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聖蹟駅はちょっと遠い  作者: 六福亭
2年目
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第3章 (11)


 遠足が終わると、学校はすぐに中間試験の準備期間に入った。当然、部活動もしばらく休みである。だが秀紀たち合唱部の2年生は、毎日放課後B棟に集まって勉強をした。慣れた部室の周辺の方が、拓に勉強を教えやすいんだ。

 秀紀に文系科目を、真衣に理系科目を毎日みっちり叩き込まれ、拓の学力も上がってきた(気がする)。試験の結果が今から楽しみだった。(と秀紀が拓に言ったら、「そんな余裕じゃねえよ」とため息をつかれてしまったけれど)


 ある朝、秀紀が登校すると、毅志と御影が玄関で待っていた。

「おはようございます」

「お、二人ともおはよう。どうしたんだ? 朝っぱらから」

 先輩の前だというのに、御影が大きく口を開けてあくびをした。それを肘打ちし、毅志が数枚の紙を秀紀に渡した。

「何これ?」

「このビラが昨日から、学校中に配られてます。知ってましたか?」

「へえ、何のビラ……」

 何の気なしにビラの中身を読んで、秀紀は凍りついた。

『26H担任の福原は部活の生徒ばかりを依怙贔屓し、気に入らない生徒にはパワハラまがいの暴言・体罰を繰り返している』

「何だこれ!!」

 ビラをめくると、出るわ出るわ福原の悪口ばかり。

『福原は、大学はおろか高校すら卒業しておらず、教員免許は不正に取得したものである』

『福原は学校の金庫から金を盗み、私腹を肥やしている』

「……デマですよね? 秀紀さん」

「デマに決まってるだろ!」

 秀紀はその紙をまとめて破いた。

「あっ、せっかく集めたのに」

「これ、皆に回ってんの?」

「多分そうですね。でも、オレとか御影とか、楓達は渡されてないです。合唱部員には渡さないようにしてるみたいです」

「野球部の友達が見せてくれて、分かったんです」

 御影が言った。

「誰がこんなことしてるんでしょう?」

「うちのクラスの奴らだ」

 秀紀は確信した。宮本達が、福原への攻撃を開始したのだろう。試験前なのに余裕だね。

「どうしますか。先生にこのこと……」

「いいよ、僕が言っておく。毅志と御影はさ、周りの人に何か聞かれたら、真っ赤な嘘だって教えてあげてくれよ」

「分かりました」

「こんなの絶対嘘じゃんね、泥棒だとか、中卒だとか」

「ですよねー」

 三人は笑った。別れた後、秀紀は職員室に行った。

 しかし、職員室の扉の前ではたと立ち止まった。

『試験期間につき、生徒立入禁止』

「そうだったー!」

 かなりがっくりしたけど、用がある時は先生を呼び出してもらえばいいのだ。誰か先生が通りがかるまで待っていると、朝学習のチャイムが鳴った。仕方なく秀紀は、すごすごと教室に向かうことにした。


 席に着くと、隆が意味ありげに秀紀を見つめていた。

「朝から熱視線ありがとう、隆」

「気持ち悪いこと言うなよ」

「福原先生のビラの件?」

「よく知ってるな」

「優秀な後輩たちが教えてくれた」

「内容見たか?」

「うん、だいたい。中卒とか絶対嘘じゃん」

「それはマジらしいぞ」

「え?」

 秀紀はぽかんとした。

「……いやいや、中卒で教員にはなれないでしょ」

「正確にはちょっとちがくて、通信で高卒・大卒資格とか教員免許とかいろいろとったらしい。だからオレらがこれから行くような大学には行ってないんだって」

「……そうなんだ」

「ショックか?」

「……いや、別に」

 言いつつ、ノートも参考書も出さずに茫然とする秀紀だった。いや、裏切られたとか、そんなの別に思ってないけど。別に、別に。

「福原に聞いてみれば? 秀相手だったら教えてくれるんじゃねえの」

「そうかな……ってか、合唱部員に依怙贔屓とか言うのもデマだから」

「そっちも知ってたのか」

「だからさ、先生は基本優しいんだって。何か悪いことしたらめっちゃ怒られるだけで。品行方正に生きてたら怒られやしないよ」

「毎日品行方正に生きることなんてできねえだろ」

 しゃべっているうちに朝学習の時間が終わり、8時半のチャイムが鳴った。教室に入ってきた福原は、いつものように教卓につく前に、何故か生徒たちの机に近づいてきた。

「これを返却する」

 福原は数枚の紙を宮本、松田、橋場、國田の机に分けて置いた。4人の顔が強張る。

「……なんすか、これ」

「君達が書いたビラだろう」

「オレたちが書いたとか何で言えるんですか?」

「筆跡で分かる」

 そう福原が言うと、國田が悲鳴を上げた。

「きっも……!!」

 福原は國田を睨みつけた。

「君達のしたことも大概だと思うが。こんなことをしている暇があるなら、少しでも勉強したらどうだ? 自分の成績表をちゃんと見たことがあるのか?」

「あんたに成績がどうこうとか言われたくないですね」

 橋場がせせら笑う。

「何だと?」

 平木が挙手をして、立ち上がった。

「合唱部ばっか贔屓してるって本当ですか?」

「していない」

 今度は和田が手を挙げた。

「学校の金を盗んでるっていうのは?」

「大嘘だ」

 秀紀はとっさに問いかけた。

「中卒で……通信で教員免許とったって本当ですか?」

 福原が秀紀の方を向いた。さぞ怒っているかと思いきや、困ったような__また、そんなこと絶対ありえないだろうけど、泣き出す手前ともとれるような表情だった。

「それは事実だ」

 ざわめきが起こる。福原は黒板の前に戻り、淡々と出席と連絡事項を告げた。


 その日1限は福原による古文の授業だったけれど、生徒達は目に見えて集中をなくしていた。福原は何度も授業を中断してざわめきや内職を叱責したが、授業に戻るとまた元の状態になってしまうのだ。

 とうとう福原は、黒板を叩き、大きな声で言った。

「今日の授業内容も、中間試験の問題に含まれている! 俺のことが気に入らないのは分かっているが、授業はきちんと聞きなさい!」

 宮本が言い返す。

「自分で勉強するからいいですよ。あんたに何を教われって言うんですか? オレらより低学歴のくせに」

 福原は一瞬黙り込んだ。言い負かされたのだと誰もが思う。次に福原が何を言うのか、あるいは言わないのか、固唾を飲んで見守った。

 その時、竹内という男子が静かに手を挙げた。

「先生。授業を続けて下さい」

 皆が竹内を見た。竹内の顔には何の表情も浮かんでいない。同情も、宮本のような侮蔑も。

「僕は授業を受けたいし、今までもちゃんと聴いていました。試験の範囲ならなおさら早く教えて下さい」

 授業が再開された。彼の言葉に毒気を抜かれたのか、宮本はそれ以降、(比較的)大人しくしていたようだ。


 同日の現代文の授業の直前、宮本達が上川の側に集まっていた。

「先生、福原のこといろいろ教えてくれてありがとうございます!」

「いいえ。上手くいった?」

 上川はにこやかに宮本達としゃべっている。

「大成功です! あいつ、今頃落ち込んでるんじゃないすかね」

「授業も崩壊寸前だったしね」

「よかったわね。頑張って」

 上川はにっこり笑ってそう言った。



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