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聖蹟駅はちょっと遠い  作者: 六福亭
2年目
48/49

第3章 (15)

 そしてついに(というほどでもないけど)、中間試験である。60分ずつみっちり試験を受けて、休み時間は単語や公式を詰め込んだ。そして全ての試験が終わった三日目の午後はまるまるフリーである。(吹奏楽部など、その日から練習再開される部活もあるけど)

「お疲れ様です!」

 秀紀が部室に向かうと、1年から3年生まで全員が集合していた。

「あれ、今日からもう部活でしたっけ」

「ううん、皆なんとなく集まってきただけ」

 試験が終わって気が抜けたのか、数人の部員がトランプに興じていた。

「拓、どうだった?」

「今までより全然手応えあった」

「おお! よかった」

 秀紀達がつきっきりで勉強を教えた甲斐もあったというものだ。

「じゃあ、自己採点やる?」

「いや、今はもう試験のこと考えたくない」

 そう悲鳴を上げるわりには、今も英単語帳を開いている。

「拓ほんと頑張ったよな。打ち上げにカラオケ行こうぜ」

「わー、行きたーい!」

 突然会話に入ってきたのは楓である。

「皆で行きましょうよ!」

「いいね」

 優路達もうなずいていた。

「そういえば、聖華も今相談室で試験を受けているの。あの子の試験が終わったらでもいいかしら?」

 美里の提案に、皆賛成した。


 11人も集まると、部屋はせまいが料金はかなり安くなる。パーティールームに通してもらった合唱部は、おのおの気ままに過ごしていた。千早が熱唱している間、美里と優路はタンバリンや手拍子で曲を盛り上げた。御影は山盛りのポテトを黙々と食べ進め、真衣はデンモクでひたすら曲を検索している。楓と紗弥香は聖華を囲んで写真を何枚も撮っているし、毅志はキーや音量をいじっていたずらした。拓がマイペースに本を読む隣で、秀紀はぼんやりと歌を聴いていた。

「秀」

 声をかけてきたのは優路だった。優路は秀紀の隣に腰かけ、よく冷えたコーラでいっぱいのコップを差し出した。

「あ、ありがとーございます」

「あんまり歌ってないね。試験が上手くいかなかった?」

「いえ、まあまあでした」

 上位をとれたとも思わないが、親に叱られるほどのひどい点数でもないはずだ。

「明日からまた部活だね」

「はい、楽しみです」

「いよいよコンクールの練習に集中しないとだね。まあ、文化祭と教会コンもあるけど」

「優路さん、吹部の奴とケンカしないでくださいね」

「しないしない」

 優路も去年の騒動を思い出したのか、くすりと笑った。

「せっかく吹部には、秀紀の好きな子がいるからな」

「いや、それは今いいんです」

 秀紀は慌てて手を振った。

「合唱に集中するって決めたんで」

「そのわりには元気なくないか」

 曲が変わり、なじみのあるピアノ伴奏が流れた。合唱曲を入れたのだ。マイクを持っていない部員も、声を合わせて歌い始めた。

「元気ないですか? 僕」

「ないように見えるね。水をずっとやってないアサガオみたいだ」

 枯れかけってことっすか。

 秀紀はため息をつき、コーラを一口飲んだ。爽やかな炭酸の感触と甘みが喉元を通り抜ける。

「うちのクラス、今やばいんです。皆福原先生を嫌ってて、学校追い出そうとしてる奴らもいて。嫌がらせとか口答えとかされてるのをずっと見てるの、正直キツいです」

「秀はどういう立ち位置?」

「嫌がらせとかはしたくないって言いました。でも、あいつらがやることを止めたりとかは全然できなくって。多分先生は、僕もあっち側だって思ってます」

 秀紀は本に目を落としている拓をちらっと見た。会話には混ざってこないけど、さっきからページが進んでいないところを見ると、秀紀たちの会話をこっそり聞いているのだろう。懺悔室にいるような気持ちで、秀紀は言葉を吐き出した。

