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4.


「結局何だったんだ、あの方は」


 晩餐会の出席者リストに目を通しながらダニエルに尋ねる。

 晩餐会まであと一時間を切った。ダニエルが指定したドレスに着替え、侍女に化粧と髪を直されながら、晩餐会の出席者について最終確認を行う。

 当初予定していた夜会に比べると規模は圧倒的に小さく人数も少ないが、立食スタイルから着座形式の会食となったことでその分密に接するため、人違いや名前違いなどは許されない。

 しかもリストにあるジュエリアルからの出席者はキャロライナだけだ。ダニエルのフォローも期待できない。

 一人で乗り切らねばいけない正念場だ。


「おそらく皇女殿下のパートナーをクラヴェル公爵閣下だと印象つけたかったのでしょうね」


 キャロライナも持つリストの写しを見ながらダニエルが答える。

 ジュエリアル帝国のアルフォート侯爵家の後継者であるダニエルは、普段は外務省の官人として王城で勤務している。

 そのため今回のキャロライナの輿入れに責任者として随行していた。


 アルフォート侯爵家の現在の当主は非常に優秀で宰相の任についているが、父親同様ダニエルもまた優秀な人物だった。

 ジークフリードの急逝によりすべての予定が狂ってしまったなか、その対応と調整を一手に担っている。

 アウローラが訪ねてくる前に姿が見えなかったのも、歓迎の夜会から追悼の晩餐会に変更されたことでドレスコードを確認したり出席者のリストを入手したり奔走してくれていたらしい。

 彼の持ち帰った情報をもとにようやくキャロライナが支度にとりかかるとまたも姿が見えなくなったが、キャロライナが着替えている間に再び情報収集に出かけていたのだという。

 よく喋る、口から先に生まれてきたような調子のいい男だと思っていたが、意外にも仕事熱心のようだ。

 侯爵家の跡取り息子ならば出世は約束されている苦労知らずの箱入り息子(ボンボン)だろうと決めつけていたが、今の地位も自力で手にしたらしい。


 とはいえ頭のいい人間というのは自分の理解力が高いだけあって言葉足らずな面もある。


「だからそれが何のためなんだ。ジークフリード殿下が身罷られた今、次の王太子は第二王子のアクアディオニス殿下だろう?」

「それがどうもそうとはかぎらないみたいなんですよね」

「なに?」

「お忘れですか?クラヴェル公爵閣下も王位継承権をおもちなのです。つまり王太子となる資格は十分に御座います」


 そうはいっても、どこの王室も大抵は嫡子継承主義だ。

 サフィーラ王室においても王位が兄から弟へと移ることはほぼない。

 王に嫡子がいない場合弟や甥が即位することはあるが、本当にごく稀だ。


 前王の次男であるヴィンセントはサフィーラ王より十以上若いが、既に現王室では傍系となっている。

 だからこそ現サフィーラ王は元々、弟ではなく息子のジークフリードを王太子と定めていたのだろう。

 きっとそれは、長男が次男になったとしても変わらない。

 今現在王位が現王レクサンドラにある以上、次男とはいえ息子のアクアディオニスが次期王太子となる方が自然だ。


 普通ならば(・・・・・)


「しかもアクアディオニス殿下は王妃殿下の御子ではないそうです」


 ダニエルの言葉に、キャロライナは知らず息を呑む。

 見返すと、ダニエルは感情の読めない醒めた瞳でキャロライナを見ていた。


「……サフィーラ王室は一夫一妻制だと記憶しているが」

「えぇ。その御認識で間違いありませんよ。ちなみに国王陛下が再婚されたという話は聞いたことありませんし、アクアディオニス殿下が第二王子です」

「……」


 含みをもたせたダニエルの言い方に、キャロライナは眉を寄せる。

 つまりサフィーラ王は、ジークハルトの母である現王妃との婚姻期間中に王妃以外の女と子を成した、ということだ。

 そして生まれたその子に王子の身分を与えた。


 先程顔を合わせたサフィーラ王はそのような不誠実なことをするような男には見えなかったが、この際王の人となりなどどうでもいい。

 キャロライナが知っておかなければいけないのは、サフィーラ王室がそういった異例(イレギュラー)を認めている、ということだ。


「そしてクラヴェル公爵閣下は正真正銘先王陛下と先王妃殿下の御子君。ジークフリード殿下亡きあと、血統だけを問うならむしろ公爵閣下を推す声の方が大きくても、何もおかしくないのでは?」


 側妃制度をとっていない王室の多くは、王妃以外が産んだ子に王位継承権は与えられない。

 そんななかアクアディオニスが第二位王位継承者だったのは、何らかの特例が働いたのだろう。

 生母の血筋か、或いはアクアディオニス自身の特性か。

 それでも長らく一夫一妻制をとっているサフィーラ王室において、アクアディオニスの存在が異質であることは間違いない。

 そして一度「異例」を認めてしまえばそれは「前例」となり、今後も同じことが起こりかねない。


「ただアクアディオニス殿下もクラヴェル公爵閣下も、どちらも決め手に欠けます。そこで、重要となってくるのが皇女殿下なのです。よろしいですか?皇女殿下が王太子と御結婚なさるのではありません。貴女様と結婚した方が王太子となるのです」

