第8章 合宿(4)
午後5時頃から、夕食の支度を始めた。秀紀は拓の監修のもと、5合分の米をといだ。ざるに洗った米をあける度に、白く濁ったとぎ汁が流れていく。その間に優路が卵を次々とボウルに割り入れた。
「優路、片手で卵割れるか?」
横からボウルをのぞき込み、廉が問いかけた。
「できますよ」
涼しい顔で答えた優路だったけれど、いざ右手だけで割ろうとすると卵はぐしゃりとつぶれ、小さな殻のかけらがボウルの中に飛び散ってしまった。
「あーあ、慣れないことやろうとするから」
「廉さんがやれって言ったんじゃないですか!」
「言ってねえよ」
笑いながら廉は器用に菜箸で白い欠片をつまみ上げた。秀紀が炊飯器にといだ米を移し終えると、今度は拓がキッチンに立ち、まな板と包丁を取り出した。
「あ、手伝うよ、拓」
秀紀が声をかけると、拓はすぐさま首を振った。
「いらん。米を寝かせてる間は大人しくしてろよ」
拓はネギや油揚げを刻み始めた。炊飯器のスイッチを入れるまで、少し暇な時間ができる。優路は相変わらず廉にからかわれながら卵をかき混ぜていた。
それから数十分して米が炊き上がると、廉が腕まくりをして炊飯器に近づいた。
「おにぎりなら任せろ。夜食に毎日作ってるんだ」
「あ、僕も手伝います……あつっ!」
「大丈夫? 火傷した?」
「飯に手を突っ込めばそりゃ熱いだろ」
先輩たちに心配されながら秀紀はご飯を握った。水と塩をこまめに両手につけないと、すぐ米が手にくっついてしまう。
ようやくできたのは、ちょっと不格好なおにぎりだった。
「……あ、中に具を入れ忘れた」
「まあいいさ、塩むすびってことにすれば。塩味はついてんだし」
「具なら用意してあるから、自由にとりなよ」
そう言って優路が差し出した皿には、焼き鮭のかけらや梅干し、山菜の味噌漬けなどがのっていた。
「廉さん、本当にタバスコ入れるんですか?」
「勿論。面白くなるぞ」
「秀、具入れすぎだ。あふれるぞ」
「あ、ほんとだ。……拓はおにぎり作るのも上手いね」
「まあな」
わいわい言いながらようやくできた夕食を、外で組み立てたテーブルに運んだ。日が沈みかけて、ちょっと辺りが薄暗くなってきたようだ。
「そっちもできたのね」
女子のコテージから出てきた美里が持つ大皿には、揚げたてのコロッケがたくさん載っていた。
「うわ! めっちゃ美味そうですね!」
「ふふ。この勝負、もらったわ」
まん丸いボール状のコロッケは、まだしゅうしゅうと湯気をあげている。
「そっちはおにぎり? 和食で攻めたのね」
「はい」
女子チームのメニューは、コロッケとから揚げ、サラダ、紙コップに小分けにしたミニそうめん。そして、冷えた青りんごのゼリーだった。ミリ―が歓声を上げる。
「すっごくいい匂いがする!」
味噌汁の鍋を運んできた優路が真顔で呟く。
「やばい、負けそうだ」
「弱気になるなよ」
コロッケの皿をしげしげと眺め、拓が千早に聞いた。
「これ、相当手間かかっただろ」
「分かる? コロッケって意外と作るの大変なのよ」
泉が辺りを見回した。
「お腹空いたね! 先生たちはどこ行った?」
ちょうどその時、ライトを点けた福原の車が戻ってきた。テーブルから離れたところで停車して、福原と菅井が出てくる。
「早く、席に着いてください。食べましょう」
皆がテーブルの周りに落ち着くと、泉が手を組んで言った。
「みんな、お疲れ様。早速いただきましょう! テーブルの右側に置いてあるのが男子チームの作った料理、左側が女子の料理です。先生方、ミリ―、山崎は食べ終わった後にどっちがよりおいしかったか教えてください。それじゃ、アーメン! いただきます!」
「いただきます」
唱和した後、秀紀はまずコロッケを口に入れた。まだ熱い衣とジャガイモがほどけ、旨みが口の中にほろほろと広がる。
「おいしいでしょ」
隣に座る真衣が、味噌汁をすすりながら自慢げに言った。秀紀は素直にうなずく。
