表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖蹟駅はちょっと遠い  作者: 六福亭
2年目
43/49

第3章 (10)

 ジャージ姿でもやっぱり可愛い柚里は、戸惑っている秀紀の隣に並び、池を見下ろした。

「何見てたの?」

「あ、さ、魚とか」

「ほんとだ。たくさんいるね」

 魚を探す柚里の表情は明るかった。とても、秀紀を怖がっているとは思えない。なーんだ、やっぱり嫌われてないじゃないか! とっさに飛び上がって踊り出したくなるのを、必死にこらえる秀紀である。

「高島……いや、ユズは、魚好き?」

「うん。お肉より好き。おいしいから」

「そっか」

 柚里は、秀紀がドキドキしていることには気づいていない様子で、白鳥ボートに目をやった。今まさに、同級生たちがふざけ半分でボートにのろうとしていた。

「あれ、楽しそうね」

「ああ、あの白鳥の? でも、漕ぐの大変そうだよな」

「うん」

 柚里がくすっと笑った。

「ユズは最近大変そうだね」

「教会コンサートのこと? 真衣ちゃんも手伝ってくれるから平気」

「そっか。真衣もしっかりしてるからなー」

「うん」

 柚里が、秀紀との距離を一歩分詰めた。秀紀はどきりとする。

「秀紀くんと真衣ちゃんって、つきあってる?」

「ええ!?」

 びっくり仰天だ。あわてて首と手を振った。

「つきあってないよ! 誰が言ってたんだ、それ」

「そうなの?」

 柚里はほっと息を吐いた。

「よかった」

 僕は柚里一筋だ。そう言おうと思ったけど、恥ずかしすぎるのでやっぱりやめた。

「そういえば、合唱部もコンクールに出るの?」

 そう聞かれ、秀紀はうなずいた。

「うん。夏にね」

「どうして?」

 柚里の顔を見ると、表情が曇っていた。「どうして、コンクールなんかに出るの」

「出ちゃ悪い?」

 むっとして秀紀は言い返す。

「そっちだって毎年コンクールに出てるじゃないか」

「吹奏楽部と合唱部は全然違うでしょう。何も、わざわざコンクールに出なくたって」

「わざわざ?」

 秀紀の低い声音に、柚里がひるむ。けれど秀紀は、そのまま続けた。

「ユズにだけは、そんなこと言ってほしくなかった」

 柚里が息を呑んだ。これまで彼女に対してこんなに怒ったことはなかったし、この先もないだろう__でも、今だけ。今だけ秀紀は猛烈に腹を立てていた。

「そりゃ吹部に比べたらしょぼく見えるかもしれないけどさ、僕らだって頑張ってるんだよ。勝負を捨ててるだの、一緒にするなだの、馬鹿にされる筋合いはない!」

 コンクールに出ないことを軽蔑する田邊と、コンクールに出ることを非難する柚里。どちらの言い分も身勝手なものに思えて、怒りが収まらなかった。

「そうやって、合唱部のことをずっと見下してたんだろ。コンクールに出たってどうせ大した結果は出ないと思ってるんだろ。じゃあ、何のために合同演奏なんてやるんだよ。僕らを馬鹿にするため? 吹部はやっぱりすごいんだって自慢するため? そんなんだったら、僕も出たくない。福原先生と一緒に辞退するよ」

「待って、秀紀君。話を聞いて」

 いきなり怒り出した秀紀に混乱しながらも、柚里は口を開いた。ところが……

「あれ、柚里!」

 吹奏楽部の友達が二人、柚里と秀紀を見つけてやってきた。同じホルンパートの明莉あかりと、パーカッションのなぎさだ。

「合唱部の澤田君じゃん! ひゅーっ、やってんね……って……」

 柚里をからかおうとした友人達だが、秀紀と柚里の表情を見て険悪な雰囲気を察したらしい。

「……どうしたの?」

 秀紀は相変わらず怒った表情で、柚里に言った。

「嫌なこと言ってごめん。それじゃ」

「あ……うん」

 秀紀が大股で去っていくと、すかさず明莉達が柚里に駆け寄った。

「ねえ、どうしたの!?」

「まさか、フラれた……?」

 柚里はこくんとうなずいた。

「やっぱりあの合唱部の子とつきあってたの?」

「ううん。でも、怒らせちゃった」

 遠くで集合の合図の笛が鳴った。クラスごとに写真撮影をして、学校に帰るのだ。集合場所に向かいながら、明莉たちは柚里を励ました。

「帰りにゆっくり聞かせて、柚里」

「ひどいこと言われたんだったら、あたしらついてるからね」

「……ありがとう」

「澤田君のこと、演奏で見返してやろーよ」

「……うん」

 演奏で見返す。それは、柚里達にとって合い言葉のようなものだった。何か嫌な人がいたら、自分達が立派な演奏をすることで相手に勝とう。感心させてやろう。

 だけど、見返す相手が吹奏楽部のことを大嫌いになってしまっていたら、どうすればいいんだろう? 

