五話 影のある美人は好きですか?
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◇
食堂を出た俺は、飯端さんに連れられて街の服屋さんに向かった。
店に入ると、強面のおっさんが店番をしている。
入ってきたのが飯端さんだとわかると、おっさんは途端にその相好を崩して、
「おう、ツカサちゃんじゃねえか。なにか探しものかい?」
「こんにちは、フレッドさん。えっと、こっちの人に、着るものを一通り用意してもらいたいんですけど」
おっさんがこちらを見る。
じろじろと品定めするような無遠慮な視線に、俺は愛想笑いをうかべておいた。
「なんだい。こいつ、ツカサちゃんの彼氏かなんかかい?」
「あはは。そんなんじゃありませんよ。同郷なんで、ちょっとお世話してるんです」
「ふぅん」
服屋のおっさんは胡散臭そうにこっちを見てから、がしり、と俺の肩を摑んできた。
「――おう、兄ちゃん。名前は?」
気のせいかもしれないけどさ。
この世界の人ってヤクザみたいな人が多くない?
ていうか、顔が近いよ。怖いって。
「な、ナオヤですけど……?」
「おう、ナオヤか。よろしくな。俺はフレッドってんだ。ツカサちゃんに迷惑かけたりしたら、俺が黙ってねえからな。それだけは忘れないでくんな?」
「絶対に覚えておきます……」
フレッドさんはにかっと笑って、
「よっしゃ。それじゃあ、適当に見繕ってやるから、ちょっくら待っててくんな。ツカサちゃん、一通りってぇ言うと、外套に靴、それに肌着なんかもってことでいいかい?」
「はい、お願いします」
「あいよ。んじゃ、奥から探してくるから、そのあいだにそっちのほうから選んどいてくんな」
「はーい」
おっさんの姿が奥に消えた。
飯端さんはふんふんふふーんと鼻歌なんかを歌いつつ、棚に置かれた服を手に取り、ためつすがめつしている。
「あ、これ可愛い。ナオヤくん、身長は何センチ?」
「一応、180だけど……」
俺は答えた。
本当は179なのだが、これくらいサバを読んでもいいだろう。
飯端さんの視線が俺の頭上を見て、意味ありげにくすりと笑った。
俺はおもわず半眼になって、
「もしかして、身長とかまで見えちゃってるわけ?」
「ふふ。さあ、どうでしょ? いいんじゃない、1センチくらい誤差みたいなものだし」
……やっぱり見えてんじゃん。
「勝手に【ステータス】が見えるのって、良くないと思うわ」
「私もそう思うー。あ、でもね。身長とかそういう情報は、誰にでも見えるってわけじゃないんだよ?」
「ああ、そうなの?」
「うん。名前とかLV。それに職業なんかは、無条件で見えちゃうんだけど。身長とかは、相手と最低限仲良くならないとオープンにならないの」
「へえ」
「さっき、私とナオヤくんが知り合いになったから。それで情報が解禁されたって感じかな」
なるほど。
「どこまで情報が開いたかで、相手との関係性がわかるってことか……」
俺のつぶやきに、適当に棚から取り出した服を両手に、いろんな角度から見比べていた飯端さんの手が止まった。
「それもあるんだけど。……えっと、ナオヤくんには、【通知】って来なかった?」
「通知? 誰から?」
飯端さんは困惑した様子で、
「それは私もよくわかんないんだけど。……強いていうなら、世界?」
ずいぶんとスケールのでかい話になってきた。
「別に、なんの通知もなかったと思うけど。それがどうかした?」
「うーん……」
飯端さんが真剣な表情で考え込んだ。
ちらっとこちらを見て、
「あのね。さっき、私とナオヤくんが握手したでしょ?」
「うん」
「あの時、私のほうには【通知】が来たんだよね。ナオヤくんとの関係が、【他人】から【知り合い】になったっていう」
なにそれ。初耳なんだけど。
「ナオヤくん、今までにそういう【通知】って受けたことある? 具体的には、この世界にやってきてから」
「まったくもって、身に覚えがございません」
通知なんてものがあることだって、今知ったくらいだ。
返答を聞いて、飯端さんはさらに真剣な表情になって、
「……やっぱり、ナオヤくんって変わってるかも」
「いやあ、それほどでも」
俺のボケにも彼女は反応してくれず、
「……多分、【ステータス】が見えないってだけじゃないんだ。システム通知が来ないってことは、どういうことなんだろ。もしかして。いや、でも――」
ぶつぶつと一人の思考に入ってしまう。
取り残されてしまったので、仕方なく、俺はそのあたりの棚を物色することにした。
身近にある一枚を適当に手に取ってみる。
外套っていうのはこれのことだろうか。
なんの生地かはわからないが、手触りから少なくとも化学繊維ではないだろうということはわかる。
触ってみてわかるのは、それだけではない。
……これって、古着だよな?
別に、贅沢を言えるような身分じゃないことはわかってるつもりだけど。
それとも、この世界じゃこういうのが普通なのか?