「ほら、サラダもから揚げも、たーんとお食べ」
「うわ、勝手にのせてくなよ」
紙皿がキャベツでいっぱいになり、秀紀は慌てた。お返しに、真衣の皿に大きなおにぎりをのせる。
「これ、たしか僕が握ったやつ」
「秀が?」
真衣はあちこちでこぼこなおにぎりにかぶりつき、うなずいた。
「うん、おいしい。何も入ってないけど」
「……あ、そういえばそうだった」
最初に握ったおにぎりに具を入れ忘れたのだ。秀紀はから揚げを箸でつまみ、食べる前にいろんな角度から観察した。
「どうしたの?」
「……これ、何か入れてないよな?」
「何かって?」
「うーん、例えば……えっと、タバスコとか……」
「そんなもの、入れるわけないじゃん」
呆れる真衣の正面の席で、突如廉が激しくむせた。おにぎりを食べている途中らしい。その隣に座っていた福原が、お茶の入った紙コップを差し出した。
「どうした?」
「や……ちょっと、タバスコ入りのおにぎりにあたって……」
見れば、廉が持っているおにぎりの断面は真っ赤だ。優路が弾けるような笑い声を上げた。
「自分が仕掛けた罠にひっかかりましたね、廉さん」
それを聞いた福原も大笑いした。
「自業自得だな」
「ほっといてください!」
少し離れた席では、美里と泉が卵焼きをつまみながらのんびりと言葉を交わしていた。
「今年の合宿はどうなるかと思っていましたけど、楽しくなりましたね」
「ほんとに。美里のおかげだわ、ありがとう」
「そんな、みんなが協力してくれたおかげですよ」
「でも、まだまだやることはいっぱいあるのよね。今年の歌も作らないといけないし」
「ああ……合宿中に完成するでしょうか」
「大丈夫、大丈夫。毎年何とかなってるんだから」
ミリ―は千早とすっかり打ち解けていた。
「……それで、優路お兄ちゃんが言ったんです。『そんなに気になるなら、うちの合宿に来れば?』って。あたしが合唱部のことばっか聞きたがるから」
「なるほどね。でも、中学の練習もあったんじゃないの?」
「ありましたけど、ずっと行きたかったんで、堂々とサボりました!」
「気持ち分かるよ。私が中学生だった時も、行けるなら行きたかったもの」
「教会コンサート、今年はなくなってすごく残念でした。毎年楽しみにしてたのに」
「私もー」
山崎は、黙々とそうめんを食べていた。その隣に拓がやってきて、許可もなく腰かける。
「味噌汁飲みませんか?」
「……ああ、ありがとう」
「これ、主におれが作ったんですよ」
「そうなのか」
1口すすり、山崎は微笑んだ。
「美味いな」
「ありがとうございます!」
拓がその場でから揚げをかじっていると、山崎がぽつりと呟いた。
「こんなに楽器を吹かずにのんびりしたのは、すごく久しぶりな気がする」
「そうなんですか? けっこう練習してらっしゃるじゃないですか」
「いつもと比べると、全然だ。停学中も、部活が休みの日も、ずっと個人練習していたのに」
「……勉強は?」
「内部進学の予定だったから、あまり勉強はしてこなかった。ひたすら吹奏楽の練習に時間を使っていたんだ。中学の頃も」
「ストイックだなあ」
拓が感嘆すると、山崎は照れたような表情を浮かべた。
「こういうのも楽しくないですか?」
山崎は素直にうなずく。
「でも、こんなことしていていいのか、とも思う。吹部の皆は今も必死で練習しているのに」
「あ、そういえば、コンクールの結果はどうだったんですか?」
山崎の返事を待つ一瞬の間、拓までも緊張で胸が高鳴った。
「……さっき、香野先生から電話があった。予選を突破して、関東大会出場が決まったそうだ」
「おおー!!」
拓は思わず雄叫びを上げながら立ちあがり、周りの部員たちの注目を浴びた。慌てて座り直す。
「よかったですね!!」
「ああ、本当に。先生も喜んでいらした」
山崎の柔らかい表情を見て、彼は顧問のことを慕っているのだと思う。拓たちにとっての福原のように。
「香野先生が山崎さんをこっちの合宿に来させたの、きっと何か大事な意味があるんですよ」
