魔物の焼肉 タレはマシマシ
初めまして、志乃と申します。
突然ですが私は異世界なるものにやってきているみたいです。
これを読んでいる方には「何を言っているんだ?」そう思われるかもしれません。
ですが、私の目の前の一面の光景には銀世界の廃墟が広がっているのです。
豪華な装飾が使われていそうな壊れた柱の数々、青空が見える豪華な広い場所。
人気も存在せず、その場所には私ひとり。
学校に登校しようとして家の玄関を開けたらこの光景が広がっていて、振り返れば既に玄関の扉はありませんでした。
幸い持っていた携帯は圏外でゲームも出来なくて。
回線が繋がったのは検索AIのみで、検索結果をAIが答えてくれますが検索先のリンクは繋がりませんでした。
ですが、カメラが使えたのは幸運でした。
写真を撮って、異世界に来た証拠を残しておきたい。
何か食べるものは無いかと漁っていればサイバーパンクの服を着た、知らないお兄さんが立っていました。
知らないお兄さんには天使の輪っかみたいなものが付いていて、うっかり「あの世ですか?」と尋ねてしまいました。
「違う」と良い声で返されてしまいましたが。
お兄さんに何処から来たのかと聞かれたので日本について聞いてみましたが、「そんな国は聞いたことが無い」と言われてしまいました。
じゃあ、此処は何処なのか。お兄さん曰く、この場所は「リーリス王国跡地」という、空飛ぶ廃墟との事。
現在進行形も空を飛んでいるのかと聞けば肯定。
すると、地面が揺れた。クジラのような声が聞こえてきました。
お兄さんは、「リーリスの声だ」と平然としていました。
閑話休題。
スマホと学生鞄しか持っていない私は、お兄さんに監視の名目で付いていく事になりました。
道中で、狂暴な獣が襲いかかろうとしてきました。お兄さんは魔物だと言っていて、持っていた剣で真っ二つにしていました。
少しでも力になれないかとお兄さんの剣を持ってみるとこれがとても重くて、どう見ても私には扱えませんでした。
お兄さんには「安全な場所に居ろ」と釘を刺されてしまいましたが。
それでも諦めきれなくて、スマホの検索AIで「魔物 倒し方」と検索してみました。
魔物 倒し方 検索。
リーリス拠点跡地の魔物は屍になって動くゾンビです。
ですが水性に弱いので水物をかければ無害になります。
機械的な声で、検索AIはそう言ったのです。
鞄の中に入っていた、部活で飲むスポドリを取り出してキャップを開けて魔物の群れに投げつければ、魔物たちは声を上げて溶けました。物理的に。
お兄さんにどうやって倒したのかと聞かれたので、水に弱かったみたいなので水をかけただけですと答えました。
魔物の跡を一瞥して、お兄さんは私を担ぎ上げたのです。
私は荷物ではないですと抗議すれば、お兄さんはため息をついて担ぎ方を変えてくれました。
それは傍から見ればお姫様抱っこだったのですが、私は足が遅いので致し方なし。
お兄さんに抱えられたまま駆け抜けていけば、知らない紋の書かれた場所にお兄さんが立ちました。
すると、世界が切り替わったのです。
廃墟であった場所にいたはずなのに、そこには活気ではなくとも人がいました。
お兄さんは、此処は「ルシウスの箱庭」だと言いました。
魔物を守るために戦うギルドや国とも違う、中立の組織なのだと。
お前はおとなしくしておけ、と部屋に連れられそうになった時、一人の人がエナジードリンクのようなものを飲んでいるのを目にしたのです。
お兄さん曰く、この世界では栄養を込めたこのエナジードリンクらしきものが主食らしいのです。
お腹が空いたのなら後でお前の部屋にも持っていくと言われました。
でも、毎日三食食べている日本人である私には絶対に無理だと悟ってしまいました。
味云々の問題より、見た目からして食欲は湧かないと。人間の資本に関わる、命の危機だと私は感じてしまったのです。
お兄さんにキッチンの場所を聞いたところ、使う人は居ないがと小さな場所に案内されました。
誰も使っていなくても掃除は徹底している様で、部屋は清潔で魔物の保管庫として使っているみたいです。
お兄さんに駄々をこねて、私は自分用のご飯を作る事にしました。
呆れた顔をされてしまいましたが、お兄さんは訝しげながら許可してくれたので。
冷蔵庫らしき場所に保管されていたのは二匹の獣の残骸。お兄さんはリコリスの魔獣だと言いました。
検索AIでリコリスの魔獣 調理法と検索すれば、なんでも肉部分は牛タンの味わい、血の部分は火を通して水を混ぜれば焼肉のタレと遜色がないと。
元々料理は母親のお手伝いをしていたくらいですが。お兄さんに魔獣を解体するのを手伝ってもらいながら、調理を始めたのです。
お兄さんは解体しながら怪訝そうな顔をしていましたが。
コンロらしきモノのスイッチを押して火をつけて、取り除いた血を水と混ぜる。
肉を一口サイズにして、混ぜたソースの入ったフライパンにぶち込む。
自然と良い香りがしてきました。日本に居た時にも嗅いだ慣れた匂い。
すると、隣で腹の音が鳴りました。お兄さんの音だったようで、食べますかと聞けば了承してくれました。
一人では多い量だったから助かります。
焼き上がった料理を皿二つに盛り付けて、傍にあった椅子へ腰掛けて。
ぱくりとフォークでそれを口に運べば、それはもう柔らかくジューシーな、日本の牛タンそのもの。
お兄さんは食べたままぼーっとしていました。
どうしたのかと尋ねれば、行く宛が無ければここに居ていいと言って貰えました。
お兄さんの名前も教えてもらいました。
お兄さん……ロイはこの箱庭の一番偉い人みたいです。
あとロイに、自分の名前を聞かれたので……とりあえず下の名前を答えておきました。
今のところ、帰る手立ても見当たら無いので彼にお世話になろうと思います。
この世界の事も、明日には聞けたらいいのですが。