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聖蹟駅はちょっと遠い  作者: 六福亭
2年目
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第1章 新年度! (3)


 秀紀ひできたちは、部室で聖華せいかを取り囲んだ。見学に来てくれた最初の1年生だ。何としても入部に持って行きたい。おまけに、彼女は顧問である福原の親戚だというのだから、秀紀も千早ちはや真衣まいも、わくわくしていた。


 聖華は上級生たちに囲まれて、緊張しているようだった。頬がうっすらと赤く色づき、長い髪をしきりに指でいじっている。

 千早が好奇心に目を輝かせて、話しかける。

「合唱部にようこそ! ほんとに、先生の親戚なの?」

 聖華はうなずいた。

「はい。姪です」

 部員たちが歓声を上げた。福原は、その様子を少し離れたところから不服そうに眺めている。

「お正月とか法事で会ったりするの?」

「あ、一緒の家に住んでいるんです」

「マジか!」

「先生って家ではどんな感じ?」

「ええっと__」

「聖華! よけいなことを言うな!」

 福原が怒り、聖華ははっとした様子で口をつぐんだ。秀紀は顧問が珍しく焦っているのが面白くて、にやにや笑う。

「家にさ、アルバムとかない? 先生がのってるやつ」

「秀……お前の宿題だけ5倍に増やしてやろうか?」

「いえ、結構です」

 秀紀がすごすごと引き下がると、代わりに部長の美里みさとが聖華の前に来て、優しく言った。

「見学に来てくれて、ありがとう。今日は新歓コンサートのための練習をするから、好きなだけ見ていってね。知りたいことがあったら、私たちに何でも聞いて」

「はい、ありがとうございます」

「中学の時は何の部活だったの?」

 聖華は目を伏せた。長いまつげが小さく震える。

「中学では、部活に入っていなくて……」

「そうなのね。一番に合唱部に来てくれて、とても嬉しいわ。これから発声練習をするから、よかったら一緒に歌う?」

「はい!」

 美里は、部室内を見回した。

「まだ来ていないのは……優路ゆうじひろね」

「拓は今日休みだそうです。家の用事とかで」

 千早が手を上げて伝えた。

「あら、残念。じゃあ優路は……」

 部員たちが首を傾げた時、部室の外からにぎやかな話し声が聞こえてきた。扉からのぞくと、優路と見慣れない女子生徒が、笑い合いながらこっちへやってくる。小柄な彼女と優路の身長差はかなりあった。

 

 優路は部室から顔を出す部員たちに気がつくと、笑顔のまま手を振った。隣の女子も、大きくおじぎをする。彼女の上履きの色は、聖華と同じ緑色だった。

「もしかして、あの子も」

「新入生?」

「すごい! 2人も来てくれるなんて……!」

 部室に招き入れられた女子は、とても可愛かった。涼やかな瞳に、形の良い眉。口元は大きく笑みを形作っている。肩までのびたさらさらとした黒髪が、窓から吹き込んだ春風でふわりと広がった。

 

 彼女は、優路が口を開く前にはきはきと自己紹介をした。

日出島楓ひのでじまかえでです。嘉島中学校出身です。合唱部に入部しますので、よろしくお願いします!」

 フルートの音色のような、きれいな声だった。歌も上手そうだ。そう考えたところで、秀紀ははっと思い当たる。さっき福原は、嘉島中合唱部の元部長が入部してきたと言っていた。

「もしかして、中学でも合唱部?」

「はい! 優路さんの妹の、ミリーとも一緒に活動してました。皆さんのことはあの子からたくさん聞いてます!」

「てことは、優路さんも前からお知り合いだったんですか?」

 真衣が尋ねると、優路は首を振った。

「僕は中学では合唱部じゃなかったからね。最近ミリーから教えてもらったんだ。先輩が入学するから、よろしくって」

 楓もうなずいた。

「実は、去年の定演もミリーと聴きにいったんです。プラネタリウムの演出、素敵でした。この学校に来ることができて、とっても嬉しいです!」

「それは私たちもよ」

 美里が微笑んだ。

「ようこそ、合唱部へ。これから一緒に楽しく部活やっていこうね」

「はい!」

 楓は不敵に笑った。

「きっと楽しい部活になるでしょうね」

彼女はふと、聖華に目を向けた。

「どっかで見かけた顔だと思ったら……2組の列に並んでた子よね。あなたも合唱部に入る? 名前を教えて!」

「あ……福原聖華です」

 楓はつかつかと聖華に歩み寄った。高身長な聖華と小柄な楓が向き合うと、大人と子どものように見える。楓は聖華の強張った顔を見上げ、そして驚く部員たちの前で、彼女に抱きついた。

「よろしく、聖華! あたしのことは、楓って呼んで。3年間、仲良くしようね!」

「は、はい……」

 聖華は最初、戸惑っているようだったが、じわじわとその顔を笑みに染めていった。

「よろしく、お願いします」

 

 1年生たちの心温まる光景を眺めていた美里が、備え付けの引き出しから入部届を取り出した。

「2人に、これあげておくわ。書いたら私か、福原先生に下さい」

「はい!」

 楓は聖華を抱きしめたまま、元気よく返事をした。聖華も、にっこりとうなずいた。

 

 福原がそっと聖華に話しかける。

「入部届を出すのは、もう少しいろんな部活を見学してからにしたらどうだ? 体験入部期間はまだまだあるし、せっかくこの学校には多くの部活があるんだから……」

「先生、余計なこと言わないでください!」

 秀紀たちは声を揃えて抗議した。聖華が心変わりしたらどうするのだ!

