9-1.
「満更でもない感じですか」
「は?」
「皇女殿下が歳上好きなのは知ってますけど、閣下はちょっと歳上すぎません?十三歳って……ねぇ」
「ちょっと待て、何の話だ」
「あ、さっき若干素が出てましたよ。言葉遣い、気を付けてくださいね」
「あ……あぁ……」
「それにしても、あれは相当手馴れてますね。公爵閣下が本気出したら皇女殿下なんかイチコロですね」
「だから何の話だ」
ヴィンセントとの散策から戻るなり、ジト目で問い詰めてくるダニエルに思わずたじろぐ。
何の話だと返しながらも、彼の言わんとしていることに思い当たるフシが無いわけではなかった。
「絆されてません?」
「え」
「歳上の、色っぽい、包容力ありそうな、大人の男性に口説かれて、ちょっとときめいてません?」
「そ……そんなわけ……」
「確かに大人で紳士で素敵ですけどね、公爵閣下。でも皇女殿下の好みとはちょっとタイプ違いません?」
「な……何だ私のタイプって」
「え?皇太子殿下でしょ?」
「は!?」
「だって皇女殿下の初恋って皇太子殿下でしょう?」
どんどん脱線していく話に何とか軌道修正を図ろうとするも、思いもよらないことを言われ、キャロライナは不覚にも動揺する。
「なななな何言って……」
「お小さい頃から皇太子殿下にべったりだったそうですね、皇女殿下。呼ばれていないのに第二皇子殿下についてセイレーヌに押しかけたり、皇太子殿下の婚約者候補の御令嬢片っ端から威嚇したりして」
「そんなこと……」
していない、とは言えない。
確かにアデルバートがセイレーヌの離宮に居を移した最初の夏、遊びにおいでと手紙を貰ったのはレオンハルトだけだった。
それが羨ましくて盛大に駄々をこねて無理やりついていったのだ。
もちろん最終的には母セレスティアの許しもアデルバートの了承もとったうえで、だが。
「兄の婚約者候補への威嚇」についても、残念ながら概ね事実だ。
アデルバートの婚約者が正式に決定したのは彼が十七歳のときで、皇太子にしてはずいぶん遅かったように思う。
おそらくは生まれつき身体が弱く帝都に不在がちだったことが原因だろうが、キャロライナのせいでもあるだろう、と責められたら強く否定できない。
何しろ幼い頃キャロライナは「皇太子妃の婚約者候補」と噂される高位貴族の御令嬢に、片っ端から喧嘩を売っていたのだから。
貴女よりもわたくしの方がお兄様を大切に想っております。貴女よりもわたくしの方がお兄様のお役に立てます。わたくしはお兄様のために鴨でも狐でも捕らえることができます。お兄様のためなら大好きなプディングもお譲りできます。
そう言って歳上の令嬢に詰め寄る様は皇女としてあるまじき姿であり、いたいけな令嬢たちをおおいに怯えさせた。
アレが義妹になるなど恐ろしくて嫌だ、と。
もちろんそんなワガママを令嬢たちの親がどの程度聞き入れたかはわからない。
それでもキャロライナがアデルバートの世代の令嬢たちに恐れられていたことも、威嚇をやめてしばらくすると無事アデルバートの婚約が決まったことも事実だ。
相手は公爵家の令嬢で、キャロライナよりも歳下だった。
しかし幼いながらも聡明で、いずれは社交界の中心人物になるだろうと思えるほどに美しく、肝の座った少女だった。
威嚇をやめた理由については、今はもう、きっとキャロライナとアデルバートしか知らない。
誰にも言えない。知られたくない。
あの日のことは、キャロライナにとって人生最大の過ちだ。
「……どうして小侯爵がそんなことを知っているんだ」
「いやだなぁ、皇太子殿下に関わることで私の知らないことなどほとんどありませんよ」
「え……何それ……怖……」
前々から不思議ではあったが、どうしてこの男はこんなにもアデルバートのことが好きなのだろう。
家門の派閥で言えばアルフォート侯爵家はレオンハルト派なのに。
「まぁ冗談はさておき、どういうおつもりなんでしょうね、公爵閣下」
「……そうだな」
急に真面目なトーンになったダニエルに何だか釈然としない気持ちになりながらも、ヴィンセントの態度について考えをめぐらせる。
先程ガゼボでヴィンセントが見せた態度は、まるでキャロライナに気があるかのようだった。
庭園へのエスコートも外交官が皇女をもてなすものではなく紳士の淑女に対するそれだったし、自意識過剰といわれれば否定できない、絶妙なラインでやんわりと口説かれた気もする。
だがさすがに色恋沙汰に縁の無いキャロライナでも、ヴィンセントが本当に自分に気がある、などと勘違いしたりはしていない。
現時点で問題なのは、ヴィンセントが本気だったかどうかではない。
