第2章 コンクール、出る?出ない?(9)
教会の扉が開く音がした。
美里たちははっとそちらを向いた。夕暮れの眩しい光をあびて、扉の前に立っていたのは楓だった。
「どうしたの?」
美里が驚いて呼びかける。楓は、彼女らしくもなく中に入るのをためらっているようだった。逆光で顔はよく見えないが。
優路が手招きをした。
「おいでよ」
そこでやっと楓が近づいてくる。扉が閉まり、教会は再び元の薄暗さに戻った。
「練習抜けてごめんね。そろそろ戻ろうと思ってたところ」
美里がそう言うと、楓はこっくりとうなずいた。近くまできて、彼女の顔色が冴えないことに気がついた。
「まあ、座りなよ」
優路に促され、楓はすとんと長椅子に腰かけた。そして、優路の方を向いて言った。
「昨日は、ひどいこと言ってごめんなさい」
彼女の声は震えていた。美里は思わず、楓の肩に手を置いた。
「……あたしのこういうとこ、よくないって分かってるんです。でも、かっとなったら、つい嫌なことばっかり言っちゃって……ほんと、ごめんなさい」
優路が視線を床に落とし、呟くように言った。
「こっちこそ、ごめん」
二人の間には、まだ解けないわだかまりがある。美里にはそれが手に取るようにわかった。楓と優路、それぞれの部活観は全く異なるし、無理にどちらかに合わせる必要もない。
だが、どちらの価値観も大切にすることはできるはずだ。
「楓が言ったことは正しいわ。いくら仲の良い部活でも、出欠や練習内容はきちんとしなくちゃいけない。でも、あんまり規則をきつくしめすぎると、部活が楽しくなってしまう。これからもみんなで、どんな部活にしていきたいのか話し合いながら活動しよう」
「はい!」
「私たちがもっと成長するために、どんなことができるのか、これからも教えてね。楓」
楓が目を見開いた。うっすらと涙を浮かべる彼女の手をそっと握った。
「今頃皆練習してると思うけど、ちょっと中断して、ミーティングにしましょう。これからの活動方針について話したいことがあるから」
「それって……?」
「部室に戻ってからのお楽しみ」
優路がそう言って、立ち上がった。
「ほら、行こう」
彼が呼ぶと、楓は勢いよく立った。美里と福原も、楓の後を追いかける。
教会を出ると、毅志と聖華に出くわした。教会の壁に張りついていたところを見ると、中の様子をうかがっていたのかもしれない。
「わ、どうしたの?」
「君らもサボりか」
優路がからかうと、毅志が照れくさそうにうつむいた。
「えっと、楓は大丈夫かなって」
「先輩たちにいじめられてんじゃないかって?」
「ち、違います!」
「分かってるよ」
微笑みあう楓と聖華、毅志を見て、美里はにっこり笑った。彼女はいい友だちを持ったらしい。
ピアノのある教室では、残った部員たちが練習に励んでいた。美里たちが顔を出すと、彼らはすぐに気がついた。
「おかえりなさーい」
2年生がのんきな声で迎える。
「お待たせ。急で悪いけど、ちょっと休憩に入って。話したいことがあるの」
「はぁい」
みんながぞろぞろと部室に戻り、入部式の時と同じように輪になった。美里は部員たちの顔を見回し、1人立ち上がる。
その時思い出したのは、2年前のこと。自分が1年生だった時の入部式だった。あの時、合唱部がどんな部活かも分からずに、緊張しながら自己紹介をした。自分が部長になる時のことなんて、想像もできなかった。
「コンクールについて、私の気持ちをちょっとだけ言わせてください」
部員たちが「おおー」とおおげさに相づちを打つ。
「私は、コンクールに出たい。大好きなみんなと一緒なら、はじめての大舞台でも、きっと楽しく歌える。どんな結果が出ても、受け止められる。こんなことを言うのはきっと3年生のエゴだけど……最後の年だから、今までやってこなかったことに挑戦したい」
部員たちは声もなく美里を見つめた。
「これはあくまで私個人の意見です。私がこう言ったから無理やりコンクールに出ましょう、みたいなことにはしたくない。どんな意見でも、ずけずけと言い合える部でありたいと思っているから、皆も自分の気持ちを教えてほしい」
「あたしの気持ちは、皆さんよーくご存じだと思うので、割愛させてください」
と楓が言うと、笑いが生まれた。
「コンクールに出るのははじめてだけど、青春ぽいから賛成!」
と明るく言ったのは紗弥香だった。「オレも」と御影がちゃっかりのっかる。
「聖華は?」
と聞かれ、聖華はうっすらと笑みを浮かべた。
「みなさんについていきます」
「俺は、せっかくやるんだったらどんどんコンクールでも試合でも出たいです」
と、毅志。
「2年は?」
秀紀をはじめ2年生は、顔を見合わせ、声を揃えて言った。
「コンクールに出たいです!」
残るは優路だった。優路は、美里を見上げて言った。
「コンクールに出たかったのなら、早く言ってくれればよかったのに」
「だって、言うタイミングがなかったんだもの」
「美里が出たいのなら、こんなに長く反対することなかった」
優路は後悔してか伏し目がちに呟いた。
「……正直、コンクールに賛成できるかどうか、まだ自分でも分からない。合唱は楽しくやるのが一番だと思ってるし、雰囲気がきつくなるのも嫌だ。……でも、コンクールに出ることイコール楽しくない、とも言えないのかなって最近は思う」
優路は、楓に微笑みかけた。
「コンクールの舞台って、どんな感じ? コンサートとは、やっぱり違うのかな?」
楓は背筋を伸ばし、うなずいた。
「コンサートよりも緊張します。でも、コンサートとはまた違う楽しさがあるのは確かです!」
束の間、みんながコンクールの舞台を想像した。優路や美里、2年生たちは、教会での定期演奏会を。楓は実際の本番を。毅志や御影は、運動部の試合だろうか。
「では、挙手で教えて下さい。コンクールに出ることに、反対の人?」
誰も手を挙げなかった。
「……賛成の人は?」
全員が、速さも手の高さもばらばらに、挙手をした。
「……これは決まりで、いいのかしら」
「いいと思うよ」
優路がさっと答える。
「出るからには頑張ろう。みんなで」
美里は部員たちのやる気に満ちた顔を見下ろし、破顔した。




