6.
現サフィーラ王レクサンドラ=ドゥ=ルコット=ソレイユ=ジェムナスティには、二人の息子がいる。
一人目は、第一王子のジークフリード=ドゥ=ルイアート=ジェムナスティ。キャロライナの婚約者だった王太子だ。
父王によく似た優しげな顔立ちの青年で、王太子として非常に優秀だったらしい。人柄も温厚で慈悲深く、民からの支持も高かった。
きどらない性格の彼はたくさんの人に愛されていたらしい。
だからこそ若すぎる王子の死に、国中が哀しみの涙で溢れた。
そしてもう一人は第二王子のアクアディオニス=ドゥ=ノアム=ジェムナスティ。
目つきが鋭くどこか冷たい印象を与える青年だった。
髪の色は赤みがかった黒髪で、無造作に束ねていても艶やかに映り、動くたびに揺れる様はしなやかな獣の尾を思わせる。
顔立ちはサフィーラ王ともジークフリードとも似ていない。第二王子というからにはジークフリードより歳下のはずだが、童顔で甘い顔立ちの兄よりも歳上に見える。
少し前まで騎士団に所属していたためか、なだらかな頬や首はしっかりと日焼けしていて、精悍という表現がよく似合う青年だ。
ジークフリードやキャロライナの兄たちとも違う、いわゆる一般的な「王子様」らしからぬ雰囲気をまとっていた。
顔を合わせるのは今日が初めてのはずだが、黒を基調とした礼服に身を包む姿は絵物語でしか見たことのない黒豹のようだと思った。
先程の晩餐会での様子を見るに、所作は洗練され作法も完璧だが、愛想はよくない。
参加した貴族たちが悲嘆にくれるサフィーラ王を慰め取り入ろうとするように見えたなか、ただ一人媚びることなく国王の話に黙って耳を傾けていた。
そんなアクアディオニスと、西宮へと続く道を二人で連れ立って歩いていた。
隣ではなく、キャロライナの方が半歩分後ろを。その更に後ろには一メートルほど離れてダニエルとアクアディオニスの従者と思しき男がついてきている。
送る、と言っても王宮と西宮はそう離れていない。正面玄関を出て庭園を西に進むと十五分もすれば西宮が見えてくる。
アウローラの言うとおり今夜は月が明るいため道を見失うこともない。
途中庭園内にランプがついているのが見えたが、叔母の「提案」に従い夜の百合鑑賞を楽しむつもりはないのか、アクアディオニスは何も言わず庭園の入り口を素通りする。
送ると自分から言い出しておきながらエスコートも会話も無い。キャロライナの方を見ようともしない。
美しい獣のようなこの男が何を考えているのかちっともわからない。
「……あの」
「はい」
「王子殿下も、どこか御加減がすぐれないのですか?」
しびれを切らして尋ねると、アクアディオニスは足を止めてキャロライナの方を振り返る。
形のよい眉がかすかに寄った。質問の意図を図りかねているのか、或いは何か気に障ったのか。反応が薄すぎて判断できない。
「いえ、あの、皆様まだ御歓談を続けていらっしゃるようでしたのに、わたくしのせいで王子殿下まで中座することになってしまい申し訳ないことをしたかと……」
おかしい。自分は何に焦っているのだろう。喋れば喋るほど、言い訳めいてしどろもどろになっていく。
夕陽を溶かして煮詰めたような琥珀色の瞳に見つめられ、うまく言葉を紡げない。
視線をさまよわせるキャロライナを気遣うそぶりも見せず、アクアディオニスは淡々と口を開く。
「あぁ……。お気になさらず。どのみちあのまま長居するつもりはありませんでしたから。よく知らない人間と、王太子について語り合ったところで得るものはありません」
「よく……知らない……」
「彼らと王太子の思い出を共有するつもりなどない、ということです」
淡々とした口調だが、そこには明確な拒絶があった。
「彼ら」の中に、父であるサフィーラ王や叔父であるヴィンセント、叔母であるアウローラも入っているのだろうか。
そして何より、キャロライナも含まれているのだろうか。
などと考えたが、そんなの当然だ。
キャロライナはジークフリードにとって、きっと名ばかりの婚約者でしかなかったのだから。
「キャロライナ皇女殿下」
名を呼ばれ、思わず息を呑む。
ジュエリアルでは皇族の名を直接呼ぶことは不敬とされていた。
自身の身の周りの世話をしてくれる侍女たちには「姫様」と呼ばれていたし、さして親しくない従者からは「皇女殿下」と敬称のみで呼ばれていた。
誰かに名前を呼ばれるのは、祖国で家族と別れて以来だ。
そのことに、自分でも驚くほど動揺していた。
「……はい」
「王太子とは特別に親しかったんですか?」
「え……」
思いもよらない問いに困惑する。
この男とは、出逢って半日、初めて言葉を交わしてからまだ数分なのに、先程からずっと心を乱されているような気がする。
「……どういう意味でしょう」
「ジークフリードと想い合っていたんですか、と訊いています」
「……なぜそんなことを……」
「質問しているのは私です」
切り捨てるように言われ、思わずアクアディオニスを睨む。
アウローラといいこの男といい、この国の人間は皆無礼者ばかりだ。
睨まれたアクアディオニスに怯んだ様子はない。
感情の伺えない琥珀色の瞳でキャロライナを見下ろしながら返答を待っている。
「……何がおっしゃりたいのかわかりませんが、結婚し、夫婦となる以上夫となる方には誠心誠意尽くしたいと思っておりました」
「つまり誰でもよかったわけですね」
「は?」
「ジークフリードでなくてもいいのなら、クラヴェル公爵を選んでください。……決して私を選ばないでください」
「はぁ?あの、何を……」
「私はあなたの夫になりたくない。……王太子になど、なりたくないのです」
そう告げたアクアディオニスの顔は、ちょうど雲が月を隠したせいでよく見えなかった。




