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聖蹟駅はちょっと遠い  作者: 六福亭
2年目
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第4章 リベンジ! 教会コンサート(1) (ミーティング、総文)

 

 五月末の月曜日。今日は、部内ミーティングである。

 

 放課後部室にやってきた秀紀たちは、人数分の椅子を円状に並べた。美里たち三年生はまだ来ない。しばしの自由時間、一年生は御影を囲んでソルフェージュの練習にいそしんでいた。その中にはちゃんと聖華もいる。中間試験が終わってまだ数日だが、彼女は今のところちゃんと登校しているようだ。


 少し遅れて、拓と真衣が入ってきた。秀紀は椅子から立ち上がり、拓に近寄る。そろそろ試験の成績が全科目出そろったころだ。

「拓、どうだった?」

「試験か?」

「うん」

 拓は口元を緩めて答えた。

「順位、だいぶ上がった。赤点もないし、先生にほめられた」

「おおー!」

 秀紀は歓声を上げる。

「やったじゃん! えっと、何位だった?」

「70」

 普通科の生徒は150人ほど。前回の拓の順位は120位だったらしい。

「大進歩だね」

「秀と真衣のおかげだよ、ほんとに。ありがとう」

「へへへ、まあね」

 胸を張る秀紀に、真衣が冷めた目を向ける。

「これで油断しちゃダメ。中間試験なんてサボってるやつばっかりなんだから。これからも勉強しなきゃ」

「分かってる」

 拓が英単語帳を携えている姿にも、今ではすっかり見慣れた。早速ページを開き、復習をする拓である。

「あんたはどうだったの? 秀」

「んー、現状維持」

「せっかくだからクラス1位狙ってみれば?」

「無理だって。不動トップの竹内様がいるから」

「ヘタレ!」

「うるさいな」

 そういう真衣はどうなんだ、と秀紀はやり返す。だが真衣は得意げに微笑んだ。

「クラス2位でしたよ、私は」

「マジかよ」

「今なら理系特進に入れるかもね」

 真衣の言葉に、秀紀はふと香野の言葉を思い出した。

『努力している生徒への報償は、もっと流動的であるべきだと思っています』

 

 千早と3年生二人、それから福原もやってきて、ミーティングが始まった。

 

 着座のまま、美里がハキハキと議題を告げる。

「みんな、中間試験お疲れ様。これから期末試験もあるけど、部活のイベントも盛りだくさんなので、協力して一生懸命頑張りましょう!」

部員たちは、「はい!」と声をそろえて返事した。

「今後の予定だけど、まず今週__6月最初の木・金曜日に総文、6月最終週の土日に学校祭、七月最初の土曜日に教会コンサートがあります。教会コンサートに伴っての吹部との合同練習も、3回ほど行う予定です」

教会コンサート実行委員の真衣が、うなずいた。

「8月には合宿、9月にはコンクールと定演もあるね」

 優路の補足に、何人かの部員がうめき声を上げた。

「鬼忙しいね」

「間に合うのかな」

「間に合わせるの」

 美里がぴしゃりと言った。

「全部大事な本番だから。総文には他の学校も集まるし、強豪校の合唱を聴いてコンクールに活かす貴重な機会になります。学校祭や教会コンサートも、コンクールや定演のためのリハーサルだと思って。場数が増えるほど、緊張しなくなるから」

 聖華や拓が、肩を縮めた。緊張しやすい後輩たちだ。

「まずは、総文当日の日程を配ります」

 紙面に印刷された日時を見て、秀紀はふと首を傾げた。

「あれ? なんかこの日用事あったような」

「模試だ」

 すかさず答えたのは、福原だった。

「え、そうでしたっけ?」

「わたしたちはないよ」

 千早と真衣が言った。

「6組と7組だけだ。金曜日の昼には終わる。その後会場に行って合流すればいい」

「私たちの出番は金曜日の午後だから、大丈夫よ。秀」

 美里がフォローを入れた。

「秀はあいにく模試だけど、前日・当日の午前中は、部員皆で他の学校の出番を鑑賞します」

「やった!」

 喜んでいるのは楓だ。彼女は強豪校のコンサートなどもよく聴きに行っているらしい。

「オレらは何の曲をやりますか?」

「証と、シンプル・ギフトと、トップ・オブ・ザ・ワールド」

 定番曲とコンクールでやる候補の曲だ。

「流浪の民は?」

 真衣が質問すると、美里が困ったように微笑んだ。

「披露するには、まだ完成度が低いかなって」

「ソロもまだ決まってないですもんね」

 『流浪の民』には、各パートのソロがあるのだ。

 

 紗弥香が挙手した。

「コンクールの自由曲って、いつまでに決めなきゃいけないんですか?」

「……来週末まで」

「めっちゃギリギリじゃないですか!!」

 紗弥香につっこまれ、福原が頭をかいた。

「忙しくて忘れていたんだ」

 真衣や楓が冷たい目で福原を見る。それをかわいそうに思ったのか、美里が明るく言った。

「まあ、今思い出せてよかったじゃないですか。総文で他の学校の演奏を聴いてから決めても十分間に合います。さ、練習しましょうか」

 部員たちは立ち上がった。次の本番が目の前に迫っている。


 

 あっという間に総文当日__だが、秀紀と福原は模試で居残りだ。クラス内にも文化部の生徒は何人かいるが、彼らも総文に参加できず悔しい思いをしているらしい。問題を解いていても、今頃皆は会場で何してるのかな、と余計なことを考えてしまう。