「意味? どんな?」
「さあ、おれには分からないですけど」
そのうち、泉が立ち上がって手を叩く。気づけば、テーブルの上の皿はほとんど空っぽになっていた。
「そろそろ、審査結果を発表してもらいます。勝ったチームには、福原先生がアイスを買ってくださるそうです!」
「待て、何も聞いてないぞ」
慌てる福原を無視して、泉は山崎やミリ―たちを立たせた。
「それでは審査員の皆さん、男子と女子のどちらかに挙手で投票してください! 男子チームの料理が好きな人!」
福原と山崎が手を挙げる。部員たちは顔を見合わせた。
「では、女子チームの料理が良かった人!」
今度は、ミリ―と菅井が挙手した。同点だ。
「2対2で、引き分けですね」
大きな拍手が上がった。
「今年は審査員が偶数だから、こうなるかもって思った」
美里が呟いた。
「平和的でよかったじゃないですか」
拓の言葉に、真衣がやり返す。
「白黒決着がつく方が面白いよ」
片付けが終わり、かわりばんこに入浴した後、廉が後輩たちに言った。
「さて、合宿は今からが本番だ。定演の曲決めと歌詞作り、やるぞ」
「はい!」
「歌詞作り……」
顔を曇らせた秀紀の背中を、廉が叩く。
「心配すんな。実際に考えるのは俺たち3年だ。さすがに部員全員で0から歌詞を作るのは難しいからな。1、2年生にはテーマとか細かい部分とか相談にのってもらう程度だよ」
「あ、よかったです」
「ここには先生もいるから、女子のコテージに移動しよう。山崎も来いよ」
「いや、俺は……」
「先生と2人きりで過ごしたいか?」
そう廉が脅すと、山崎もついてきた。女子が寝泊まりするコテージの扉を叩くと、泉が迎え入れてくれた。風呂に入ったばかりらしく、まだ髪の毛がしっとりと濡れていた。
「一応聞くけど、全員ちゃんと風呂に入り終わったんだろうな?」
「当たり前でしょ」
室内では、千早、真衣、ミリ―が床に座り込み、トランプに興じていた。
「あ、すみません」
「いいって。トランプやりながらでも、会議はできるだろ」
「まだ、明日の夜もあるしね」
集まった10人で、1つの大きな輪を作った。美里がノートと鉛筆を引き寄せる。
「全員揃ってるな。まずは、定演でやる曲から決めて行こうか。とりあえず、やりたい曲を言ってけ。何でもいいぞ」
真っ先に千早が手を挙げた。
「はい! Simple Gifts!」
美里がノートに曲名をメモする。
「せっかく練習したから、“IN TERRA PAX”もやろうよ」
「あれ好きなんです、『青い鳥』」
「『空も飛べるはず』とか」
「ベタだけど、『地球星歌』」
「『春に』が歌いたいです」
「筑後川!」
部員たちが好き勝手に希望を言う中、廉はミリ―と山崎に顔を向けた。
「そっちも何か意見ないか?」
ミリ―が答える。
「Nコンの課題曲とかどうですか。お客さんも聴いたことがあると思うし」
「王道だな。たしかに、俺たちしか知らない曲ばっかりやっててもお客さんは喜んでくれないからな」
「ポップスも入れていきたいのよね。去年は合唱のための曲ばっかりだったけど」
泉が顎に手を当てて言った。
「山崎、お前はどう思う?」
「……有名な曲は入れた方がいいとは思う。吹部の定演でも、2部ではその年に流行ったJPOPを演奏する。ダンスをすることもある」
「ダンスかあ……」
「山崎も踊ったのか?」
「……1年の時に、少しだけな」
にやにやする廉の視線をかわすように、山崎はうつむいた。
「今めっちゃ流行ってる映画の曲とかどうでしょうか?」
「却下。その会社は権利関係にうるさいから。それに、聴いたことはあるがあんまり合唱には向いてない」
きっぱりと言いながら、廉は近くにあったトランプの束を拾い上げ、しゃっしゃっときった。
「……トランプ、さすがに10人ではできないな」
「ハンカチ落としでもします?」
美里が水色のハンカチを差し出した。
「いいな。やるか」
「お前ら、こんな調子で大事な会議やっているのか」
