六話 もう一人の同郷者
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◇
「この世界には不思議な力があってね、大きく分けて【魔法】と【技能】があるの。私が使った『収納』は、その技能のほう」
宿屋に向かう途中。
大きな川沿いの道を二人で歩きながら、俺は飯端さんからさっきの超常現象についての説明を受けていた。
「見た通り、服とか道具とかを入れて、どこでも取り出すことができるから、すっごく便利。買い物のたびに重い荷物を持たなくてもいいの! これだけで、どれだけ凄いかわかるでしょ?」
もちろん、わかる。
わかりすぎるくらいわかる。
なにを隠そう、この俺は某猫型ロボットの秘密道具のなかで、四次元ポケットが一番欲しいとまで思っていた人間なのだ。
昔は、近所の家の子どもと「秘密道具でなにが一番便利か」というお題目で、一日中、延々と白熱した議論をしていたもんだ。
その時の議論では、「なにも入ってなかったら意味ねーじゃん」と馬鹿にされまくり、そのままの勢いで時間切れ負けという結末に終わってしまったが。
今なら、そんな醜態は見せたりなんかしないのに――幼少の自分の不甲斐なさが悔しかった。
四次元ポケットの偉大さは、そのなかに詰め込まれた秘密道具にあるのではない。
凡百の連中はそのことをわかっていない。
その真の有用性は、無限の収納力と運搬性能そのものにあるのだ。
……ちなみに、高校の頃の知り合いと似たような議論をした時には、「どこでもドアと物置あたりを繋げれば、代用できるくね?」と言われてしまった。
こちらについては、今でもちょっと反論を思いつけずにいるので、いい切り返し方があれば誰か教えてほしい。
――それはともかく。
もちろん、四次元ポケットと『収納』では違う部分があるだろう。
収容量や使用条件。その他、様々な制約があるかもしれない。
それでも、もしも自分が「四次元ポケット(ぽい)」能力を使えるなら――そう考えるだけで、俺はワクワクが止まらなかった。
はやる気持ちを押さえながら、
「その魔法とか技能っていうのは、誰でも使えるの? それとも、特別な人にしか使えない?」
「魔法のほうは、そうだね。才能っていうか、生まれ持った条件みたいなのがあるわ。でも、技能のほうなら基本的に誰でも使えるはずだよ」
――っしゃあ!
心のなかで雄たけびをあげる俺。
「じゃ、じゃあさ。どうやって使えばいいのか、教えてよ。ちょっと試してみたいなあ。……いや、ちょっとね? ちょっとだけ、興味があってさぁ」
駄目だ。
興奮を抑えきれない。
鼻息を荒くする俺に、飯端さんは困ったように眉をひそめてみせて、
「それは、かまわないんだけど……」
「なに? なにか問題?」
「……ナオヤくん、自分のステータスを開くことって出来る?」
ステータス? 開く?
「……それってどうやるの?」
「どうやるっていうか……。出ろー、って念じれば、目の前にでてくるんだけど。私の場合」
へえ、そうなんだー。
簡単じゃん。
その場に立ち止まり、俺は大きく息を吸った。
かっと目を見開いて、
――ステータス、でろー。
強く念じる。
ステータス、でろー。
でろー。
でろーでろー。でろー。
……でろーーーーーーーーーーーーっ、
「さっさとでてこいやああああああああああああああああああああああああああ!」
終いには力の限り声を張り上げてみたのだが、ステータスは出てこなかった。
はあはあと肩で息をする俺に、あちゃあ、という顔をした飯端さんが、
「やっぱりかぁ。他人のステータスが見れないっていう時点で、もしかしたらとは思ってたけど……」
「ごめん。俺にもわかるように、説明お願いしていい……?」
「うん。……えっとね」
言いづらそうに視線をこちらから外しながら、
「技能を使うのって、ステータス画面から使いたいスキルを選んで、使うイメージなの。だけど、ナオヤくんは自分のステータスが呼び出せないでしょう? それって、つまり――」
つまり?
