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聖蹟駅はちょっと遠い  作者: 六福亭
2年目
27/49

第2章 コンクール、出る?出ない?(3)

「そうやってスカしてるから、好きな女の子にもフラれちゃうんですよ!」


 そう言い放った後、楓はすました顔でおじぎした。

「では、お先に失礼します。お疲れ様でした!」

 

 彼女が去った後、秀紀はその場にがっくりとしゃがみこんだ。受けたダメージがでかすぎたのだ。つまらない。ちっとも面白くない。同じ言葉が、ぐるぐると頭を駆け巡る。完全下校のチャイムが鳴り、部活終わりの生徒たちが次々と飛び出してきたけれど、秀紀は動く気にもなれなかった。

 

 玄関の電灯が消され、教師が顔を出す。

「早く下校しなさい! 何時だと思っている?」

 秀紀ははっと顔を上げた。やってきたのは顧問の福原だったのだ。福原もすぐに秀紀と気づいて、目を丸くした。

「どうした? とっくに帰ったものと思っていたが……」

「す、すみません……」

「具合でも悪いのか?」

 秀紀が地面にしゃがんでいたから、勘違いしたらしい。福原はそのまま外に出てきて、そっと秀紀の肩に触れた。

「立てるか?」

「あ、はい! 大丈夫です!」

「……元気そうだな」

「元気です……」

 答えながら秀紀は重いため息をつく。

「何か困っていることでもあるのか?」

「まあ、はい……」

 それを聞いた福原はちょっとの間何か考えていたが、やがて秀紀に言った。

「おいで。何か食べに行こう。夕飯はいらないと親御さんに伝えなさい」



 福原と秀紀がやってきたのは、小さなラーメン屋だった。住宅地の中の目立たない場所にあるのに、店内は意外と賑わっている。隅の席に座り、福原がメニューを渡してくれた。

「奢ってやるから、好きなものを頼みなさい」

「おすすめとかあります?」

「みそラーメン」

「あ、じゃあそれで。……餃子も頼んでいいですか?」

「どうぞ」

 店員が水を運んでくる。それを飲みながら、福原が尋ねた。

「それで? 何があった?」

「えっと__」

 秀紀が楓との会話を話すと、福原は眉尻を下げ苦笑した。

「日出島さんに、そんなことを言われたのか」

「はい……しかも僕、何も言い返せなくって。絶対なめられちゃいました」

「まだ4月じゃないか。名誉挽回する機会はいくらでもある」

「いやー……厳しいっすよ」

 秀紀は楓の勝ち気な顔を思い浮かべ、頭を抱えた。

「こいつつまんないなって思われながら、先輩面して会話なんてできないです」

「面白いところを見せてやればどうだ」

「例えば?」

「……どじょうすくいとか」

「僕もう帰ります」

 席から立ち上がるふりをした時、ちょうど餃子の皿が来た。

「悪かった、座りなさい。__冗談はさておき、そんなに日出島さんが怖いか?」

「だって、見るからに強者つわものじゃないですか。多分、僕なんかがぶつかったら対消滅しますよ」

「じゃあ、ぶつからないように気をつけないとな」

 秀紀は酢醤油に餃子を浸し、頬張った。熱々の肉汁が中から溢れ、火傷しそうになる。それを眺めていた福原が、ふと微笑んだ。

「廉も、1つ上の杏奈に泣かされていたことがあってな」

 いや、僕はまだ泣かされてないですから。

「……って、あの廉さんが!?」

「ああ。杏奈はかなり怖いお姉さんだった。1年だった廉がちょっと生意気なことを言ったら、10倍にも20倍にもして言い返すんだ。しまいには言い負かされた廉が職員室に駆け込んできて、俺の机の前で泣きながら訴えるものだから、今日みたいに飯食わせながら相談に乗った」

