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聖蹟駅はちょっと遠い  作者: 六福亭
2年目
36/49

第3章 波乱と苦難の5月(3)


 その日の放課後、合唱部の部室でもバイト事件の話でもちきりだった。

「1年生の間でも、話は広まってますよ」

 毅志がそう言った。

「バイトやりたい奴って結構多いから、衝撃が走りました」

「そっか。申し訳ないわね、うちの福原先生が」

「お母さん視点?」

 紗弥香が呑気に口をはさむ。

「拓さん、バイトやってたんですね。お店に遊びに行きたかったなー」

「どこでバイトしてたんだっけ?」

「さあ、そこまでは……」

「カフェだといいなあ」

「それか、ファミレス!」

「ラーメン屋とかも似合いそうっすよね」

 好き勝手言う後輩たちを尻目に、秀紀は辺りを見回した。拓はまだ来ていない。福原もだ。まさかサボることはないだろうけど。

「最近やけに拓の居眠りが多いなと思ってたんだ。そう言うことだったんだね」

「そういえば、たしかにー」

「あんまりあれこれ言っちゃだめよ」

 美里がたしなめた。

 

 楓が部室に来て、

「聖華は休みだそうです」

 と言った。

「あら。学校も?」

「はい!」

 真衣が眉をひそめる。

「あの子、よく休むね」

「まあ、先生と一緒に住んでるんだから、大丈夫でしょ」

 美里は大して気に留めていないようだ。楓がふと、首を傾げた。

「前から気になったんですけど、どんな家なんでしょうね」

「何? 先生の家?」

「ええ。姪っ子と叔父が一緒に住んでるって、あんまりなくないですか? すごい大家族とか? それとも、二人きりでしょうか?」

「うーん、どうなんだろう。先生からそういう話聞いたことないからなあ」

「逆に、楓は聖華から何か聞いてないの?」

「それが、あの子も全然話してくれないんですよ。水くさいんだから」

 部室の外で、足音がした。まだ来ていないのは、拓、千早、福原だ。待っていてもなかなか入ってこない。気まずいのかもしれない。


 秀紀が部室を出ると、廊下に拓がぽつんと立っていた。片手に英単語帳を握りしめている。

「拓!」

 秀紀が呼びかけると、拓はびくっとした。

「大変だったね。出口先生に怒られなかった?」

 拓は首を横に振った。

「そりゃそうか、拓は別に悪くないもんな」

 秀紀がそう明るく言うと、拓は何故かいっそう沈んだ表情になった。

「……まあ」

 秀紀はまだ職員室での福原の態度に腹を立てていたので、ここぞとばかりに

「先生もバカだよな! そんな大事な書類忘れるなんて。そんなだからみんなに__」

「違う!」

 拓が声を荒げた。

「……違うんだ。先生は悪くない。オレのせいなんだ」

「いや、でもさ」

「頼むから、先生のことを悪く言わないでくれ」

 秀紀は口をとがらせた。拓のやつ、やけに歯切れが悪い。僕知ってる、こうやってまごまごしてる奴は大抵秘密があるんだ。

「分かったけど……何か隠してることでもあんの?」

 拓は顔を強張らせた。

「ないよ」

「嘘だね、目が泳いでる。拓は嘘つくの下手だなー」

「秀に言われたかねえよ」

 言い返し、拓は英単語帳を開いた。そういえば、期末で学年トップとらなきゃいけないんだった。

「勉強の計画表、作ってきたよ。見る?」

「あ、ありがとう」

「ただし、秘密を教えてくれたらね」

「それは無理だ」

「何でだよ、ケチ!」

「……二人とも、何ケンカしてんの?」

 口を挟んだのは、千早だった。いつの間にか来ていたらしい。

「別に、ケンカなんてしてないよ」

「そうだな、秀にカツアゲされてただけだ」

「おい!」

 千早は非難の目を秀紀に向けた。

「……やめなよ、秀。よくないよ」

「う、ごめん」

「……仲良くしなよ」

 そう言って、千早はゆっくりと部室に入っていった。楓が明るく挨拶する声が聞こえてくるが、対する千早の返事は小さかった。

「……なんか、千早も元気なくない?」

「ああ……」

 秀紀は、リュックの中からキャンパスノートを取り出した。

「ほい、計画表。毎日家でやってきて」

「すまん、ありがとう」

「練習終わったら、勉強会やろう。どの教科が一番ヤバい?」

「数学と英語」

「了解」

 そのうち福原がやってきて、部活が正式に始まった。福原はやっぱり、まず謝罪をした。

「俺の不注意で、拓にも、君たちにも多大な不安と迷惑をかけて申し訳ない。これからはこのようなことがないよう、一層気を引き締め、汚名挽回できるように__」

 秀紀は素早く手を挙げた。

「先生! 『名誉挽回』です!」

 珍しく、福原が言葉に詰まる。美里と優路が、笑いを必死にかみ殺しているのが見えた。「汚名挽回」だと、汚名がもう一度来てしまう。

「……失礼。名誉挽回できるように努力します」

 福原も動揺しているのだろうか。国語教師らしからぬ間違いに、部室の空気が緩んだ。拓だけが、固い表情で縮こまっていたが。


 その日の練習は、コンクール自由曲の候補を順番に練習した。4つあった候補曲は、だいたい3つに絞られた。『海・風・光』、『証』、『流浪の民』だ。

 皆の人気は、『証』に集中している。やはり定番の名曲だからだろう。

「好きな曲と、コンクールで勝てる曲は違いますからね。他の学校と被らない曲の方がいいかもしれません」

 楓がそう言った。

「『流浪の民』って、中学の時にどっかのクラスがやってたなあ。古い曲なんだけど、妙に頭に残るのよね」

「僕は『海・風・光』が面白くていいと思います」

 美里が皆を見回した。

「どうする。多数決とる?」

「そうだね」

 多数決をとると、『海・風・光』が最下位だった。

「『証』か『流浪の民』か」

「先生はどっちがいいとかありますか?」

「君たちの好きなように」

「はいはい」

 2つの楽譜を見比べて、真衣が言った。

「この2曲でしばらく練習すればいいんじゃないですか。今日すぐに決めなくても」

「そうね。今週いっぱい、この2曲を練習しましょう。美術館コンサートがもうじきあるから、その時両方やってみましょうか」

「あ、じゃあ、お客様にアンケートとれないでしょうか? 客観的に、どっちがよかったか知りたいです」

 わいわいと練習するうちに、拓や千早の表情も明るいものに戻っていた。


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