「もしかしたら。もしかしたらだからね? ……ナオヤくん、技能が使えないのかもなーって」
彼女の言葉をきいて。
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
つう、と自分の頬を涙がつたっていくのを感じる。
「――死のう」
「ちょっとちょっと!」
川べりにむかってふらりと足を向ける俺を、あわてて飯端さんが止めに入った。
「ナオヤくん、落ち着いて! あくまで、もしかしたら! もしかしたらだから!」
「マイ四次元ポケットが使えないくらいなら、死んだ方がマシだ……」
「そんなに『収納』したかったの!? わかった! わかったから、落ち着いてってば! なんとかなるかもしれないから、話を聞きなさーい!」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。
俺は動きを止めて、
「――本当に?」
その場しのぎの嘘だったら、恨んでやる。
言外にそんな思いを込めて視線を向けると、飯端さんは笑顔を強張らせて、
「……絶対じゃないけどね。私にも、もしかしたらって思うことはあるし、これから行く場所にもそういうことに詳しい人がいるから。その人に話を聞いたら、――多分」
身体ごと抱きつくようにしながら、真剣な眼差しでそう言ってくれる。
彼女の表情には、嘘や誤魔化しのようなものは感じ取れなかった。
足を止め、息を吐く。
「……わかった。ごめん、取り乱して」
「ううん。わかってくれたんなら、いいの」
飯端さんはほっとしたように微笑む。
やっぱり彼女は優しい。
とてもいい人だ。
俺はそんな彼女から目をそらすようにしながら、
「――飯端さん。あのさ」
「ん? どうかした?」
「もう取り乱したりしないからさ。……そろそろ離れてもらっても、いいかな」
さっきから、腰のあたりに柔らかい感触があたっていた。
おまけに女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐって、大変に心地よい気分にさせてくれる。
正直なところ、これ以上抱きつかれたままでいると、おかしな気分になってしまいそうだった。
飯端さんは、自分が思いっきり俺に抱き着いていることに気づくと、後ろに飛びすさらんばかりの勢いで身を離した。
顔が真っ赤になっている。
……あれ?
思ったよりも反応が初心だぞ、この人。
もうちょっと男慣れしている相手になら、からかってみようかなという気にもなるけれど、こんなふうに反応されてしまうとそうもいかない。
考えた結果、素直に謝ることにした。
「えーっと。なんか、ごめん」
「ううん。こっちこそ、ごめんなさい……」
顔を赤くしたまま、飯端さんはちいさく首を横に振る。
それまでの頼れる雰囲気とはまるで違った、ひどく女の子な気配。
あ、駄目だ。
こういうギャップに弱いんだよなぁ、俺。
なんとなく気恥ずかしい空気が流れ、お互いに沈黙していると、
「――ああ? なんだか見覚えのある奴がいるなあ?」
不意に、横合いから知らない声がかけられてきた。
声をかけてきたのは、見るからにヤカラっぽい連中だった。
男が三人。
それぞれ両手に違う女を抱くようにしている。
先頭にいる若い男が、飯端さんに向かって大きく口を歪めた。
「やっぱり、ツカサじゃねえかぁ。こんなところでなにしてんだ?」
「……別になにもしてないけど」
飯端さんが答える。
その表情はさっきまでの余韻はどこへやら。
完全に、冷ややかに醒めきってしまっていた。
「そっちこそ、こんなところで道草? 組合には、うちからお願いした依頼が入っているはずじゃなかった?」
かは、と若い男が笑った。
痰でもつまってるのかな。と俺は思った。
「依頼? あー、あれかァ? もちろん、わかってるさ。だから、こうやって街のなかを歩いて、見回りに余念がねえってわけよぉ。重点警戒ってこった。なあ?」
取り巻きの男たちに話を向ける。
男たちは感じの悪いニヤケ顔で、そうだそうだ、と口々に同意の声をあげた。
「俺たちがこうして見回ってる限り、心配なんていらねえさ」
「おうとも。なんたって、俺らにはトールさんがついてるんだからなあ」
トール? 日本人っぽい名前だ。
それに、組合がどうこうってことは――こいつ、転移者か?