「結局僕はずるいんです。どっちにもいい顔をしようとしてるから、何の役にも立ってない。でも他の誰かが先生の味方をしたら、もやっとするんです。僕の方が……」

「そんなに深く考えなくてもいいんじゃないかな」

 優路が首を傾げる。

「してあげたいと思ったこと、やってみればいいんだよ。結果まで考えずに。秀がなかなか動けないのって、その先のことまで考えちゃうからだろ」

 優路は微笑んだ。

「去年の、後先考えずに山崎さんをぶん殴った廉さんみたいにさ、正しいと思ったことをクラスの子にぶつけてみな。みんなびっくりして、案外上手くいくかもしれないよ」

「その後気まずくなりませんか?」

「なるかもしれないし、ならないかもしれないし」

 無責任に優路は答えた。

「悪意には悪意を、ですか」

「何それ」

「楓の名言です」

 迷言かもしれない。

 誰かが『証』を入れた。コンクールの自由曲候補だ。秀紀と優路は話をやめて、合唱に加わることにした。



 試験が終わった後、LHRの時間があった。相変わらず緊張が漂う中で、福原が淡々と議題を告げた。

「6月下旬に文化祭がある。このクラスでどんな出し物をするか、また係分担をどうするか話し合いなさい」

 秀紀は顔を上げた。緊張で自分の心臓の音がいつもよりうるさく聞こえる。正直怖い。だけど、今しかない。


 秀紀は、福原の話が途切れたタイミングを狙って高々と手を挙げた。

「……どうした?」

 福原が困惑したように言った。クラスの注目が秀紀に集まる。秀紀は立ち上がり、福原をまっすぐに見つめた。

 立つと、自分の両足が震えているのが分かる。落ち着くために、腹から息を吸った。

「その前に、もっと話し合うべきことがあると思います」

 

 秀紀の言葉で、教室内の空気が冷えた気がした。

「どういう意味だ?」

「僕が言う意味は、先生も、皆もよく分かっているはずです。今このクラスで、悪意のある運動があります」

 クラスメイトの視線が突き刺さる。それを全て無視して、秀紀は続けた。

「……その目的は、先生を学校から追い出すことです」

 よせ、秀。隆が小さく呟いた。こつこつと、教室の後方で誰かが机を叩く音がする。

「だけど、もうそれは終わりにしたいんです。これ以上皆__いや、僕達と、先生が戦っても、双方にとって良くないことになるから。先生はきっともう限界だし、僕らも特待生じゃいられなくなるかもしれないし」

 香野の言葉を思い出してもらえただろうかと、秀紀はクラスメイトを見回した。皆じっと黙って、秀紀を見つめている。目が合うと、彼らは顔を伏せた。

「だから、先生。お願いします。今この時間を、26Hの今後の為に使わせてください」

 福原は秀紀を睨んでいたが、やがて無言で教卓の隣の椅子を引き、そこに座った。

 立っているのは、秀紀だけだ。急に頭が真っ白になり、秀紀は隆を見下ろした。

「……この後、どうしたらいいと思う?」

 何人かが、盛大にずっこける音がした。

「何にも考えてなかったのかよ!」

「さっきは澤田君のこと見直したのに-」

「アホかお前は!」

 湧き起こる野次の中、秀紀はおろおろと見回した。うう、情けない。

「助けてください、一番頭良い竹内様」

 名指しされた竹内が、ため息まじりに答える。

「話し合いの基本ってのはね、互いの陣営が要求を出し、妥協点を見つけるもんだよ」

「陣営って……先生対皆?」

「お前は何なんだよ」

「えっと、僕は司会」

「ずりーぞ!」

 ブーイングに耳をふさぎ、秀紀は叫ぶ。

「先生にこうしてほしいって要望がある人は、言って下さい! 挙手制!」

 真っ先に手を挙げたのは、隆だった。

「なんか怒る時に、人格否定レベルの嫌なこと言うのはやめてほしい」

 何人もの生徒がうなずいた。

「『学業を疎かにするくらいなら、部活などやめろ』って言われたのがオレは心底許せなかった。……あんたには分からないかもしれないけど、オレにとっては勉強よりもバドの方がずっと大事なんだ」