山崎が呆れた。だが廉は堂々と言い返す。
「いつも楽しく、それが合唱部のモットーだ。過程はどうあれ最後にいいアイデアが出れば万々歳だろ」
「…………」
「何だ、文句があるのか?」
「もう、だから喧嘩しないで下さいって言ったじゃないですか」
優路がなだめる。
「ノルマを作りましょう。9時までに定演の曲を決める! それまでは遊びながらでもいいけど、ちゃんと議題について話し合いましょう。いいですね」
廉と山崎は同時にうなずいた。秀紀はそっと手を挙げた。
「定演って、何曲歌うんですか?」
「10曲前後。あとアンコール」
「何曲かは、人気とか抜きにして思い出の曲を入れたいですね」
美里が優しい声で言った。
「今年の歌と、もう2曲くらいは」
「同感。千早が言ってくれたけど、Simple Giftsは絶対に入れよう。伝統の曲だから」
美里がノートに書きつけた。「決定」という赤字を加えて。
「先輩方の希望も1曲ずつ通してもいいんじゃないですか。最後なんですから」
優路が提案する。
「お2人は、何やりたいですか?」
「私は……『にじいろ』かな。ドラマずっと観てるの」
「いいですね」
と真衣がうなずく。
「廉さんは?」
「うーむ……もうちょっと考えさせてくれ。慎重に選びたい」
「はいはい」
「珍しいね、いつもノリと勢いで何でも決めちゃうのに」
「だって、最後だからな」
その声がいつになく寂しそうだったので、その場にいたみんながはっとした。そうだ。こうして楽しく過ごす時間も、あと少しで終わってしまう。来月の定期演奏会で、廉も泉も引退してしまうのだ。
「他の曲から先に決めましょう。Simple Gifts、『にじいろ』、今年の歌、廉さんの希望曲。あと6曲です」
「今年練習した曲をやりたいです」
拓が言った。
「先生もせっかく伴奏を練習してくれたから……」
「じゃあ、やっぱりIN TERRA PAX?」
「そうね。先生にはもうちょっとピアノで苦しんでもらいましょう」
「あとは、デイサービスで歌った『また逢う日まで』とか」
「ああ、いいな。曲目の最後か、アンコールに入れよう」
「あと4曲ですね」
廉が立ち上がり、ハンカチを持ってみんなの後ろをぐるぐると回り始めた。緊張が走る。
「そういえば、場所とテーマも決めないと」
「場所ですか?」
「そう。どこかのホールを借りるか、聖堂でやるか。ホールを借りるとなると、その分お金がかかる」
「じゃあ、聖堂でやりましょうよ」
「でもなあ、僕らこの前問題起こしたからなあ。教会を貸してもらえるかなあ」
「すまん」
山崎がぼそりと謝った。その背後で廉がそっとハンカチを落とす。
「いえ、そう意味で言ったんじゃないですよ。あれは僕らも悪かったんですから」
優路は穏やかにそう言った。
「でも、本当に聖堂でやりたいのなら、頭下げるなりすれば最後には貸してくださると思うわ。神父さんは優しいから」
1周して山崎の元へ戻ってきた廉が、ポンと彼の肩を叩いた。
「山崎、とうとう気づかなかったな。さあ真ん中へ行け」
「何?」
慌てて自分の後ろを探り、山崎はあっと声を上げた。
「森井、お前……!」
「ははは、注意力散漫なお前が悪い」
「この野郎、覚えてろ」
「山崎さん落ち着いて……」
結局そのままハンカチ落としが白熱し、会議は中断されたのだった。
「……全然、決まらんな」
「ほんとにね-」
コテージの隅っこで、廉と泉がうめき声を上げている。彼らは今年の歌の歌詞を考えているのだが……。
「大体、何だよ、歌詞を作るって。どこのどいつが始めた伝統なんだ!」
「あんたそれ、OBOG会で言ってみなさいよ」
室内の真ん中では、1,2年がトランプをしながら演出の相談を進めていた。
「宣伝のためにポスターも作るの。8月末までに完成させて、あちこちに貼ってもらう」
「デザインに強い子とかいないかな? 僕らあんまり絵心がなくてさ」
「あ、だったら真衣が絵上手いですよ」