トールと呼ばれた男は、周りからのおだてに気をよくしたのか、かははっと大口をひらいて笑い声をあげた。
「そーいうこった。この街のことならよォ、安心して俺に任せてくれていいんだぜ、ツカサぁ」
「冗談でしょ」
飯端さんが吐き捨てる。
その表情は、今まで見たことがないくらい険しく歪んでいた。
眼差しははっきりと敵意に満ちていて、憎々しげにトールと呼ばれた男へ向けられている。
男はそんな彼女の視線を気にも留めない様子で、無頓着にこちらへと距離を詰めてくると、
「いやいや。俺は心配してるんだぜ? 『なんでも屋』とか言って、色々と頑張ってるらしいけどよお。実際、戦力になるのなんてお前くらいなんだろ?」
飯端さんの顔を覗き込むように、腰を落として視線の高さを合わせた。
「この世界の連中なんざ、クソの役にも立ちやしねえヤツらばっかだからな。結局はお前が尻拭いする羽目になるだけだぜ」
そこで言葉をきり、だったらよお、と大きく口を歪ませる。
下卑た表情でささやくように、
「――ツカサぁ。お前はもっと、俺のことを頼ったほうがいいんじゃねえかぁ?」
「……ふざけないで」
飯端さんの声は怒りで震えている。
すぐ近くまでやってきた男を睨みつけて、
「私がどうして、あんたなんかに頼らなきゃいけないのよ」
「かははっ。相変わらずだな。まあ、あれだぁ。困ったことがあったら頼ってこいよ。組合の連中には、俺のほうから口を利いてやるし……。お前だったら、いつでも可愛がってやるからよ。――こんな風になぁ」
言いながら、両脇に抱えた女たちの胸を両手で揉みしだくと、女たちがくぐもった嬌声をあげた。
「あんた――」
飯端さんの眉が逆立った。
そのまま男に掴みかかろうとする寸前、俺は二人のあいだに身体をすべらせた。
「っ、ナオヤくん――」
「あぁ? なんだぁ、テメェ」
男が胡乱な目を向けた。
こちらの頭上に視線をあげてから、はっ、と笑い声を漏らす。
「ドーエ、ナオヤ……? んだよ、ご同郷じゃねえか」
背後にいる飯端さんにむかって馬鹿にしたような視線を向けて、
「ツカサぁ、お前んとこの新入りかぁ? ちょっとでも戦力を囲おうと、身体を張った営業活動に必死ってわけだ。ったく、健気すぎて泣けるぜ。ほんとによぉ」
「ッ、そんなんじゃ――」
怒りのまま声を荒らげようとするのを後ろ手に抑えながら、目の前の相手を見据える。
男はニヤニヤと笑みを浮かべたまま、
「なんだァ? 言いてえことがあるなら言ってみろよ、新入りくぅん」
いやあ、特にはないんだけどね。
ただ、どうやったらそんなにわかりやすく絵に描いたような悪役ムーブをできるのかは、ちょっと聞いてみたかった。
もちろん、そんなことを言ったらなにをされるのかわからないので、俺は黙っていた。
トールと呼ばれた男は、こちらがなにも言ってこないことを見てとると、けっ、と地面に唾を吐いて、
「――つまんねえヤツ。……おい。行くぞ、お前らぁ」
取り巻きの男二人と大勢の女を連れて、どこかへと歩いていった。
その去り際、
「レダ……」
男に抱えられた右側の一人に向かって、飯端さんがそっと小さな声で呼びかけた。
心配そうな声色と顔。
それを見て、レダと名前を呼ばれた女性は一瞬、表情を辛そうに歪ませたが、
「……――」
結局はなにも言葉を口にすることなく、男たちと去っていってしまう。
飯端さんは黙ったまま、その後ろ姿をじっと見つめていた。
彼らを。あるいは彼女を。
その両拳が震えるくらいに強く握りこめられているのに気づいた。
……トールという男とも、レダと呼んだ女性とも。きっと、なにかの因縁や事情があるのだろう。
だからといって、それを容易く聞けるはずもなく、黙って彼女の様子を見守るしかない。
しばらくして、ふう、と深く息を吐いた飯端さんが、
「――変なところに巻き込んじゃった。ごめんなさい」
「あー。いや、別にそんなことは」
彼女は表情を切り替えていたが、顔色は暗い余韻まで拭い去ることができていなかった。
こちらとしては、気づかない振りをしてあいまいに受け流すしかない。
「ほんと、ごめんね。……ちょっと色々ある相手でさ」
「まあ、そんな感じはしたね」
言いながら、去っていく連中の後ろ姿にあらためて視線を向けて――
俺は目を見開いた。
少し離れた場所で、トールがこちらを振り返っていた。
両手に抱いていた女たちをどちらも脇に追いやり、自由になった右手をまっすぐにこちらへと向けている。
「かはっ」
小馬鹿にするような笑い声が、たしかに聞こえたような気がした。
それからの展開は、まるでスローモーションのようだった。
人間が死ぬ間際、事態がゆっくりと見えるだとか、走馬灯がよぎるだとかっていう話を聞いたことがあるけれど、まさにそれ。
遠くに立つトールの右手に、なにかの輝きが生まれる。
徐々にその光は大きく、つよくなっていき……
はっとそれに気づいた飯端さんが、トールへと顔を向ける。
表情を強張らせた彼女がすぐにこちらのほうを見て、俺の前に身体を投げ出すようにして、
「――『火槍』」
「ッ、……『氷槍』!」
瞬間。赤と青の光が視界を灼いた。