彼の言動は、次期王太子が未定という現状においての王位継承権をもつ王弟のふるまいとしては、あまりにも軽率で軽薄で――ちぐはぐだ。
思い返せば一週間前、やたらとヴィンセントをキャロライナのパートナーにしようと画策するアウローラに対し、ヴィンセント自身はあまり乗り気ではないような印象を受けた。
むしろ姉の暴走に辟易し、諫めようとしているようにも見えた。
それなのに今日の変貌ぶりは、不可解というほかない。
この一週間の間に心変わりするような「何か」があったのか。
そしてこの現状はアウローラの指示なのか、ヴィンセントの独断なのか。
ヴィンセントの婚姻歴の件も相まって、次期王太子にまつわる現状に、不安、或いは不穏なことが多すぎる。
「それって、単純に公爵閣下が姫様のことをすきになってしまったから、ではないですか?」
「は?」
「はい?」
「だってこんなにも美しくて愛らしくて麗しくて凛々しい姫様なのですよ?公爵閣下が心を奪われたとしても仕方ありませんわ」
「ケイト……」
それまで黙って二人の会話を聞いていたはずの侍女のケイトが唐突に口を開いた。
主人と侯爵令息の会話に許可なく割り込むなど侍女としてあるまじき行為だが、キャロライナ付の侍女たちの間では、もはやそんなものは建前でしかなくなってきている。
然るべきときに然るべき対応ができるのなら、私的な時間にまで目くじらを立てることはない。
もちろん信頼のおけるごく親しい侍女や従者に限って、だが。
キャロライナの三つ年上のケイトは、一応その「信頼のおけるごく親しい侍女」に該当する。
「姫様を一目見て恋に落ち、王子殿下に奪われたくない、と自ら王太子の座に名乗りを上げられたのでは?」
「……ジュエリアルへの帰りの馬車に一人追加しましょう。それから王太子妃付女官に欠員が出そうなので補充を申請しておきます」
「えっ、やだやだそんなしれっと送り返そうとしないでくださいよ!」
常と変わらぬ柔らかな口調のダニエルに、ケイトは慌てて抗議する。
キャロライナは輿入れにあたってジュエリアルから侍女を五人、護衛騎士を一人、ペットを一匹つれてきた。
彼らは婚姻までの婚約期間中、皇女として王宮に滞在するキャロライナにジュエリアルの臣下として仕えるが、そのうちの三人の侍女はキャロライナが結婚し王太子妃となれば帰国する予定だ。
そして残りの二人の侍女はサフィーラの貴族籍を与えられ、サフィーラの女官として王太子妃となったキャロライナに仕えることになる。
ケイトは「残る方」の侍女であり、同じく帰化が決まっているキャロライナの護衛騎士と婚約している。
そのため強制送還されると結婚が破談になり非常に困るのだろう。
ちなみに「冗談ですよね?ね?」と泣きつくケイトを受け流しているダニエルは、本来であればキャロライナを送り届けたあと諸々の手続きが済めば帰国する予定だった。
「馬鹿なことを言うな、ケイト。そんな理由で王位を求めるわけないだろう」
私的な雑談だから聞き流すが、本来なら不敬罪にも該当しかねない。
仮にも王子として生まれたヴィンセントが、そんな個人的な感情に流されるわけがない。
己を律し、民の安寧と幸福のために生きることが王族の義務であり誇りなのだから。
「えー、でもどうせなら愛されて結婚する方がよくないですか?政略結婚だからって、相手に恋しちゃダメなわけじゃないでしょう?だったら同じ政略結婚なら、愛が無いよりある方が断然いいじゃないですか。愛されなきゃ幸せになれないわけじゃないですけど、愛されるにこしたことないって言うか、必要無いけど、あったら嬉しい、みたいな」
自身の結婚が秒読みで完全に浮かれモードのケイトは、キャロライナとダニエルの二人に冷ややかな視線を送られても、一向にめげない。
というか、そもそもヴィンセントがキャロライナに惚れているという前提そのものが彼に対して不敬ではないだろうか。
きっと口に出さないだけで、ダニエルだってそう思っているはずだ。
「やけに食い下がりますね、シズリー嬢」
「だってこんなに美しくて愛らしくて麗しくて凛々しい姫様と結婚する方って、すっごく幸せ者だと思いません?だったら姫様だって、めいっぱい幸せになっていただかないと!」
「え……」
「正直王子殿下だろうが公爵閣下だろうが最悪アルフォート小侯爵だろうがどなたでもかまわないんです。姫様が幸せなら」
「ケイト……」
「今人のこと最悪って言いました?」
思いのほか侍女のなかで評価が高かったことに驚きつつも戸惑いを隠せないキャロライナの耳に、ダニエルの抗義は届かない。
否、届いていてはいるのだが、華麗に無視する。いつもの仕返しだ。
長くなるので分けます。