「はい、上手いです」
「すごい自信だな」
「宣伝はポスターだけですか? チラシとかも?」
「チラシも作るよ。ポスターと同じデザインで、駅や大学なんかで配る」
「ティッシュとかの方が受け取ってもらえそうですよね」
「たしかに。ティッシュにかえるといくらくらいかかるのか、先生に聞いてみようか。__あがり」
「え、いつの間に」
ミリ―はいつの間にか眠りこけている。山崎は廉に引っ張られ、歌詞作りに参加した。
「手伝って、山崎君。音楽に強いでしょ」
「俺が強いのは吹奏楽であって、作詞は専門外だ」
「まあそう言うな。3人寄れば文殊の知恵、だろ」
「まず、主題を決めた方がいいんじゃないのか。何を一番伝えたいのか。サビに一番大事なメッセージをもってきて、AメロBメロはそれへの序奏だ。何か具体的な思い出エピソードでも入れるといい」
「なるほどね、すごい!」
「やるじゃないか、山崎」
「茶化すなら俺はもう何も言わん」
「茶化してないっての」
真夜中に近づいたころ、とうとう廉が悲鳴を上げた。
「息抜きしよう! 外行くぞ!」
「え、今から?」
部員たちは戸惑っているが……。
「頭の中が煮詰まってきた。外の空気が吸いたい!」
そう言って飛び出す廉の後を、慌てて部員たちは追いかける。優路が熟睡する妹の肩を優しく揺さぶった。
「起きな。みんな外行くって」
「……えー、なんで?」
「ちょっと休憩かな」
外に出た部員たちは、わあっと声を上げた。
「星が……!」
広い空一面に、数え切れないほどの星が瞬いている。
「こんなにたくさん見えるなんて……」
「きれーい」
「あ、あれ夏の大三角形じゃない?」
「どれ?」
「あ、あそこか」
「天の川も見えますね……」
廉が地面にごろんと寝っ転がった。
「頭汚れますよ」
「構うもんか。気持ちいいぞ」
「まあ……たしかに」
気づけば、全員が横1列になって草むらの上に体を横たえていた。
「東京じゃ、こんな星は見れないな」
「明かりが全然ないから、はっきり見えるのね」
「あ、流れ星!」
「え、どこ!?」
「もう終わっちゃった」
「くそ、見逃した!」
「一瞬だったものね」
突然、泉が歌い出した。
「銀の! 翼を! 光らせて__」
『空駆ける天馬』だ、と秀紀は気がつく。中学生の頃、歌っていたクラスがあった。
「秋の! 夜空を! 駆けてゆく天馬~」
「夏じゃないのかよ」
廉が突っ込む。山崎が噴き出し、大らかな笑い声を上げた。泉は顔を廉の方に向けた。
「ね、この曲もやろう。定演で」
「いいけど、先生が泣くぞ。伴奏難しいから」
はー、と千早が溜息をもらす。
「ずっとこうしてたいなあ」
「風邪ひくでしょ」
真衣に指摘され、千早は口をとがらせる。
「そりゃそうだけど。このままこのメンバーで、この山の中にずっといたいなあって思うの。狩りとかで食い扶持を稼いで、合唱で投げ銭をもらって」
「なんかすごいこと言ってるな」
「夢物語なのは分かってるよ? でも、例えばみんなで今、ぽんと違う世界に飛ばされて冒険とかできたら、どんなに楽しいだろうなって思う」
「楽しいか? 大変そうだけど。言葉も、文化も分からないし」
「言葉くらい、どうにだってなる。それに、異世界に行く時には、私たちに何か魔法の力が備わってるはずだから」
「都合良すぎだよ、それは」
「僕は空を飛びたいな」
秀紀は呟いた。千早の空想に刺激されたのかもしれない。
「あのいっぱいある星を捕まえられるところまで、飛んで行きたい」
「『翼をください』ね」
美里が軽く口ずさむ。
「帰りたくない」
ミリ―が呟き、優路が慌てて身を起こす。
「どうした? ミリ―」
「ううん、変な意味はないけど。時間はどんどん過ぎていくから」
「中学生にしては達観した意見だな」
褒められたのが照れくさかったのか、ミリ―はごろんと寝返りを打った。少し肌寒い風が、生徒たちの間を流れる。けれど、コテージに戻ろうと言い出す者はなかなかいなかった。