元いた世界でも、ヴィンテージとかそういうのがあることはもちろん知ってはいる。
こっちの世界の衛星事情とか、そのあたりの話がわからないから、ちょっと不安に思う気持ちはあった。
「あ、ナオヤくん。それが気に入ったの?」
いつの間にか、物思いから復活したらしい飯端さんがこちらを覗き込んできていた。
「こっちもいいと思うんだけど。どう?」
彼女は素直に買い物を楽しんでいるらしく、色々と手に持っては比較用に見せてきてくれる。
ふと、俺は自分の今の格好に目を落として、
「あのさ、飯端さん。俺が今着てるこの服って、どこかで売れたりするのかな」
彼女はびっくりしたように、
「いきなり、どうしたの?」
「いやー。俺って、手持ちがないわけじゃん? 飯端さんに借りるにせよ、少しでも自分でどうにかした方がいいかなって」
異世界の服なら、ちょっとは高く買い取ってもらえたりしないだろうか。
「売れるとは思うけど……」
俺の思い付きを聞いて、飯端さんは眉をひそめた。
すぐに頭を振って、
「でも、止めたほうがいいと思うな」
「どうして?」
「勿体ないもん」
飯端さんは言った。
「売っちゃったら、もう二度と戻ってこないんだよ? 元の世界の持ち物は、なるべく手元に残しておいた方がいいと思う」
そんなもんだろうか。
愛着があるってわけでもないし、別に気にならないんだけどな。
俺が首を捻っていると、飯端さんはなにかを思い出すような笑顔を浮かべて、
「私は、それですっごく後悔したから。ナオヤくんには、同じ思いをして欲しくはないかなぁ」
そういう彼女は寂しげで、同年代とは思えないくらい、ひどく大人びた表情をしていた。
不意にみせられたそんな表情に、俺は言葉をうしなってしまう。
まずい。
なんとなく気まずい雰囲気になってしまった。
「――わかった。じゃあ、こうしよっか」
そんな雰囲気を吹き飛ばすように、飯端さんが、ぱんっと手を叩いた。
「私がナオヤくんにお金を貸すから、その代わりにナオヤくんの持ち物を預かっとくの。それで、貸したお金を返してくれたら、その時に預かってたものを返してあげる」
ふむ。
ようするに、質草って感じかな?
借金の担保として、自分の服を質に入れておく。そういうことだろう。
「そうそう。それでどう?」
「そりゃ、飯端さんがそれでいいなら、こっちとしては願ったりもないけど……」
「よかったあ」
飯端さんはにっこりと満面の笑みを浮かべて、
「じゃあ、そうしよ。ほらほら、どれがいい? せっかくだから、一番気に入ったのを買っちゃおうよ」
自分のことのように嬉しそうに服選びを再開する。
そんな相手に急かされるように、俺も自分の服を選びながら、
――この子は、いったいどのくらい前にこの世界にやってきたんだろうか。
ふと、そんなことを思ったのだった。
服屋のおっさんが奥から戻ってきたころには、俺は外套やその他のものを選び終わっていた。
「おう、試着してこいや」
あごでしゃくられ、試着室へ。
肌着に、ちょっとした民族衣装みたいな上下。巻頭衣じみた外套に靴下、革靴まで。
渡された一式に身を包んでから戻ると、
「おー、似合ってるね!」
「馬子にも衣装ってやつだな」
……馬子にも衣装って、誉め言葉だっけ?
とはいえ、悪い気はしなかった。
飯端さんは、俺が持っているシャツやスラックス、それにスニーカーなどの一式を見てから、
「フレッドさん。なにか袋みたいなの、もらえますか?」
「おうよ」
おっさんはすぐに戻ってきた。
手渡された大きな革袋に俺が自分の服装を入れると、「はい」と飯端さんが手を伸ばしてくる。
「え? いや、いいよ。自分で持つし」
「ううん。この場所で預かっちゃうから、渡して?」
飯端さんはさらりとそう言うと、俺から服装の入った革袋を受け取って、
「収納」
そう言った瞬間、彼女の手に持っていた革袋が忽然と姿を消した。
……え。今のなに?
あまりの出来事に俺は言葉もない。
なんなら、この世界にきて一番の驚きだった。
そんな俺の様子をみて、飯端さんはちょっと得意そうに胸を張り、
「ふふん。便利でしょ?」
「いや、便利すぎるでしょ……」
なんだ、今の。
魔法か? この世界ってそういうのもアリなのか?
「まあ、似たようなものかな。そのあたりも、追々に説明するとして……」
服屋のおっさんに支払いをしながら、彼女はにこりと微笑んできた。
「買い物がすんだら行こっか。私がお世話になってる人たちのこと、紹介するね。そこで説明しなきゃいけないこともあるし、ナオヤくんから聞きたいこともあるでしょ?」
それは本当にその通りだった。
聞きたいことが増えすぎて頭が破裂してしまいそうになる前に、どうか質疑応答の時間をいただきたい。
服屋のおっさんに礼を言って、俺と飯端さんは店をでた。
向かう先は、彼女が今現在お世話になっていて、普段の宿にもしているお店ということだった。