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聖蹟駅はちょっと遠い  作者: 六福亭
2年目
26/49

第2章 コンクール、出る?出ない?(2)

 4月のコンサートは、区民ホールで開催される。地元の合唱団やカラオケ愛好会、フラダンス教室や詩吟の会などが集まり、日頃の練習の成果を披露するのだ。秀紀たちも、その中の団体の1つとして参加する。


 去年は、入部したばかりだったこともあって、秀紀たちの学年は見学だったけれど、今年は違う。1年生も同じ舞台に上がることになっていた。


 午前中に十数分のリハーサルをして、配られた弁当を食べた。14時開演、秀紀たちの出番は15時頃。舞台袖で待機する時間が来るまでは、他の団体の演奏を聞くことになっていた。


 ゆったりとしたハワイアン音楽に合わせて踊るフラダンス教室の舞台を観ながら、秀紀は柚里に思いを馳せていた。クラス発表の日以来まともに言葉を交わせていないのは、やっぱり嫌われてしまったからなのだろうか。変なこと、言わなければよかったな。あの田邊という男子の存在も、気にかかる。あいつ、柚里とどういう関係なんだろう? どういう関係になりたいと思っているのだろう?

「秀紀さん、そろそろ集合時間ですよ」

 隣に座っていた楓がささやいた。秀紀は慌てて腕時計を確認する。

「あ、本当だ」

「行きましょ」

 曲と曲の繋ぎ目を利用して、秀紀たちはこっそりホールを抜け出した。


 本番は、おおむね上出来だった。進行のトラブルも、目立ったミスもなかったし、お客さんからの拍手ももらえた。部室に帰って来てから反省会をするが、厳しい意見は上級生からも福原からもあまり出てこなかった。

 

 1年生の、初舞台での態度はさまざまだった。楓は楽屋でも徒歩での道のりでも、紗也香と楽しそうに歌っていて、ちっとも緊張している様子はなかった。聖華は大人しかったが、普段通りに見えなくもない。毅志は拓や真衣とやけに大きな声でしゃべりまくっていて、本番ハイになっているようだった。御影はそんな毅志に合わせて相づちを打ってばかりだったが、ちょっと時間が空くとすぐに楽譜を取り出して、真面目に音の確認をしていた。えらい。


「では、ここで解散にしましょうか。皆、今日はお疲れさま。今日はゆっくり休んでね」

「お疲れさまでした!」

 解散した直後、楓が1年生を集めて言った。

「ねえ、この後ココス行かない? 親睦会!」

「行きたい!」

 と真っ先に答えていたのは紗也香だ。毅志や御影もうなずいている。

「聖華も行くでしょ?」

 楓にそう聞かれ、聖華はうつむいた。

「私は……家に帰らなきゃいけないし……」

 その時、会話を聞いていた福原が口を出した。

「行っておいで、聖華」

「でも……」

「心配するな、言っておくから」

「……うん」

 楓と紗也香が、聖華の肩を抱いてはしゃいだ。

「よっしゃー! ココス会しよ!」

 元気に下校する1年生を見送って、美里が笑った。

「あの子たち、元気でいいわ。仲も良いみたいだし」

「僕らもどっか行く? 2、3年で」

「わー、行きたい!」

「カラオケとかどうですか?」

 さっきコンサートで歌ってきたばかりだが、言われてみればたしかに、歌い足りない気分だった。喉がうずうずしている。1も2もなく皆が賛成し、カラオケに行くことになった。

「先生も行きませんか?」

「いや、俺は結構だ」

「えー」

 拓が顔を曇らせ、そっと手を挙げた。

「あの、オレも不参加で」

「え、そうなの!?」

「用事?」

「まあ、はい」

 拓はリュックを背負い、ぺこりと頭を下げた。

「すみません、お疲れさまです」

「お疲れさま、気にしないで。また今度一緒に行こうね」

「はい……」

 1人だけ帰っていく拓の後ろ姿は、心なしか元気がないように見えた。福原がそれを目で追っている。

「カラオケ、廉さんや泉さんとも行ったね。卒部式の後も」

「もう懐かしいですね……」

「いつものところでいいよね? 学校の近くの」

「はい! 私割引クーポン持ってます」

「お、助かる」

 カラオケボックスで、広めの部屋に通された部員たちは、ポテトや飲み物を食べながら早速歌った。流行りのポップスで点数勝負をした後は、合唱曲ばかりを歌った。皆が知っていて、一番盛り上がる曲となると、やっぱり合唱なのだ。定演で歌ったような。

