八話 あらためて、ステータスってなんですか?
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◇
「あ、普通にいい部屋じゃん」
案内された部屋は二階の奥から一つ手前。
ビジネスホテルのシングルルームくらいの面積で、決して広々とまではいかないけれど、寝起きするのには十分な空間だった。
もしかしたら、今夜は野宿しなきゃいけなかったかもしれない身の上なのだ。
贅沢を言ったら罰が当たるってもんだろう。
「うん、いい部屋でしょ。南側だから日当たりもいいし、景色もいいから外も見てみて?」
扉のところから飯端さんに言われて、窓際に寄ってみる。
ガラスではなくて木製の扉がついた窓を一気に押し開けると、
「おおー」
そこから広がる景色に、思わず声が漏れた。
遠くまで広がる街並み。
ほとんどの建物が二階建て未満で、だからこそ、それ以上の高さのある建物があると異様に目立つ。
中央には広場のような空間があって、そこから広がるように建物が密集している。
そのなかをゆるやかに弧を描くように、大きな河川が弧を描いていた。
驚いたのは、地平線のあたりまで視線を飛ばしてみても遠くに山が見えないことだ。
どうやら、このあたりは随分となだらかな立地らしい。
そして――空に浮かぶ、ふたつの太陽。
かなり低い位置まで落ちてきたその存在が、異国情緒あふれる光景に決定的な印象を加えている。
……こういうのを、幻想的と言うのだろうか。
「ファンタジーだなぁ」
まさに文字通りの感想をつぶやいていると、くすくすと背後から飯端さんの笑い声。
「俺、なにかおかしなこと言った?」
「ううん。私も、最初におなじこと思ったから。一緒だなって」
まあ、そうだろうな。
こんな光景を見れば、大抵の人間は似たような感想を抱くだろう。
それくらいには圧巻の風景だった。
しばらくそれを眺めているうちに、あらためて自分が違う世界にやってきたという実感が沸いてきた。
息を吐き、振り返る。
扉の前の飯端さんに、俺は深々と頭をさげた。
「――ありがとう」
「え? いきなり、どうしたの?」
びっくりしている相手に、
「いや。あらためてお礼を言っとこうかと思ってさ。飯端さんと出会えてなかったら、どうなってたことか」
少なくとも、こんないい部屋に泊まれることにはなっていなかったはずだ。
彼女は俺の恩人だ。
その気持ちをしっかりと本人に伝えられていなかった。
改めてお礼を言うと、飯端さんは照れたように頭を振った。
「そんなの、気にしないでいいってば。私が勝手にしたことだし――」
それに、と続ける。
表情に自嘲的な感情が浮かんでいた。
「こっちこそ、さっきはごめん。勝手に先走っちゃった」
さっき?
ああ、一階での話のことか。
「別に、先走ったわけじゃないだろ? 俺のほうが、世話になりたいって言ってたわけだし」
「そうじゃないの」
飯端さんは頭を振って、
「ユノさんが言ったとおりだわ。きちんと説明しておかないといけなかったのに、子どもみたいに浮かれちゃってて。……反省しないと」
知らなかった。彼女、浮かれてたのか。
同郷の人間がやってきたことが、そんなに嬉しかったんだろうか。
……そういえば、年齢が近い相手は久しぶりって言ってたっけ。
同郷者の転移者なら一人いるはずだが、あっちは仲良くできそうな感じじゃなかったしな。
「私は、自分の都合にナオヤくんを巻き込んだだけだから。お礼を言われる立場なんかじゃないの」
飯端さんは言った。
その表情には暗い影が落ちていて、俺は顔をしかめた。
「……よくわかんないけどさ。俺が助かったのは間違いないわけだし。それじゃ勝手に感謝しとくよ」
それでいいか?
