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聖蹟駅はちょっと遠い  作者: 六福亭
2年目
33/49

第2章 コンクール、出る?出ない?(9)

 教会の扉が開く音がした。

 

 美里たちははっとそちらを向いた。夕暮れの眩しい光をあびて、扉の前に立っていたのは楓だった。

「どうしたの?」

 美里が驚いて呼びかける。楓は、彼女らしくもなく中に入るのをためらっているようだった。逆光で顔はよく見えないが。

 優路が手招きをした。

「おいでよ」

 そこでやっと楓が近づいてくる。扉が閉まり、教会は再び元の薄暗さに戻った。

「練習抜けてごめんね。そろそろ戻ろうと思ってたところ」

 美里がそう言うと、楓はこっくりとうなずいた。近くまできて、彼女の顔色が冴えないことに気がついた。

「まあ、座りなよ」

 優路に促され、楓はすとんと長椅子に腰かけた。そして、優路の方を向いて言った。

「昨日は、ひどいこと言ってごめんなさい」

 彼女の声は震えていた。美里は思わず、楓の肩に手を置いた。

「……あたしのこういうとこ、よくないって分かってるんです。でも、かっとなったら、つい嫌なことばっかり言っちゃって……ほんと、ごめんなさい」

 優路が視線を床に落とし、呟くように言った。

「こっちこそ、ごめん」

 二人の間には、まだ解けないわだかまりがある。美里にはそれが手に取るようにわかった。楓と優路、それぞれの部活観は全く異なるし、無理にどちらかに合わせる必要もない。

 

 だが、どちらの価値観も大切にすることはできるはずだ。


「楓が言ったことは正しいわ。いくら仲の良い部活でも、出欠や練習内容はきちんとしなくちゃいけない。でも、あんまり規則をきつくしめすぎると、部活が楽しくなってしまう。これからもみんなで、どんな部活にしていきたいのか話し合いながら活動しよう」

「はい!」

「私たちがもっと成長するために、どんなことができるのか、これからも教えてね。楓」

 楓が目を見開いた。うっすらと涙を浮かべる彼女の手をそっと握った。

「今頃皆練習してると思うけど、ちょっと中断して、ミーティングにしましょう。これからの活動方針について話したいことがあるから」

「それって……?」

「部室に戻ってからのお楽しみ」

 優路がそう言って、立ち上がった。

「ほら、行こう」

 彼が呼ぶと、楓は勢いよく立った。美里と福原も、楓の後を追いかける。


 教会を出ると、毅志と聖華に出くわした。教会の壁に張りついていたところを見ると、中の様子をうかがっていたのかもしれない。

「わ、どうしたの?」

「君らもサボりか」

 優路がからかうと、毅志が照れくさそうにうつむいた。

「えっと、楓は大丈夫かなって」

「先輩たちにいじめられてんじゃないかって?」

「ち、違います!」

「分かってるよ」

 微笑みあう楓と聖華、毅志を見て、美里はにっこり笑った。彼女はいい友だちを持ったらしい。


 ピアノのある教室では、残った部員たちが練習に励んでいた。美里たちが顔を出すと、彼らはすぐに気がついた。

「おかえりなさーい」

 2年生がのんきな声で迎える。

「お待たせ。急で悪いけど、ちょっと休憩に入って。話したいことがあるの」

「はぁい」

 みんながぞろぞろと部室に戻り、入部式の時と同じように輪になった。美里は部員たちの顔を見回し、1人立ち上がる。


 その時思い出したのは、2年前のこと。自分が1年生だった時の入部式だった。あの時、合唱部がどんな部活かも分からずに、緊張しながら自己紹介をした。自分が部長になる時のことなんて、想像もできなかった。

「コンクールについて、私の気持ちをちょっとだけ言わせてください」

 部員たちが「おおー」とおおげさに相づちを打つ。

「私は、コンクールに出たい。大好きなみんなと一緒なら、はじめての大舞台でも、きっと楽しく歌える。どんな結果が出ても、受け止められる。こんなことを言うのはきっと3年生のエゴだけど……最後の年だから、今までやってこなかったことに挑戦したい」

 部員たちは声もなく美里を見つめた。

「これはあくまで私個人の意見です。私がこう言ったから無理やりコンクールに出ましょう、みたいなことにはしたくない。どんな意見でも、ずけずけと言い合える部でありたいと思っているから、皆も自分の気持ちを教えてほしい」

「あたしの気持ちは、皆さんよーくご存じだと思うので、割愛させてください」

 と楓が言うと、笑いが生まれた。

「コンクールに出るのははじめてだけど、青春ぽいから賛成!」

 と明るく言ったのは紗弥香だった。「オレも」と御影がちゃっかりのっかる。

「聖華は?」

 と聞かれ、聖華はうっすらと笑みを浮かべた。

「みなさんについていきます」

「俺は、せっかくやるんだったらどんどんコンクールでも試合でも出たいです」

 と、毅志。

「2年は?」

 秀紀をはじめ2年生は、顔を見合わせ、声を揃えて言った。

「コンクールに出たいです!」

 残るは優路だった。優路は、美里を見上げて言った。

「コンクールに出たかったのなら、早く言ってくれればよかったのに」

「だって、言うタイミングがなかったんだもの」

「美里が出たいのなら、こんなに長く反対することなかった」

 優路は後悔してか伏し目がちに呟いた。

「……正直、コンクールに賛成できるかどうか、まだ自分でも分からない。合唱は楽しくやるのが一番だと思ってるし、雰囲気がきつくなるのも嫌だ。……でも、コンクールに出ることイコール楽しくない、とも言えないのかなって最近は思う」

 優路は、楓に微笑みかけた。

「コンクールの舞台って、どんな感じ? コンサートとは、やっぱり違うのかな?」

 楓は背筋を伸ばし、うなずいた。

「コンサートよりも緊張します。でも、コンサートとはまた違う楽しさがあるのは確かです!」

 束の間、みんながコンクールの舞台を想像した。優路や美里、2年生たちは、教会での定期演奏会を。楓は実際の本番を。毅志や御影は、運動部の試合だろうか。

「では、挙手で教えて下さい。コンクールに出ることに、反対の人?」

 誰も手を挙げなかった。

「……賛成の人は?」

 全員が、速さも手の高さもばらばらに、挙手をした。

「……これは決まりで、いいのかしら」

「いいと思うよ」

 優路がさっと答える。

「出るからには頑張ろう。みんなで」

 美里は部員たちのやる気に満ちた顔を見下ろし、破顔した。



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