・・)のように育ってきた。


「それで?レオン兄様は何をしに?」

「皇女殿下の御婚約の調印に、皇太子代理としていらっしゃるそうです」


 当初の予定ではキャロライナは王太子の婚約者としてサフィーラ王宮に滞在して数ヶ月の間王太子妃教育を受けたあと、婚礼式を挙げて正式に王太子妃となるはずだった。

 それが王太子が変わることで、再び婚約を結び直さなければいけなくなった。

 皇族の婚姻に関する契約を締結する権限をもつのは皇帝か皇太子のみであるため、わざわざそのためだけに皇太子代理としてレオンハルトが来国することになったらしい。


 数週間前、今生の別れもかくもというほど感動的な別れをしてきたはずの次兄の予定外の来国に、キャロライナは眉を顰める。

 正確には、「皇太子代理(・・)」という部分に。


 皇太子代理とは、役職や地位ではない。

 ジュエリアルでは皇太子が物理的に不在の場合、帝位継承権をもつ皇族に皇帝の承諾のもと皇太子と同等の権限が与えられる。

 第二皇子のレオンハルトに今回その代理権限が与えられたのは、婚約の締結、それも二度目の調印ならば皇帝や皇太子本人でなくとも、代理のレオンハルトで十分だと判断されたからなのだろう。


 通常の婚約であればサフィーラを軽視していると反発を生むだろうが、そもそも再締結となったのはサフィーラの落ち度だ。

 本来であればサフィーラ王と新たな王太子自らジュエリアルを訪ねて締結すべきだ。

 二国の力関係を鑑みても実際、五年前最初に婚約を締結した際は、サフィーラ王と王太子が二人そろってジュエリアルを訪れた。

 それが今回ジュエリアル側がわざわざ足を運ぶのは、ジークフリードの死を悼み、餞の意味も込めてだろう。

 それは過失を招いたサフィーラへの、ジュエリアルからの最大限の譲歩であり敬意として映るはずだ。

 同時に、それほどまでにこの婚約を重視している、とも。


 だからそういった(ジュエリアル)の思惑を理解してなおキャロライナがひっかかりを覚えたのは、なぜレオンハルトが来るのか、ということではなく、どうしてアデルバートが来ない――来られないのか、ということだ。

 そういった政治的駆け引きを建前にしなければいけないような、あまり表沙汰にできない理由があることを、キャロライナは知っていた。


「皇太子『代理』……。……アデル兄様はまた具合がよくないのか?」


 アデルバートは生まれつき身体があまり丈夫ではない。そのため一年の大半を帝都の北にある皇太子領で過ごしていた。

 帝都の皇城に住まうキャロライナがめったに会えなかったのもそのためだ。

 「薔薇の宮」とも呼ばれる離宮のあるその皇太子領は一年じゅう気候が穏やかで空気も澄んでおり、静養に適しているらしい。

 アデルバートが帝都を訪れるのは年に数度、新年の祝いの時期と皇帝の生誕祭の時期くらいだ。


 だが今年はキャロライナの輿入れの出発を見送るために数週間前にも帝都を訪れていた。

 しばらくはそのまま帝都に滞在する予定だと言っていたが、既に帰ってしまったのだろうか。

 それとも、長距離の移動に耐えられないほど体調が芳しくないのだろうか。


「いえ、いつもの過保護……失礼、念のため、でしょうね。サフィーラは帝都(ジュリアス)に比べてもまだまだ暑いですし、無理はさせられないということでしょう。その点第二皇子殿下は病知らずの健康体ですからね。もちろん皇太子代理としての御役目も立派に果たされると見込まれてのことでしょう」


 昔から、身体が弱く病がちなうえ帝都に不在なことが多い皇太子(アデルバート)の代わりはレオンハルトが務めてきたため、そこについては心配していない。

 レオンハルトは式典や皇家主催の宴にも成人前から出席していたし、成人後は皇太子裁量の決裁を任されたり大使として外交をこなすこともあった。

 四つ歳上の兄の代わりを難無く務められるほど、レオンハルトは優秀だった。

 キャロライナは他国の女性王族や要人の妻子をもてなす母の補佐しかさせてもらえなかったのに。


「皇女殿下?」

「あぁ……うん、そうだな。兄様に任せておけば大丈夫って……あれ?」


 暗い表情を怪訝に思ったのか、ダニエルが呼ぶ。無意味な思考にはまってしまったキャロライナは慌てて誤魔化そうとするも、ふと、不可解なことに気付く。


「ちょっと待て。書状が届くの、随分早くないか?わたしたちがサフィーラに着いてまだ四日だぞ?」


 サフィーラからジュリアスまで、どんなに急いで早馬をとばしても六日はかかる。

 それなのにたった四日で届くなど、いくらなんでも早すぎる。


「私が送った書状の返事じゃありませんね、これ。ジークフリード殿下が身罷られてすぐサフィーラからジュエリアルに訃報を出されたようなので、そちらに反応しての返事でしょう。お亡くなりになったのが我々が到着する五日前で、すぐに早馬を出してジュエリアル内は鷹を飛ばせば八日もあれば十分です。玉璽も押されてありますし、正真正銘陛下からの書状ですよ」


 ほら、と見せられても、その玉璽が本物かどうか キャロライナには判断がつかない。

 玉璽の押された書状など、それこそ五年前にジークフリードと婚約した際に出された婚約誓約書くらいしか見たことがないのだから。

 手渡されてすぐ母に回収され、どこに保管されているかもキャロライナ自身は知らない。


「もういい。それで?他には何と?」

「そう……ですね、まぁ、皇女殿下のお耳に入れることは特に……皇子殿下の御到着が一月後ということくらいですかね」

「結構先だな」

「まぁ皇子殿下も御公務が御座いますし、すぐには動けないんでしょう」

「……ふぅん」

「とにかくこれで皇女殿下も晴れて自由の身ですよ。よかったですね」

「人を囚人みたいに言うな」

「それまでに次の王太子が決まるといいんですけどねぇ」


 じろりと睨みながらダニエルに言うと、当然のように無視された。解せない。



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