「一体何が原因だったんですか?」

「部活の方針について、廉たちと上の代とで意見が合わなかったんだよ。それまでは練習も規則も相当厳しかったんだが、廉の代で大きく方向転換した」

 そういえば、隆も最初、合唱部はきついとか言っていたっけ。

「コンクールも、昔は出てたんですか?」

「ああ。出場しなくなってから、かなり時間が経ったがな。コンクールに出るとなると士気は上がるが、諍いも多くなる。一長一短だよ」

「はあ……」

 ラーメンが運ばれてきた。さっそく叉焼を口に入れた秀紀に、福原が尋ねた。

「コンクールに出たいと思うか?」

 秀紀はまず焼豚をじっくり味わってから、答えた。

「……分かりません。出てみたいって思う時もあるけど、負けた時のことが怖いです」

「そうか。そうだな」

「僕らがコンクールに出て、全国とか本当に行けると思いますか?」

「不可能ではない」

 福原の答えに、秀紀は目を見開いた。

「何事も、やってみなければ結果は分からない」

「……まあ、そうですよね」

 秀紀は少し失望して、水を飲んだ。勝算があるのかと一瞬期待したけれど、福原が言いたかったのはごくありふれた一般論らしい。だけど、それですぐに頭が冷えてしまった自分が嫌だった。

「僕、やっぱりかっこつけてるんでしょうか」

 唐突な質問を投げかけると、福原は手にした箸を置いて答えた。

「格好つけているとは思わないが、遠慮しているなと感じる時はある」

「遠慮?」

「遠慮か、それとも油断か。いずれにせよ、お前が自分の持てる最大限の力を出したところは、まだ1回も見ていないな。勉強面でも、部活の中でも。無理をしなくて良い環境にいるという意味でもあるのだろうから、ある意味幸福なことだが」

「そうですかね……」

 それは、真剣になってないという意味だろうか。秀紀はいつもそれなりに一生懸命なつもりだったんだけど。

 福原は笑った。

「まだ高校生なんだから、もっと馬鹿になればいいんだ。今まで到底思いつきもしなかったことに挑戦してみるといい。あと2年、時間はたっぷりある。何だってできるぞ」

「でも、先生に怒られません? ほら、去年の定演の時みたいに……」

「そりゃあ勿論、規則に反することをすれば叱るさ。それが仕事だからな。だが秀は頭が良いから、俺に叱られないような立ち回り方はもう覚えただろ?」

「へへ、そうかもしれません」

「せっかくのびのび活動できる環境があるんだから、やりたいことは何でもやってみればいい。お前が言い出したことなら、あの子たちも付き合ってくれるさ」

 少しだけ寂しそうに福原はそう言った。

「やりたいこと、か……」

 秀紀がじっと考え込んでいる間に、福原はラーメンを食べ進めている。


「それって、恋愛も同じですか?」

「恋愛?」

「実は今、好きな子にフラれたかもしれなくって……」

「……この間授業の前に言っていた子のことか?」

「そうなんです」

 秀紀は柚里とのことを、彼女がいかに可愛いかの説明を多分に加えて説明した。

「__それっきり、高島さんとは全然話せてないんですよ。どうしたらいいと思います?」

「メールや電話は?」

「怖くてできてません。……さっきの話と同じで、何でもやってみればいいですかね」

「待て、『何でも』は危険だ。あまり真剣になりすぎない方がいい」

 秀紀は身を乗り出した。

「一旦、別のことに集中してみればどうだ? 部活でも、勉強でも、何でもいい。彼女のことを考え過ぎないようにした方がいい。その方が、適切な距離を置くことが出来るんじゃないか」

「なるほど……!」

 良い提案だと秀紀は思った。確かに、柚里のことを考えていると、苦しくなるばかりで他のことが手につかなくなってしまう。それでは非生産的だ。しばらく、彼女のことを忘れてみよう。どうせあっちだって、秀紀のことなんか気にしてもいないに決まっているのだから。


 秀紀が密かに気合いを入れていると、「麺がのびるぞ」と福原に忠告された。


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