視線で相手に訊ねると、彼女は綺麗な眉を困ったように寄せてみせた。
「……ん。わかった、――ありがとう」
彼女の表情はまだ晴れない。
もう一言、二言、なにかを言いかけようとしたところで、階下からユノさんが俺たちを呼ぶ声が聞こえてきた。
「あ、お茶がはいったみたい。行きましょ」
気分を振り切るように、飯端さんが明るい声で言った。
表情もようやく普段のそれに戻っている。
ただ、廊下を歩いていく後ろ姿はどこか頼りなく思えて、俺は眉をひそめてその姿を見送った。
◇
ユノさんが淹れてくれたお茶は美味しかった。
元の世界で飲んでいたような緑茶や紅茶とは違う。多分、ハーブティだと思うのだが、詳しくはわからなかった。
三人でテーブルを囲んで、雑談に花を咲かせる。
話が真剣な方向に進んだのは、俺が三杯目のおかわりをお願いしたあたりのことだった。
「――【ステータス】。そう呼ばれるモノについては、わたしはあまりわからないのよね」
優雅な所作でティーカップを口に運びながら、ユノさんが言った。
「そういうものが存在していることは知っているし、何度も説明を受けてはいるのだけれど。どうしても、実感できないのよ。自分の頭に、そういうのが浮かんでいるだなんて……」
困惑するように、頬に手をあてるユノさん。
まったくもって俺も同感だったから、俺は大きく同意のうなずきを返しながら、
「正直に言うと、自分もちょっと。……ピンと来なくて。まあ、見えてないからなんでしょうけど」
「そうでしょう? だから、それについてはやっぱり、見えている側の立場から聞いた方がいいと思うの」
どうかしら、とユノさんに訊ねられた飯端さんがうなずいた。
手にしていたティーカップをテーブルに置いて、目線をあげると、
「……ナオヤくんって、向こうの世界にいるときにゲームとかしてた?」
「ゲームって、ソシャゲとかそういうやつのこと?」
「うん。RPGとか、そういうの」
「ああ、そっち系か。昔はよくやってたけど、最近はやってないなぁ」
せいぜい、スマホゲーを触るくらいだ。
それも知り合いから誘われて付き合いでやってただけで、ハマってやってるわけではない。
高校生までは、けっこう熱中して徹夜したりもしてたけど。
「……この世界のことを、組合の人たちは『ゲーム世界』って言ってた。ゲームみたいだからって」
まあ、街の風景とかはだいぶゲームっぽくはある。
「そうじゃなくてね」
飯端さんが頭を振り、「『収納』」とつぶやいて取り出したのは、ペンとインク。それにメモ帳らしきもの。
羽根ペンというやつだろうか。
ペンの先にインクをつけ、メモ帳になにかを書き記していく。
【NAME】名前
【LV】レベル
【EXP】経験値
【EFP】効率値
【RACE】種族
【SEX】性別
【AGE】年齢
次々に羅列されていく単語。それらを一目見て、すぐに既視感に襲われた。
なるほどね、とため息をつく。
「たしかに、まるでゲームみたいだな」
メモ帳に書かれてた単語は、いわゆる「ゲームでよく使われる単語」だった。
ただ、【EFP】という略語には聞き覚えがない。隣には効率値と書かれていたが、意味がよくわからない。
【JOB】職業
【CLAN】所属
【CLASS】属性?
【ALLIGNMENT】指針?
【ELEMENT】要素?
【BRAVE】勇気?
【FAITH】信仰?
