第3章(13)
「私が言うことに、適当に相づち打ってればいいですからね」
「わ、分かった」
2年3組の教室の前。たった今から、ここは戦場になったらしい。楓は教室の扉が半分ほど空いているのをちらりと確認して、大きな声で秀紀に話しかけた。
「秀紀さん、知ってます? 2年の中村若葉って名前のクソブスな先輩のこと!」
秀紀はぎょっとした。教室内に残っていた女子のグループが、こちらに視線を向ける。
「あのブス、分不相応にも竹田ヨシキ先輩が好きなんですって! で、好きなら告白でもすりゃいいのに、する勇気も勝算もないから、千早さんいじめて憂さ晴らししてるんです。竹田先輩が千早さんのことを好きだから。性格も顔も終わってるビッチですよね!」
「……い、言い過ぎじゃない?」
楓は小声でささやいた。
「あいつが千早さんに言ったことですよ」
「……ああ、そう」
「ちょっと!」
教室内にいた数人の女子が、楓に詰め寄った。
「あんた何なの? 1年のくせに……」
「あら、ご機嫌うるわしゅう、クソババアども」
楓はにっこりと笑った。
「秀紀さん、この方達が千早さんをいじめてる奴らです。右から中村若葉さん、吉田藍菜さん、松岡結衣さん」
秀紀は思わず3人の顔をまじまじと見た。彼女達は秀紀から顔をそらし、楓を怒鳴りつけた。
「あんまりなめたことしてると、あんたも潰すから」
「どうぞやってみてください、厚化粧のブス先輩♡」
楓はちっともひるまない。
「こっちは、あんたらがやったことぜーんぶ、竹田のお兄ちゃんにチクりますからね」
「は?」
「あんた竹田君の何?」
「従姉妹です」
楓はそうきっぱり言った。若葉の表情が強張る。
「嘘つけよ」
「嘘じゃありませんよ。竹田のお兄ちゃんに聞いてみたらどうですか? まあ、あんたらとしゃべってくれるかどうか分かりませんけどね」
楓は携帯を取り出し、どこかにかけた。
「あ、出た。もしもしヨシキ君? 中村若葉さんがヨシキ君に愛の告白したいんだって! そう、あの千早さんいじめてる女!」
「やめてよ!」
若葉が楓につかみかかった。とっさに秀紀が立ちはだかる。楓はひらりと身をかわし、話し続けた。
「うん。うん。えー、そこまで言う? 代わろっか? あー、しゃべりたくもない? じゃあ、私が伝えといてあげる!」
電話を切った楓は、冷たい目で3人を見上げた。
「ヨシキ君から伝言。千早さんをこれ以上悲しませたら、一生許さないって。嘘だと思うなら、本人にどうぞ聞いてみてください」
そう言って、楓は秀紀の腕を引いた。
「じゃ、行きましょうか」
「あ……うん」
階段を降りながら、秀紀は楓に尋ねた。
「僕がいる意味あった?」
「もちろん。ボディーガード役ですよ。あと、1人でしゃべってたらバカみたいでしょ。あいつらが馬鹿にできっこない仲間が必要でした」
「……それで僕?」
「ええ。見た目も悪くない、特進クラス。どう考えてもあいつらより格上でしょ」
なんだかもやもやとしているのを勘づいたのか、今度は楓が聞いた。
「引きました?」
「……まあ、ちょっとは」
「私、性格悪いでしょ。事実だから気にしてません。でも、ああいう奴らには私みたいな奴がぶつかっていくのが一番効果あるんですよ」
「本当に竹田の従姉妹なの?」
「ええ。だから、事情聞いた時ガッツポーズでした。私なら千早さんに代わってあいつらやっつけられるって」
「……強いな、楓は」
楓は秀紀を見上げ、笑った。悔しいけれど可愛い。それを彼女も自覚しているのだろう。
「覚えておいてくださいね。悪意には、悪意で返すんです。私はそうやって戦うことにしてます」
「ハンムラビ法典的な?」
「そうです」
目には目を、歯には歯を。悪意には悪意を。だけど……。
「悪意で返せない立場の人は、どうしたらいいのかな」
「例えば教師とかですか?」
「そうだね」
楓は即答した。
「今日の私みたいなことを、秀紀さんがしてやればいいんじゃないですか」
「ぼ、僕が!?」
楓は背伸びして、秀紀の肩を叩いた。
「がんばれ、ひでっち!」
「ひでっち!?」
相談室の前まで来ると、楓は手を振って中に入っていった。千早に会いに行ったのだろう。秀紀は茫然と突っ立っていたが、やがて我に返り、部室に戻ることにした。
部室には、真衣と拓がいた。
「……あれ、さっきユズもいなかった?」
「帰った!」
真衣が答える。
「秀さあ、ほんとに間が悪いよね」
「な、何の話?」
「せっかくいろいろ上手くいきそうだったのに、また振り出しに戻っちゃった」
「だから、何の話なんだって」
「知らなーい。本人に聞けば?」
その後いくら真衣を拝み倒しても、何も教えてもらえなかった。




