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聖蹟駅はちょっと遠い  作者: 六福亭
2年目
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第3章 波乱と苦難の5月(4)

 朝、秀紀が参考書とにらみ合っていると、隆が手元をのぞきこんできた。

「何やってんだ、秀。今から中間の勉強か?」

「違うよ。部の友達に勉強教えるんだ」

 秀紀はため息をついた。

「そいつを期末テストで学年トップにしなきゃいけなくてさ」

「へえー。……なんで?」

「さあ? よく知らない」

「何だそりゃ」

 笑いながら隆は自分の席に座り、ふと尋ねた。

「合唱部の誰だ? 加藤? それとも、1年の可愛い子?」

「残念、2年の男。定島拓」

「なーんだ、つまらん。……1年のあの子、何て名前だ?」

「1年の女子は3人いるけど」

「この前バレーやってた、背が低くて声高い子」

「じゃあ、楓だ」

 紗弥香と聖華は背が高いのである。

「あの子、いいよな。可愛いし、はきはきしてるし」

「うーん、まあ」

 秀紀は苦笑いした。高志はまだ、楓の気性の激しさを知らないのだ。

「聖華はどう? ほら、福原先生の姪の」

「ああ、一回見たことあるけど、確かに可愛かったな。でも何するにせよ、福原の顔がちらつくからなあ」

 何をするつもりなんだ?

「よく見るとそんなに似てないけどね」

 言いつつ秀紀は、拓に解かせた問題集をせっせと採点する。

「定島って成績悪い?」

「うん、今は全体的にあんまり点とれてない。こっからどう上げるかだなー」

「英語と社会は、とにかく暗記だよな。ベタだけど、単語カード作ってやれば?」

「暗記かあ。一気に詰め込むと絶対キツいよ。何かもっとこう、自然に頭に入れてやれないかなって」

 思えば秀紀は、小さい時から本を読むのが好きだった。幼稚園の絵本を全て読んでもらうと、姉たちの漫画や小説に手を出して、読めない漢字がたくさんあるのも構わずに読みふけった。小学校に上がってからは、毎週のように図書館に通い、めいっぱい本を借りた。また、父が中学の英語教師をしているので、英語の絵本や教本が家に溢れていた。

 秀紀にとって国語や英語は、趣味の延長のようなものだった。試験のために特別な勉強をしたことなど、ほとんどない。その分理数科目に時間を割けたので、自然とまんべんなく点をとれるようになったのだ。

「読書とかしたらいいかもね」

「文系科目はそれでいいかもしれんけど、理系はどうする?」

「……どうしよう。正直、人に教えられるほどの自信はないな」

「オレも。あ、でも、合唱に理系クラスの奴いなかったか?」

 言われて、秀紀は思い出した。

「そっか、理数は真衣に頼めばいいんだ」

「体育ならオレも教えてやれるぜ」

「拓も運動部出身だから、間に合ってるよ」

 

 この日の現代文の授業では、「山月記」の単元が始まった。授業の後半にグループ学習の時間があり、机を移動した。

 ああだこうだと話し合う生徒たちの間を、上川が見回っている。グループ学習って、正直かったるいと秀紀は思っていた。口にしなくても分かるような当たり前のことを順々に発表していって、自分の番が回ってくるころにはもうネタがつきているやりにくさ。良いことといえば、堂々と雑談できることぐらいだろうか。


 ふと、上川が(わりかし大きな声で)言った。

「そういえば、あなたたちの担任が、大変だったみたいね」

「そうみたいっすね」

 宮本がすかさず受けた。

「あれ、なんか処分とか、ないんでしょうか?」

「どうかしら。福原先生は贔屓されているから……おっと、今の話はなしね」

 生徒たちから、憤慨の声が上がった。

「でもね、ここだけの話だけど」

 上川が、一段声を落とす。教室は彼女の話を聞くために静かになった。

「福原先生に学級運営は任せられないんじゃないかって意見が、職員の間でも上がっているみたいなの。もし__もう一回くらい何か問題が起きたら__このクラスの担任が替わることもあるかもしれない」

 生徒たちはざわめいた。秀紀が顔を上げると、宮本の期待に満ちた笑顔が見えた。

「この話も秘密よ。君たちも__先生の言うことをよく聞いてあげてね?」

 上川先生は、にこりと微笑んだ。


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