 柚里のその疑問は、簡単に答えが出なかった。



 遠足が終わった後、合唱部の1年生は玄関で集合し、ファミレスに向かった。この日は部活も休みだから、みんなで食事会をする約束をしていたのだ。

「聖華も向かってるって!」

 スマホをいじっていた紗弥香が、明るく報告した。

「おお、よかった!」

「せいちゃんがこないと、始まらないものね」

 ファミレスに入って、大きめのテーブルに案内された。メニューを見ている間に、背が高い少女が近づいてきた。

「聖華!」

 真っ先に気づいた毅志が手を振った。顔を上げた紗弥香と楓が、歓声を上げた。

「せいちゃん!」

「かわいいー!」

 早速席をつめ、聖華を真ん中に座らせた。学校をしばらく休んでいる聖華は、青いワンピースを着ていた。

「元気だった?」

「その服めっちゃ似合ってる!」

「はい、メニュー。何でも食べな~」

 矢継ぎ早に声をかけられ、聖華は困ったように微笑んだ。

「ありがとう。……ごめんね、心配かけて」

「全然いいって。見て、わたしの新作」

 言うなり紗弥香は、両手を使ってすごい変顔を披露した。楓と毅志が吹き出す。いきなりのことに固まった聖華は、やがて遠慮がちに笑い声を上げた。

「ちょっとさーや、その顔ひどすぎる!」

「女子がする顔かよ」

 あっという間に元の顔に戻った紗弥香は、自慢げにおじぎした。

「歌ってる時にこの顔したらどうなるかな」

「怒られるって」

「笑って歌えなくなっちゃうじゃん!」

 御影が呼び出しボタンを押した。めいめい注文してから、ドリンクバーを取りに行く。

「今日は遠足だったのよね」

 聖華が少し寂しそうにつぶやいた。御影がうなずく。

「楽しかったよ。なんもない公園だったけど」

「来年は絶対行こうね、せいちゃん」

「うん」

 うなずく聖華の顔が曇っていたことを、楓は見逃さなかった。

 一足先に運ばれたポテトをつまみながら、部活の話をする。

「……って、千早さんが言ったの。それから千早さんが……」

「楓ってほんと千早さんが好きだな」

「だってめっちゃ可愛いし、優しいんだもん」

「真衣さんは?」

「真衣さんは面白いけど、毒舌だからなめれないのよね」

「他の先輩のことはなめてんのかよ」

 毅志が笑った。

「毅志は秀紀さん派でしょ」

「同じバレー部出身だしな。でも、最近拓さんとキャッチボール始めたんだ」

「親子じゃん」

「拓さんって大人みたいな貫禄あるよねー」

「でも、2年生今みんな大変そうじゃない?」

「そうね、拓さんはバイトばれた後めっちゃ勉強してるし、秀紀さんもなんか元気ない時あるよね」

「真衣さんは教会コンサート? の打ち合わせだっけ」

「そう考えると、3年生の安定感はすごいよね。人数少ないけど」

「優路さんと美里さんって仲良いけど、つきあってるのかな?」

「一緒に帰ってるところはたまに見かけるけど……」

「ちょっと、誰か今度聞いてみてよ」

「そういや……」

 毅志が首を傾げた。

「秀紀さんと吹奏楽部の人、結局どうなったんだ?」

 毅志は、秀紀が柚里に告白するらしいというところまでしか知らなかった。

「フラれたらしいよ」

 情報が早いのは楓だ。

「マジか。お気の毒に」

「結構ラブラブって聞いてたのにね、上手くいかないものなんだなあ」

「吹部と合唱って仲悪いらしいもんね、ロミオとジュリエットよ」

 料理が運ばれてきた。熱々の包み焼きハンバーグやらパスタやらを食べながら、話はさらに進む。聖華は主に相槌を打ってばかりだったが、食べ終わるころにはリラックスした表情になっていた。

 デザートを食べている時、楓がぽつりと言った。

「またたくさん集まろうね」

「どうした、急にしんみりして」

「だって、さみしくなっちゃったんだもん」

 楓はまっすぐに聖華を見た。

「ね、せいちゃん。このままやめちゃうなんてこと、ないよね?」

 聖華はスプーンを持ったまま、動きを止めた。紗弥香がにっこり笑う。

「わたしたち、やっぱり聖華がいないと調子出ないよ」

 御影と毅志もうなずいている。聖華はスプーンを置き、うつむいた。

「……学校、怖いの」

「どうして?」

 すかさず問う楓を、そっと紗弥香が止めた。

「……小中ずっと不登校だったって、前にも話したけど……だから、私に友達って一人もいないの。みんなとどんな話をしたらいいのか、何を言ったら怒らせちゃうのか、どんなことをしたら喜んでもらえるのか、全然わからない……いつか私がうっかり言ったことで、みんなに嫌われて、また一人ぼっちになっちゃったらと思うとすごく怖い」

 聖華が、暗い表情で話し続けた。

「お父さんはね、私に家にずっといてほしいって思ってる。だから学校に行くよりも休む方がずっと気持ちが楽で……中学までみたいに休んじゃう。でも、叔父さんはそれじゃ駄目だって言うから、最近ずっとお父さんと叔父さんが喧嘩してる」

 それを間近で聞かされる聖華も辛いのだろう。ぶるぶると震えている彼女に、楓が抱きついた。急なことに目を白黒させる聖華に、楓が明るく言った。

「嫌いになんかならないよ! だってあたし、合唱部のみんな、大好きだもん! ケンカしたって、仲直りすればいいんだよ!」

「そうだよ。わたし達、仲間でしょ」

 そう言って紗弥香は、また変顔をしてみせた。

「笑って、聖華」

「もう笑ってるだろ」

 毅志が聖華の肩を叩いた。

「学校、来いよ。皆聖華のこと待ってるから。クラスとかで嫌なことあったら、楓がすぐに飛んでいくから」

「僕も竹刀持って行くよ」

 御影がのんびりと言った。

「ちょっと、ミカエルが言ったらしゃれにならないんだけど」

「竹刀でぶちのめすつもりじゃないだろうな」

 答える代わりに、御影は竹刀を振る真似をしてみせた。笑い声が弾ける。聖華を囲んで、放課後の食事会はまだまだ続いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