 

 案の定、聖華の顔が曇った。

「……叔父さんは、私に入部してほしくないの?」

「いや、そういう訳ではないが」

「入部してほしいよ!」

 福原に被せるようにして、秀紀は主張した。

「新入部員は大歓迎だよ。初心者も経験者も関係ない!」

「その通りよ」

 千早も賛成した。

合唱部うちに入ったら、ぜーったいどこよりも楽しいから! 私たちが保証する!」

 真衣もうなずいている。聖華は上級生たちの顔を見回し、すぐそばにいる楓の笑顔を見下ろし、そっと笑った。



 その日の練習終わりは、いつもよりにぎやかだ。入部してくれたばかりの1年生2人が加わるだけで、部員たちのテンションが上がる。みんなで学校のそばのコンビニに寄り、おやつを買った。楓と聖華の分は上級生たちが金を出し合って払う。まだ時間には余裕があるので、コンビニの前で食べることにした。

「明日、拓が聞いたらきっと悔しがるわよ。練習休んでるうちに、2人も入ってくれたなんて!」

「ほんとだね」

 相づちを打ちながら、秀紀はチキンをほおばった。楓と聖華は、優路と美里に挟まれて和気あいあいと談笑している。

「聖華と楓が仲良くなってくれてよかった」

 真衣が後輩たちの背中を眺めながら、しみじみとつぶやいた。彼女の手の中にあるのはピザまんだ。

「女子同士の相性ってどうしてもあるからね。合わなかったらどこまでいっても仲良くなれない」

「そんなもんなの?」

「そうだよ」

「じゃあ、真衣と千早は?」

 秀紀がそう聞くと、千早と真衣は顔を見合わせた。

「相性、ねえ。どう思います? 千早サン」

「真衣サンの意見を先に聞かせていただきたいですねえ」

 秀紀は同期女子のやりとりをはらはらしながら見守った。

「ま、相性で言えば、良い方なんじゃないの?」

「何パーセントくらい?」

「さあ? 70くらいかな」

「食べもので言ったらどれぐらい合う?」

「何その質問?」

「だからさ、白ごはんとしゃけとか、カレーに福清づけとか」

 真衣は腕組みをして、千早を見た。

「難しいこと言うね、あんた」

「そんなに難しくないよ」

 食べ物で例えると、か。秀紀は考えた。自分と拓は、どれくらい相性が良いのだろう。自分とユズは? 福原とは?

「ねー、真衣。答えてよ」

「うるさいなあ。もう、相性良いっていったの取り消し。白ごはんとおでんくらい、合わない」

「そんな!!」

「馬鹿なこと言ってないで帰るよ」

 真衣があごをしゃくった。見ると、美里や楓たちが既に帰路についていた。

「明日から授業始まるしね、早く帰りましょ」

 秀紀、千早、真衣はコンビニの駐車場を出た。秀紀は自転車通学、真衣たちは電車通学だから、途中で別れることとなる。

「そういや、新しいクラスはどうだった?」

 真衣が秀紀に水を向けた。

「うーん、まあ、フツー」

「どうしたの、元気ないじゃない。クラス発表の時はあんなに喜んでたのに」

 秀紀は難しい顔をした。

「嬉しいよ、そりゃ。隆もいるし、担任は福原先生だし。でも、先生ってうちのクラスの奴から結構嫌われてるなーって……」

「それは、今に始まったことじゃないじゃん」

 真衣の一刀両断に、秀紀はうなだれた。

「秀は一体何を心配してんの?」

「先生が何か言うたびに、白けた空気になるのが嫌なんだよなー……」

「秀が気にしてても仕方がないでしょ。先生がギャグセンを磨くか、みんなが慣れるかするのを待つしかないんじゃない?」

「……じゃあ、後者かな」

「もう一つあるよ」

 と、千早が言った。

「秀だけでも、先生の言うことにリアクションしてあげれば?」

「やだよ、地獄の空気じゃないか」

「うちの香野かの先生を見習えばいいのにね」

 真衣の担任は、吹奏楽部の顧問である香野だ。香野と福原は仲が悪く、よく衝突しているらしい。

「香野先生のあいさつはどんな感じだった?」

「まあ、そつがない感じ。新担任の香野です、よろしくお願いします、楽しく過ごしましょう。そんなもん」

「千早のとこは?」

 千早は曖昧に笑った。

「うちも普通かな。あんまり覚えてない」

 しゃべっているうちに、駐輪場まで来た。千早、真衣と別れ、自分の自転車の鍵を解除する。

 自転車を押して歩いていると、目の前を1人の女子が通りがかった。ポニーテールに、丸っこい楽器ケース。薄暗く顔がよく見えなくても、誰であるのかすぐに分かった。

「……ユズ!」

 秀紀は彼女の背中に向かって声をかけた。ユズ__高島柚里は立ち止まり、振り向いた。けれど、秀紀に気がつくと、逃げ出すように走っていってしまった。


 秀紀は茫然とその場に立ち尽くした。片思い中の女子に、嫌われてしまったかもしれない。



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