「……わかっている」


 サフィーラ王国は交易によって国力を拡大してきた国だ。

 そのため代々の王妃には他国の王族を迎えることが多い。現王妃はサフィーラ王国内の貴族令嬢だが、先王妃は他国出身だ。


 つまりこの婚姻はキャロライナとジークフリードの結婚ではなく、ジュエリアル帝国皇女とサフィーラ王国王太子の婚姻なのだ。

 現在王位継承権をもつ王族は二人。第二王子のアクアディオニスと王弟のヴィンセント。

 そしてサフィーラ王はジークフリード亡きあとの王太子をまだ指名していない。

 アウローラはその後釜に、自分の弟を据えようとしているのだろうか。


「……まさかクラヴェル公爵を王位に据えるためにボードリエ公爵夫人がジークフリード殿下を……なんてことないよな……?」

「そんなあからさまなことはさすがにしないでしょう。戯作の読みすぎです」

「……」

「そもそもわざわざジークフリード殿下を排する理由がありません。ボードリエ公爵令息……夫人の御子息たちに王位継承権はありませんし、ボードリエ公爵夫人にとってクラヴェル公爵閣下は弟君ではありますが、彼が王位に就くことで夫人やボードリエ公爵家に特別な利を生むとは思えません」


 それにもしジークフリードを始末(・・)しようとするなら、もっといいタイミングがあったはずだ。

 輿入れ直前にコトを起こすなど、タイミングが悪すぎる。

 ならばやはりキャロライナの考えすぎか。


「ただ貴女様が王太子妃となる以上、公爵夫人以外にも取り入ろうとする方々は少なからず湧いてくるでしょう。くれぐれもお気を付けください。皇女殿下は意外と警戒心が薄くて危なっかしくていらっしゃる。先程も、公爵夫人とお会いすべきではなかった。せめて私の帰りを待つべきでした」

「……小侯爵が勝手にわたしの傍を離れたんだろう」


 幼子に言い聞かせるようなダニエルの口調が気に食わず、唇を尖らせて不満の意を表明する。


 彼と知り合ったのは三年前のキャロライナのデビュタントの夜会で、密に関わるようになったのは今回の輿入れが決まってからだが、どうにもナメらているような気がしてならない。

 ダニエルは今回の輿入れのためのサフィーラ訪問の責任者だが、また二十三歳と若くキャロライナとも五つしか変わらない。

 それなのにやたらと子ども扱いされている。

 キャロライナはもう成人して立派な淑女(レディ)なのに。


「いろいろ情報収集に行ってたんですよ。あと晩餐会の打ち合わせというか、詳細をクラヴェル公爵閣下に伺っておりました」

「だから一緒に現れたのか」

「えぇ。正直助かりましたけど、あの様子を見ると公爵閣下の方には王太子になる御意思は見受けられませんでしたけどねぇ」

「……」

「ま、そちらの方は私の方で探っておきます。皇女殿下はひとまず晩餐会の方に集中してください。参加者の方はもう覚えられましたか?」

「……あぁ」

「今回は人数も少ないですしジークフリード殿下の追悼がメインですから皇女殿下にお話をふられることはあまりないと思いますが、くれぐれも発言には気を付けてくださいね。一応私も後ろで控えておりますが、フォローにも限界はございますので」

「うるさいな……って、小侯爵も出席するのか?リストに名前は載っていないぞ?不備か?」

「出席じゃなくて皇女殿下の従者としてお傍に侍っておくだけです」

「晩餐会の間ずっとか?じゃぁ小侯爵は夕食食べないのか?お腹すくだろう?大丈夫か?」

「……皇女殿下はたまに可愛い感じ出してきますよね。わざとですか?何なんですか?」

「は……?何いきなり怒ってるんだ」

「べつに!」


 いつも意味深な笑みを浮かべているダニエルが一瞬目を見張り、すぐ何とも言えない表情になった。

 何だかわからないが、今すごく理不尽なことを言われたような気がする。


「あとくれぐれも出された料理を全部食べるとかやめてくださいね。あくまで貴女は『婚約者を亡くした悲劇の皇女』なんですから、がっついたりしないでください。どうしても足りなければあとで軽食を用意させますから、ちゃんと我慢してくださいね」

「小侯爵はいったいわたしのことを何だと思っているんだ……?」

「まぁ何にせよ、用心するにこしたことはありません。次期王太子についても晩餐会で何かしら進展があるかもしれませんね」


 とりあえず様子を見ましょう、というダニエルの提案に釈然としないながらも頷いたが、彼の予想に反し、その夜の晩餐会では何の進展もないままつつがなく終了するのだった。


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