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7-1.



 あれほどまでに明確に拒絶の意を示されたのは、キャロライナの人生において初めての衝撃体験だった。


 お転婆だろうと男勝りだろうと正真正銘皇女のキャロライナは、それなりに蝶よ花よともてはやされて生きてきた。

 もちろん皇女として皇族としての責務を全うすべく厳しい教育は受けてきたが、それ以外、私生活においてはほとんど全肯定、甘やかされていたという自覚もある。

 兄に張り合うように続けた武芸の稽古も男勝りな口調も普通ならば許されないだろうが、「然るべきときに然るべき振る舞いができるのなら」と、比較的自由にさせてもらえた。

 十歳から通ったアカデミーでは周囲は皇女だからと忖度する人間ばかりで、互いに競い高め合うような友人などいなかった。皆キャロライナの顔色を伺うばかりだった。


 そんなキャロライナにとって、アクアディオニスの発言は、青天の霹靂だった。


 というか、もしかしてキャロライナはフられたのだろうか。恋仲でもないのに。キャロライナは一言も結婚してくれなどと言っていないのに。

 そうだとしたら、何だか無性に腹立たしい。なぜキャロライナがフられなくてはいけないのだろうか。


 などと、三日前の夜からずっとアクアディオニスのことを考えている。


「まぁ人には好みというものがありますし、元気出してください。ドンマイ!」

「……その口縫い付けられたいのか、小侯爵」

「私は皇女殿下の御尊顔好きですよ!あともう少し目元が柔らかくて唇が薄めで髪がまっすぐな亜麻色で瞳が銀灰色なら完璧です」

「……もうそれはほとんどアデル兄様じゃないか……?」

「まぁ人にはそれぞれ好みというものがありますし、アクアディオニス殿下の好みはもっとふわふわした感じの女性なのかもですね。アクアディオニス殿下の御婚約者様みたいな」

「……婚約者?」


 キャロライナの質問をダニエルは大胆に無視する。

 拒絶は元よりこんなぞんざいな扱いを受けたのも生まれて初めてだ。

 日に日に遠慮が無くなっていく従者に釈然としないものを感じながらも、残念ながらこの有能な外務官の仕入れてくる情報は毎回有益なのだ。

 抗議という名のツッコミを一旦おいておくほどに。


「どうやらアクアディオニス殿下には婚約者がいらっしゃるようです。そちらの婚約破棄が進まないため皇女殿下との御婚約も進められないようですね」

「婚約……破棄……」

「プリムローザ公爵家の御令嬢だそうです。アクアディオニス殿下とは幼い頃から御交流があって大変仲睦まじい御様子だとか。御年齢は……皇女殿下の一つ下で十七歳だそうです。その歳で婚約破棄となると次を見つけるのもひと苦労ですから、公爵家も渋っているのかもしれませんね」


 淡々と語られる情報は、キャロライナにとっては初めてきくものだった。

 だがどうしてその可能性を考えなかったのだろう。

 アクアディオニスは結婚適齢期の王子。婚約者がいても不思議はない。


「……王子殿下は……その方と結婚されたいんだろうか」


 だからキャロライナの夫にはなりたくないと言ったのだろうか。

 ならば彼にとってはいずれ王となる王太子の座よりも、その「婚約者」との結婚の方に価値があるのだろうか。


「どうでしょうねぇ。そんな情熱的なタイプには見えませんでしたけど」


 「プリムローザ公爵家の御令嬢」の資料を差し出されるが、受け取らずにいるとダニエルは肩をすくめ、テーブルへと置いた。

 わざわざ調べてくれたようだが、そんな物、キャロライナが見ても仕方ないのだ。

 アクアディオニスが王太子にならずその令嬢と結婚するのなら、キャロライナと彼らには何の関係も無くなる。

 婚約を破棄してキャロライナと結婚し王太子になるのなら、アクアディオニスとその令嬢との縁は切れる。

 どちらにしても、キャロライナが気にする必要なんて無いのだ。


 それなのに、どうしてこうも釈然としないのだろう。

 気にする必要など無いのにキャロライナは今、「見たくない」と思ってしまった。


「……退屈とは罪悪だな」

「はい?」

「暇だと無駄なことばかり考えてしまう。いったいいつまでこうしていればいいんだ。いいな、小侯爵は。何か一人でフラフラ出歩けて」

「人を徘徊者みたいに言わないでくださいよ……」


 キャロライナの嫌味をダニエルは肩をすくめて受け流す。

 若干腹の立つ仕草は癖なのだろうか。


 サフィーラに到着して四日。キャロライナは王城内の西宮に軟禁されていた。


 別にあからさまに部屋から出るなと言われたわけではない。

 出歩く際は必ずサフィーラの女官を伴うよう言われただけだ。そしてその女官たちは皆業務で忙しく、キャロライナの随伴ができないらしい。

 つまりは部屋で大人しくしていろということで、こんなの事実上の軟禁だ。


 初めのうちは大人しく部屋で本を読んだり侍女とチェスをしたりアッシュにサフィーラの文字を教えたり室内でできるトレーニングをしたりしていたが、さすがに限界だ。

 そろそろ部屋から出たい。外で思い切り走り回りたい。剣でも弓でも馬でもいいから稽古がしたい。

 とにかく退屈すぎて死にそうだった。


「こんなにダラダラしていたら筋力が落ちて歩けなくなってしまう……」

「いや全然ダラダラはしてなくないですか?さっきも腹筋してたでしょ。スカートで逆立ちするのだけは本当にやめてくださいね」

「な……なんで知ってるんだ……」

「本当にしてたんですか」


 極力階下に響かないように、と考えるとおのずとトレーニングの種類も限られてしまう。

 しかもいつサフィーラの人間が訪ねてくるかもわからない状況で鍛錬着を着るのはさすがにやめた方がいいかと、室内着用のワンピースでトレーニングしていた。

 逆立ちは誰もいないときにしかやっていないはずなのに、どうしてダニエルが知っているのだろう。


「とりあえず、先程申しあげたように新たな王太子が決まらずいまだに王室は混乱しているみたいです。皇女殿下も現状『()王太子の()婚約者』ですからね。あまり勝手に動き回ってほしくないんでしょう」

「……わかっている」


 ダニエルの言うとおり、現在のキャロライナの立場は非常に不確定かつ複雑だった。


 本来輿入れのためサフィーラに訪れたキャロライナだが、当の王太子が亡くなったため、婚約は白紙に戻った。

 そのためキャロライナは現状「王太子の婚約者」としてではなくあくまで「ジュエリアルの皇女」として扱われている、いわば部外者だ。

 勝手に歩き回らせて他国の皇女に何かあっては国交に関わる。大人しくしておいてほしい、というのがサフィーラ側の本音だろう。


 気持ちはわからなくもない。

 だからこうしてできるかぎり大人しく過ごしていた。


「でもまぁ、もう少しの辛抱だと思いますよ」

「何?」

「近々兄君がサフィーラにいらっしゃるそうですよ」

「お兄様が!?」

「いえ、第二皇子殿下の方です」

「あぁ……なんだ……レオン兄様か……」

「そんなあからさまに残念そうにしないでくださいよ……。皇子殿下可哀想じゃないですか」


 興奮にまかせて勢いよく立ち上がったキャロライナは、勘違いに気付いてしおしおと元の位置に腰を下ろす。

 残念だ、とまでは思っていない。

 ぬか喜びさせられた、とは思ったが。



長くなるので一旦切ります。


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