第3章 波乱と苦難の5月(7)
翌日の朝。秀紀は物思いにふけりながら登校した。自転車だとすぐに学校に着いてしまうのだが、今朝はそれがすごく物足りなく感じた。
考えていたのは、主に柚里のことだ。彼女は何故、わざわざ合唱部のところにやってきたのだろう。秀紀のことが嫌でたまらないんじゃなかったっけ?
(……まあ、顔を見れるのは嬉しいんだけど)
柚里はいつ会っても可愛い。はにかんだような表情や、緊張した時の上目遣いを思い出し、秀紀は一人でにやにやした。教会コンサートの実行委員になったということは、これからもちょくちょく部室に来るのかな。
遠巻きに眺めるくらいなら、田邊も文句をつけないだろう__不可抗力だし。僕が来てくれって言ったわけでも、話しかけたわけでもない。
昨日真衣は、柚里とどんな感じで話したのだろう? あの後部室に戻ってきた真衣は、何も教えてくれなかったのだ。
(最近なんか嫌なことばっかりだったけど、頑張れそうだ)
教会コンサートと柚里のことをぼんやりと考えながら教室に入るなり、友人たちに腕をつかまれた。
「秀、遅いぞ!」
「な、何?」
見ると、教室内にはクラスメイトがほぼ全員揃っていた。普段朝練で、ギリギリまでいない運動部勢もだ。
「今朝はいつもよりちょっと早く来いって、グループLINEに書いといただろ!」
「え、そうだっけ?」
どうやら、うっかり見落としていたらしい。
「まあ、澤田君も早く座って」
促されて、秀紀は自席に着いた。宮本が何故か教壇に立つ。
「誰か、廊下見張っといてくれ」
「はいよ」
野球部の松田が廊下側の扉にもたれかかった。
秀紀は、当惑して隆を見た。
「今から何始まんの? 誕生日パーティー?」
「そう見えるかよ」
隆がため息まじりに返した。
「ま、聞いてりゃ分かる」
宮本が、教壇から身を乗り出して皆に問いかけた。
「福原のことを好きな人?」
唐突な質問に、秀紀はぽかんとした。それは皆も同じだっただろう。答えたり、手を挙げる人はいなかった。秀がそっと手を挙げようとした時、宮本が次の質問を重ねた。
「じゃあ、嫌いな人?」
今度は__たくさん手が挙がった。隆もだ。
宮本が、満足げに笑う。
「そうだよな。オレも大嫌いだ。人の髪型や持ち物に難癖つけるわ、説教は長いわ、課題もテストの問題もやたら多いわ。あと1年……いや、2年か? あいつが担任だなんて、悪夢みたいだぜ」
橋場や國田たちが同意する。
「でもさ、今__あいつを追い出せるチャンスが来てると思わないか?」
「バイト事件のこと?」
平木が鋭く尋ねた。
「そうだ。上川ちゃんが言ってたろ。あとほんの少し、あいつが問題を起こせば……オレたちの担任じゃなくなるかもしれないって」
「私たちで、そのお手伝いをしてあげたらどう? って思うのよ」
國田が立ち上がり、教室内を見渡した。
「面白いと思わない? このクラスどころか、学校からも福原を追放することができたら!」
「1年の時の先生みたいに?」
クラス1位の成績を誇る秀才の竹内が、のんびりと言った。國田は眉をつり上げ、うなずいた。
「ええそうよ。文句でもあるの?」
「別に」
和田が挙手した。
「で、宮本司令官どのは、どうやって大魔王福原と戦うおつもりなんです?」
「安心しろ、こっちの内申に響くようなことはしないつもりだ。じわじわと、でも確実に、あいつを学校にいられなくしてやるのさ」
「心を折るやり方なんて、いっくらでもあるわ」
國田が不敵に笑った。
「それに、先生たちも味方についてくれる。あいつを庇う奴なんて、今は誰もいないでしょ」
「皆で団結して、福原を追い出そう。反対する奴はいないよな?」
宮本はクラスメイトたちを見回し、最後に秀紀に目をやった。
「なあ、秀。お前も協力してくれるよな?」
秀紀はぐっと息を呑んだ。そして__腹から声を出した。
「嫌だ! 僕は乗らない。そんなことしたくない!」
クラスメイトたちの目が尖る。
「へえー、そう」
低い声で呟いたのは、國田だった。
「私たちの敵の、肩を持つってわけ」
秀紀は言い返す。
「福原先生は敵じゃない!」
宮本が嘲る。
「秀って、勉強は出来てもバカなんだな。いや、それとも……福原と特別なツナガリでもあんのかな?」
「何が言いたいんだよ」
「そういう噂、流されたいのって聞いてんのよ」
國田がけだるげにスマホをいじった。
「私ら敵に回して、学校で楽しく過ごせるなんて思わないでね」
その時、隆が口を挟んだ。
「いい加減にしろよ、國田。秀が反対するなんて最初からわかりきってたことだろ」
隆は宮本に視線を移した。
「福原をどうしようが知ったこっちゃないけど、秀に矛先向けるのは違うだろ。気が乗らない奴は抜きで戦えばいい。秀も邪魔まではしねえよ。な?」
隆に睨まれ、秀紀は口をつぐんでいた。本当は言い返したかったけど。
廊下を見張っていた松田が警告した。
「福原が来る!」
宮本は素早く席に戻った。朝礼のチャイムが鳴る。福原が教室に入ってきて、さっきまで宮本がいた場所に立った。
福原はいつも通り出欠をとった後、厳しい声で言った。
「再三の注意にも関わらず、各教科の課題を提出していない生徒が複数いる。橋場、松田、宮本、和田。放課後までに課題を提出するか、期限内にできない理由を説明しなさい。このままであれば部活動禁止を検討しなければならない」
一瞬間を置いて、宮本が言い返した。
「自分も書類を出してなかったくせに、よく言えますね」
痛いところをつかれたはずなのに、福原の表情はこれっぽっちも揺らがなかった。
「それは、君たちが課題を出さなくていい理由には決してならない」
「いや、どの面下げてオレたちに説教できるのかって話をしてるんですよ。オレの言ってること理解できてます? 国語のセンセイなんですよね?」
忍び笑いが広がった。福原は眉間に皺を寄せ、宮本を睨み返した。
「自分が大きなミスをしたからこそ、君たちにこうして警告している。するべきことをしなかった時の代償は、決して軽いものではない。……敢えて言うが、俺のようにはなってほしくないと思っているし、君たち自身も俺を反面教師として見ているはずだろう」
宮本はそれ以上何も言わなかったけれど、秀紀は胃に痛みを感じた気がした。この感じがしばらく続くの、めっちゃやだ。