「1年生も連れてきて、皆でもカラオケ大会やりたいね」

「うん、今度は拓と先生も一緒に」

「先生が歌ってるところって、あんまり見たことないよな。上手いのかな?」

「めっちゃ勝手な想像だけど、洋楽とか歌いそう」

「それ、本人に言ったらめっちゃ怒られるよ」

「ずっとタンバリンばっかり叩いてたりして」

 笑っているところに、店員さんがから揚げの皿を持ってきてくれた。7人でつまむとテーブルの上の食べものがあっという間になくなってしまう。

「あー、歌った歌った」

 マイクを置いて、優路がコーラを飲む。

「喉つぶれたら、しゃれにならないな」

「楓に喉を回復させるコツ、教わったら?」

「そうだね」

 優路は苦笑する。

「あの子はすごいよね。合唱のこと、何でも知ってるんじゃないかって思う」

「何でもじゃないと思いますよ。経験年数は、優路さんたちとそう変わらないはずでしょ」

「でも、強豪の3年間と、うちみたいな弱小の2年間は全然違うよ」

 優路が自虐的に呟いた。

「弱小でもさ、みんなで楽しく活動できればそれでいいんだって思ってるんだけどな……」

「どうしたんですか、何か言われました?」

 真衣が眉をひそめた。

「楓が他の1年生としゃべっているのをたまたま聞いてさ。コンクールに出ないと、活動してる意味がないって。何だかもやもやしちゃってね」

「何ですか、それ! いくらなんでも、馬鹿にしすぎじゃないですか?」

「やめましょう、真衣、優路。本人がいないところであれこれと言うのはよくないわ。まだ、彼女と腰をすえて話してもいないのに」

 美里は、薄暗い部屋の中で、部員たちの顔を見回した。

「今度、部員全員で、コンクールに出るかどうかについて話し合いましょう。皆の気持ちが聞きたいわ」

 やっぱり、部長は偉大だ。怒っていた真衣も、沈んだ表情の優路も、一応は納得した。はらはらしていた秀紀と千早は、顔を見合わせてほっとため息をついた。


「コンクールについて、どう思いますか?」

 そんな直球の質問を楓がぶつけてきたのは、部活終わりのことだった。完全下校前、部室を出た秀紀に、彼女が話しかけてきたのだ。

「コンクールについて?」

「そうです。運動部でいうところの、試合ですね」

「コンクールの意味くらいは分かるよ」

 秀紀は楓を見下ろした。

「ついに、僕にも順番が回ってきたのか」

「あは、ご存じでした? 私が皆の意見を集めてること」

「噂でね」

「先生に焚きつけられましたからね、全員を説得しなさいって。それができれば、コンクールに出られるんでしょ。だったら張り切っちゃいますよ」

「なんでそんなにコンクールに出たいの?」

 秀紀はそう問いかけた。

「そもそも、コンクールで全国とか行きたかったら、もっと強い高校があったんじゃないかな」

「でしょうね。でも、あたしはこの学校に入りたかったんで。前にも言ったと思うんですけど、定演もすごくよかったから、ずっとこの学校一筋でしたよ」

「でも、うちの部は今までコンクールに出たことないよ」

「今までのことなんか、関係ありますか? 今現役なのは、あたしたちなんですよ」

 楓は廊下を歩きながら、拳をぶんぶん振り回す。

「あたし、欲張りなんです。大好きな合唱部に入っただけじゃ、全然足りない。皆でどこまで高いところまで行けるのか知りたい。そのために、自分がどこまで努力できるのか、試してみたい。だからコンクールに出たいんです。自分たちの価値を知るために」

 秀紀さんはどうですか? と楓は聞いた。

「自分たちがコンクールでどれくらい評価されるのか、知りたくないですか?」

 秀紀は思わず立ち止まった。楓も律儀に歩を合わせてくれる。

「……僕らの価値、か」

 思い出すのは、山崎や柚里のいる吹奏楽部だった。全国大会で良い成績を残し、日本中にその名声を轟かせているであろう彼ら。それに比べて、自分たちはどれだけ卑小な存在だろう。今まで、あえて比べてみたことはなかったけれど__。

 

 楓の挑発的な言葉に、闘争心がくすぐられたのは確かだ。負けず嫌いな気持ちが、胸の奥でざわめいている。けれど、無駄な勝負だと冷笑する自分もいる。今までと同じ活動で、十分じゃないか。楽しければ、それでいいじゃないか。これ以上何を求める?

「……皆の意見も、尊重しなきゃいけないから」

 結局口から出たのは、そんなつまらない言葉だった。楓もそう思ったのか、フンと鼻を鳴らした。

「秀紀さんってつまんない人ですね。ちっとも面白くない」

 秀紀は口をむっとつぐんで、反感をこらえた。けれど、その後の言葉は致命的だった。


「そうやってスカしてるから、好きな女の子にもフラれちゃうんですよ!」



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