このあたりの単語には、あまり覚えがないものもあった。
特に、指針から先の単語は彼女自身も解釈に自信がないのか、隣にハテナマークが添えられている。
【HP】体力
【MP】魔力
【SP】スタミナ
最後に書かれたのが一番、俺にとっては馴染み深かった。
HPやMPあたりは、あまりゲームをしない人間にだって認知されてるくらいだろう。
最後の三つを書ききって、飯端さんはペンを置いた。
「……これが、『基礎ステータス』って呼ばれてる項目。私から見ると、みんなの頭のうえには、これが載った画面みたいなのが浮かんでるの」
道行く大勢の人の頭上に無数の画面が浮かんでいるのを想像して、顔をしかめた。
すぐに頭が痛くなりそうだ。そのうち慣れるのかもしれないが。
「基礎ってことは、これ以外にも?」
「うん。本当は、もっとたくさんの項目があって。身長とか体重とか。……もっと個人的なことまで。そういうのは、相手と仲良くなっていかないと見えないんだけど――」
飯端さんは口を濁した。
どうやら、ユノさんのことを気にしているらしい。
ユノさんは静かに話を聞いていたけれど、表情はいつもの柔和なそれではなくて、眉間に皺をよせていた。飯端さんが書きつけた内容に目を落としている。
あれ?
そういえば、言葉はなぜか通じてるけど、文字ってどうなんだ?
……飯端さんがユノさんを気にする理由は、俺にもわかる気がする。
異世界からやってきた人間は、他人の頭のうえに浮かぶ【ステータス】を見ることができる。
仲良くなっていけばもっと詳細な、たとえばその人の内面に関わることまで見ることができるのなら、見られる側としては愉快なわけがない。
二人のあいだに微妙な空気が流れているような気配を察しつつ、口をひらいた。
「HPとかMPはわかるんだけどさ。このEFPってやつの、効率値ってどういう意味? CLASSとかALLIGNMENTの、属性とか指針ってのもよくわかんないんだけど」
言葉そのものの意味はわかるが、それが具体的にどういうことを意味しているのかがいまいち謎だ。
「効率値は、成長しやすさとか、効率の良さみたいな感じかな。この世界の技能や魔法には習熟度があって、効率値が高いほど早く上がるの」
習熟度? そんなものまであるのか。
「属性や要素は、その人の生き方っていうか……スタイルみたいなものかな。それが、それぞれ三つに分類されてるの。私の場合だと、CLASSが秩序、中庸、混沌の中庸になってて。ALLIGNMENTが善・中立・悪の善みたいな風にね」
へえ、面白いな。
そういや、なんか昔のゲームで見たことがあるかもしれない。
たしかそのゲームでは、自分がどういう立ち位置にいるかでストーリーの展開が変わってしまうとかだったはずだ。
「……ちなみに、俺の場合はどうなってる?」
単純な好奇心で訊ねると、飯端さんは俺の頭のうえをちらりと確認して、
「ええと。ナオヤくんは、――中庸、中立だって」
うーん、微妙。
「なんか、どっちつかずって感じだなあ」
「そんなことないよ」
まあ、どっちかに振り切っているよりは、真ん中あたりをうろついてるほうが性にはあってるかもしれない。
「ゲームとかだと、腕力とか体力とかもよくあるけどさ。そのあたりはどうなってるの?」
「そっちは、『個人ステータス』のほうにあるわ。腕力、生命力、素早さ……他にもたくさんあるけど、そんな感じ」
聞けば聞くほどゲームっぽい世界観としか思えない。
この世界のことを『ゲーム世界』なんて呼びたくなる気持ちもわかる気がした。
「それに、私たちには【通知】が届くから。それこそゲームみたいでしょ? ほら、向こうでも、運営会社からそういう連絡が入ったりするじゃない」
「……たしかに」
「うん。だからね、最初にこの世界に来た人たちは、考えたらしいの。この世界はなにかのゲームのなかの世界か、それを模した世界で。どこかに、この世界を創った誰かかがいるんじゃないかって」
創造主。もしくは神様。
ゲーム的にいうなら、GMとするべきか。
「どこからか【通知】が来る以上、それを送ってくる誰かがいる。少なくとも、そういうシステムが存在しているはず……。なら、その正体を突き止めて、元の世界に帰還する方法をさがそう――そう思った人たちがつくったのが、今の組合の基になった組織なの」