 大体、定期試験の直後に模試があるって何だ、そんな嫌がらせみたいなことやってるから皆の鬱憤がたまるんだ__と、怒りに任せてガリガリと解答を記入する。暑いので開放した窓の向こうから、運動部のかけ声が聞こえてきた。彼らも総体に向けて練習に励んでいるのだろう。


 二日目の正午に模試は終わった。秀紀と福原は急いで校舎を出る。自分たちの出番は午後二時からだ。リハーサルも勿論するから、とにかく早く会場に着いておきたい。

「昼飯は車内で食え。持ってきてるか?」

「はい!」

 元気に返事をした秀紀だが、『車内』という言葉に引っかかった。

「もしかして、車で行くんですか?」

 ちょうど自分の車のロックを解除しながら、福原が振り返る。

「そうだ。その方が早いだろ」

「電車の方が安全ですよ」

「大して変わらん。乗りなさい」

 福原の車の前で、秀紀は躊躇した。顧問はかなり運転が荒い。

「運転するのは先生ですか?」

「他に誰がいる? お前は免許を持っているのか?」

「いえ」

 それ以上渋ると福原の機嫌が悪くなりそうだったので、秀紀は観念して助手席のドアを開けた。

 まだ秀紀がドアを閉める前に、福原がエンジンをかけた。

「ちょっと、先生!」

「どうした、さっさとベルトを締めろ」

「安全運転でお願いします!!」

「当然だ。こう見えても俺は無事故無違反だぞ」

 秀紀は胸をなで下ろしたが、車が学校の駐車場を出た時、ふとあることが気になった。

「免許をとったのはいつですか?」

「二年前」

「めちゃくちゃ最近じゃないですか!!」

 それでよく無事故無違反だなんて威張れたもんだ、と秀紀は呆れた。

「初の事故が今日なんてことは絶対にやめてくださいね」

「分かってる。いいからお前は弁当を食え」

 車が信号で止まった時、秀紀は弁当箱を開いた。車が動いていないうちにとあわてて中身を口に運ぶ。

「あ、ほうひへば(そういえば)、先生。拓の成績上がったらしいっすよ」

「ああ、本人から聞いた。本当によかった」

 福原は嬉しそうだった。

「あいつ、めっちゃ頑張ってましたからね」

「お前と真衣が勉強見てやったおかげだな」

「へへへ、それもあります」

 また信号が赤になったので、すかさず秀紀はご飯をかきこんだ。福原はまっすぐに前方を見つめたまま(そうでないと困る)、ぼそりと言う。

「ありがとう」

「え?」

 秀紀はまだご飯を噛んでいる途中だったが、ちゃんとその言葉を拾った。

「何のことですか?」

 分かってはいたが、わざと聞き返す。

「この間のLHR……秀のおかげで、生徒たちの意見が聴けた。正直言ってとても助かった」

「それはよかったです」

 秀紀は澄まして答える。あの時間から数日経つが、前みたいな険悪な雰囲気は薄まり、宮本たちの態度もいくらかましになった。勿論、劇的に改善したわけではないけれど。福原の方も一方的に生徒を叱りつけることがなくなったからかもしれない。

「僕、MVPですね」

 おどけて言ったが、福原は真面目にうなずいた。

「そうだな」

「香野先生にもお礼言いました?」

「何故あの人に?」

「試験の前に、古文と数学が代わった日があったじゃないですか。あの時、香野先生が僕らに説教したんですよ。福原先生が提出物のこと怒るのは、ちゃんと訳があるんだよって」

「……そうか」

「ちゃんとお礼言ってあげてくださいね」

「……ああ、分かってる」

 福原は気乗りしない表情だったが、それでも確かに了承した。


 会場にはまだ着かない。東京の道路はいつもやや渋滞である。弁当を食べ終えた秀紀は、楽譜を取り出して読んでいたが、「車酔いするぞ」と注意された。

「そういえば、先生。質問してもいいですか?」

 福原はちらりとこちらを見た。

「1つだけだ」

「宮本が言ってた、部室のペンキ事件って何ですか?」

 福原が顔をしかめた。あまり触れてほしくないらしい。しかし彼はゆっくりと口を開いた。

「去年、バスケ部の部室がペンキでめちゃくちゃに汚された事件があった。当時バスケ部の顧問だった大石先生が部員たちを問い質すと、皆が宮本の仕業だと言った。部員の1人が、俺が副担をしていたクラスの生徒だったので話を聴いたが、彼の嘘を見抜けなかった。__実際は上級生が1年生部員に陰湿ないじめをしていて、立ち向かった宮本がはめられたんだ。わざと部室を汚して、その罪を宮本になすりつけた」

 秀紀は息を呑んだ。

「……そんなことがあったんですか」

「かなり後になってから宮本へのいじめが発覚し、ペンキ事件の真犯人たちがわかった。大石先生も俺も、この件で彼を相当厳しく叱っていたが、とんでもない間違いだった」

「でも、最近まで謝らなかったわけですね」

「……そうだ」

 秀紀は横目で福原を見た。険しい顔をしているが、今は何を言っても叱られない気がした。真衣とか楓だったら容赦なく非難したかも__と思いながら、秀紀はこう言った。

「まあ、最後には謝れてよかったですね」

 なんか僕、美里さんに似てるな。そんなことを考えていると、ようやく会場に着いた。ホールの正面玄関で部員たちが待っている。


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