 隆は静かに、福原に向かって言った。

 次に、平木が挙手した。

「生徒指導の先生よりも細かく風紀の指摘をしてくるのは、どうなのかと思います。先生によって基準が違うと、私達もどうしていいか分かりません」

 続いて、竹内。

「提出物や風紀が単位に響くというのは、先に説明するべきと思いました。……教員の口からは言えないのかもしれませんけど」

 それから、國田。

「テストとかの点数つけが細かすぎてうんざりします」

「すぐ怒るしいつも固苦しいから怖い。もっと冗談とか言って雰囲気を和ませてほしい」

「テストの問題がやたら多過ぎます。あと一回、配点ミスって満点が103点になった試験ありませんでした?」

 次々と飛んでくる意見に、秀紀も少し疲れてきた。

「……和田、何かある?」

「おれ? えーっと……あの……」

「何もなさそうだね」

「待って! もうちょい、喉元まで出てる」

「はい時間切れ」

 秀紀が福原を見ると、彼はうんざりした顔をしていた。

「えっと先生、皆の意見はだいたい出たと思います」

「……そうか」

 赤坂がノートを破き、福原に渡した。出た意見、というか文句をメモしていたらしい。

「皆の要望、守ってくれますか」

「……できる限り努力する」

 福原は苦虫をかみつぶしたような顔だったけど、それを聞いた何人かの生徒が嬉しそうに顔を見合わせた。

「じゃあ先生、先生側から僕らへの要望はありますか」

 福原はしばらく黙っていた。秀紀は待つ。きっと福原にも、言いたいことが山ほどあるはずだ。

 やがて福原は静かに立ち上がった。飛び交っていたひそひそ話が途切れる。

「未来の君達自身の足を引っ張るような真似は、決してしないでほしい」

 それだけ言って、福原は再び着席した。

「……他にはありませんか」

「ない」

「本当に? 後悔しませんか」

「今言ったことが、俺が君達に望む全てだ」

 笑ったり、野次を飛ばす者はいなかった。お調子者の和田や、福原を嫌う國田でさえ、黙っていた。彼の言葉を咀嚼し飲み込むのに、時間が必要だったのかもしれない。

 秀紀はふと時計を見た。もうこの時限の半分以上経っている。

「えっと皆さん、これでいいでしょうか」

 隆が指摘した。

「福原が手を挙げてるぞ」

 振り返ると、確かに福原は無言で右手を上げていた。

「はい、先生」

「宮本の意見が出ていない」

 あ、と思わず秀紀は声をもらした。皆が宮本を見た。彼は暗い目で福原をねめつけていた。

 秀紀は無言で宮本を指した。宮本は席に座ったまま、低い声で言った。

「くだらない」

 直球の否定に、秀紀は凍りついた。宮本が福原に向かって言う。

「相手が秀だから聞いたんだろ。あの時、オレの言うことなんて1つも聞きやしなかったくせに」

「『あの時』?」

 福原が即座に聞き返した。目を大きく見開いて。

「……バスケ部の部室の?」

 宮本はうなずいた。

「誰かがいやがらせでバスケの部室をペンキでぐちゃぐちゃにした時、去年の担任がオレを犯人だと決めつけた。お前もそれを頭から信じ込んで、偉そうに説教しただろ? あの事件の犯人が誰だったか、知ってるよな? お前が副担やってたクラスの先輩だ! お前らそれが分かっても、オレに謝りもしなかっただろ!」

 宮本は顔をゆがめ、叫んだ。

「大石もお前も、大っ嫌いだ! オレのこと問題生徒だと決めてかかって、オレの言い分は聞きもしなかった! 結局お前ら、お気に入りの生徒しか大事じゃないんだろう!」

 宮本は荒く息を吐き、福原に近づいた。

「……だから今年お前が担任になった時、チャンスだと思ったんだよ。あん時の復讐ができるって。お前らがどんだけ最低か分からせてやることができれば、他のことなんてどうでもよかった!」

 福原に殴りかかろうとする宮本を、秀紀と隆で制止した。それまで凍ったように動かなかった福原だが、やがて宮本に向かって深く頭を下げた。

「申し訳ない。俺が間違っていた」

 福原をじっと見下ろしていた宮本は、小さな声で呟いた。

「……分かればいいんだよ、分かれば」

 それから秀紀達の手を振り払い、自分の席に戻っていった。



 放課後、校舎を歩いていると、秀紀は聖華にばったり出くわした。

「あ、」

「こんにちは」

 聖華は丁寧におじぎをした。

「ずっと休んでて……ごめんなさい」

「あ、ううん、気にしないで。体調大丈夫?」

「はい」

 聖華は遠慮がちに微笑んだ。

「部室に行くんですよね?」

「うん。一緒に行こう」

「はい!」

 秀紀と聖華は、部室へと並んで歩いた。



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