5.
亡きジークフリードを偲んで開かれた晩餐会はしめやかに行われた。
出席者はサフィーラ王と第二王子のアクアディオニス、王弟のヴィンセント、王妹のアウローラとその夫のボードリエ公爵、ジークフリードの学友だという高位貴族の令息が数人と教育係だったという侯爵や公務で関わりがあったらしい大臣が数人、とジークフリードと親しい者にかぎられた。
そんななか婚約者というだけでこの場に座っているキャロライナは、自分がひどく場違いのように思えてならなかった。
サフィーラ王はそんなキャロライナの居心地の悪さなど気付いた様子もなく、愛息の思い出に花を咲かせていた。
時折声を詰まらせ涙ぐむ様子からは、彼が亡き息子のことを非常に愛していたということがうかがえた。
サフィーラ王の話に耳を傾けながら、キャロライナは頭では別のことを考えていた。
キャロライナの父は、キャロライナが死んだらこんなふうに哀しんでくれるだろうか、と。
ジュエリアル帝国を統べる第四十八代皇帝、ルーカス=ジュエリアル。
齢四十を超えながら溌剌として生気に満ち溢れ、見る者すべてを圧倒し魅了する美しさはさながら神のごとし。
そんなふうに讃えられる男の娘として生まれたキャロライナが父と過ごした時間は、あまり多くない。
「思い出」と呼べるような記憶もほとんど無い。
父は、キャロライナにとって父親である前に皇帝だった。
ジュエリアル帝国の皇帝はサフィーラ王室と違って一夫多妻制をとっており、キャロライナの生母は側妃だった。
母が嫁いだときには既に父の長子であるキャロライナの長兄が生まれていた。
それでも皇帝は複数いる皇妃のなかでも、キャロライナの母を一番に寵愛している。
忙しい公務の合間にも頻繁に母に会いに来ていたし、お忍びの地方視察にもよく母を同行させていた。
美しい花々の咲く庭園で逢瀬を楽しむふたりの姿を何度も目撃したこともある。
寄り添い微笑み合うふたりの姿は、まるで一枚の絵画のように美しかった。
けれど一方で父は、キャロライナにはあまり興味が無いように思えた。
父の関心はいつもすぐ上の兄レオンハルトへと注がれていた。
遠征から帰ってくると父は毎回兄を呼び出して二人きりで話していた。
キャロライナは一度も父と二人きりで過ごしたことなどないのに―――。
「―――皇女殿下?」
名を呼ばれ、ハッと我に返る。
気付くと、部屋中の視線がキャロライナに集まっていた。呼ばれていることに気付かなかった。失態だ。
背後から聞こえないはずのダニエルのため息が聞こえた気がする。
「御気分がすぐれませんか?」
「あ……失礼いたしました……」
隣に座るボードリエ公爵が心配そうに訊いてくる。
アウローラの夫でもある公爵は、晩餐会が始まったときから終始キャロライナを気遣ってくれていた。
それが紳士としての礼儀なのか妻同様キャロライナを取り込もうとしているのか、どちらなのかはまだ判断が付かない。
「皇女殿下は本日到着されたばかりですし、お疲れでしょう。ドルチェも済みましたしお休みいただいては?」
助け舟のように進言するヴィンセントの言葉で手元を見ると、手を付けていないジェラートが融けかけていた。
キャロライナがぼんやりしている間にいつの間にか会も終盤にさしかかっていたようだ。
「そうだな。初日から無理をさせてすまなかった、プリンセス・ジュエリアル。今宵はゆるりと休まれよ」
「……御心遣い感謝いたします」
「皇女殿下を西宮まで送ってさしあげたら?クラヴェル公爵」
サフィーラ王の許可も得て退席しようとキャロライナが立ち上がろうとすると、それまで大人しくしていたアウローラが口をはさむ。
「そうだ、この時期庭園の百合の花が見頃よ。今日は月が明るいし、せっかくだから案内してさしあげなさいな」
疲れているから退席するのに庭園を散策しろなど、矛盾も甚だしい。
いったいどういうつもりなのか。何か考えるがあるのか、思っているより愚かなのか。
ここまでくるともはや得体が知れなくて少し怖い。
背後にいるためダニエルを見て気分を落ち着けることもできず、斜向かいに座るヴィンセントをちらりと見ると、彼もキャロライナと同意見なのかこめかみを抑えていた。
「……姉上」
「私がお送りいたます」
何かを言おうとしたヴィンセントを遮り、それまでほとんど口を開かなかった第二王子のアクアディオニスが発言する。
サフィーラ王の左側に座り、王に話しかけられるたび何かしら答えてはいたのだが、いかんせん声が小さくぽそぽそ話すため、斜向かいに座るキャロライナには聞こえなかった。
そのアクアディオニスがそこそこ大きな声で発言したのだ。アウローラでさえ、驚いたのか目を丸くしている。
「公爵はまだ陛下とお話されたいようですので、皇女殿下は私が西宮までご案内いたします」
「ちょっと、勝手に……」
「私もそろそろ宮に戻りたいので、失礼いたします。陛下、よい夜を。
参りましょうか皇女殿下」
「え……えぇ……」
参りましょう、と言うわりにアクアディオニスはキャロライナをエスコートする気もないのか起立後勝手に歩き出す。
サフィーラ王を見ると、何とも言えない表情で「よき夜を」と言われたため、すごい表情のアウローラを無視して礼をとったあと、アクアディオニスを追いかけた。




