一話 いわゆるひとつの異世界転移。本当に?
本日更新分 1/5です
「もしかして、異世界からいらっしゃった方?」
ぼけっと空を見上げていたら、横合いから声をかけられた。
振り向くと、そこにいるのは品のよさそうなお婆さん。
どう見ても日本人じゃない顔で、日本語を流暢にあやつって、にっこりと微笑みかけてきている。
その外見のギャップと、なによりもかけられた言葉の内容に、
――あ、やっぱりそうなのか。
すとんと腑に落ちる思いで、自分の置かれた状況を理解してしまった。
異世界転移。
まあ、そうだろうとしか思えない状況ではある。
なにしろ、街の光景は見るからに、住んでいる海沿い街のそれではないし、道行く人々は日本人どころかどう見ても人間じゃなさそうな外見の人(?)まで闊歩している。
きわめつけは、空。
底抜けに晴れた青空に、太陽が二つ浮かんでいた。
……映画とかだとよくあるけど、実際に見ると違和感がすごい。
「えーと。多分、そうみたいなんですけど。どうしてわかったんですか?」
「ふふふ。だってほら、お召し物が、ね?」
言われて、自分の恰好を見下ろしてみる。
シャツとスラックスという、いたってありきたりな恰好なのだけれども、たしかに周囲の景色からは浮いているかもしれない。
実際、周囲からはさっきからじろじろと不審そうな眼差しが向けられていた。
「……すみません。俺みたいなのがやってくるってことはよくあるんですか?」
「そうね。この季節になると、たまに見かけるかしら。雨上がりによくいらっしゃるなんて話も聞くけれど」
異世界人、雨上がりのタケノコ説。
「そうなんですね……。あの、こういう場合って、どこに行ったほうがよいとかありますか?」
異世界からの来訪が珍しくないのなら、そういう事態への対応も周知されているかもしれない。
とりあえず、問答無用でお縄につくとかそういう展開ではなさそうだけど。たまにあるじゃん? そういうの。
「そうねえ。異世界からいらっしゃった方は、まずは組合に向かうようにって言われてるかしら」
「組合?」
「ええ。大昔、異世界からいらした人が立ち上げたそうよ。同じような境遇の人たちの保護や、相互扶助を目的としてね」
うお、なんて素晴らしいアイデア。
やるじゃん、名も顔も知らぬ異世界の先達がた!
「その組合って、近くにあります!? あ、この街にもあるんでしょうか」
「もちろんよ。ここから、ちょっと歩くけれど……。よかったら、案内しましょうか?」
お婆さんはにっこりと、そんなことまで言ってくれた。
「本当ですか? お言葉に甘えちゃってもいいでしょうか」
「ふふ、もちろんですよ」
それにしても、とお婆さんはこちらを見て、不思議そうに首を傾げる。
「……なんだかあなたは、他の異世界からいらっしゃった方とは随分と感じが違うわねぇ」
「え、そうですか?」
「ええ。だって――今も、ほら。そんな風に、わたしと目を合わせてくれるじゃない?」
……?
言われた意味がわからなかった。
目を合わせる?
そりゃ、誰かと話すときに相手と目をあわせる――というか、相手の顔を見るのは普通だろう。
それとも、この世界じゃ目をあわすのは失礼にあたるとかなのか?
異世界特有の風習的な?
「……すみません。あんまり、知らない人とは目を合わせないほうがいいんでしょうか」
恐る恐るたずねてみると、お婆さんはきょとんとしてから。くすくすと笑った。
「そんなことはありませんよ。これからも、是非、そういう風にしてもらえたほうがいいと思うわ」
「はあ……」
「組合のある建物はこっちですよ。ついてきて?」
そう言って、お婆さんは歩きはじめる。
なんだか、さっきよりご機嫌な感じだった。
……なんだろう。異世界人はよくわからん。
相手の反応を不思議に思いながら、そのあとを追いかけた。
目的の建物への道すがら、お婆さんは色々なことを教えてくれた。
ここがコルナハという街であること。
ラタニアという国のなかにあるらしいこと。
けっこう歴史があるらしく、中央を流れる川をつかって商業も盛ん。人の出入りも多い、大きな街らしいこと。
「国ってことは、やっぱり王様とかいるんですか?」
「もちろん。あなたのお生まれでは、王族の方はいらっしゃらないの?」
「あー。いや、そういうわけじゃないんですが……」
なんというか、説明が難しい。
様々な国の在り方やその歴史について、いったいどうやって説明したものか悩んでいるうちに、お婆さんの足が止まった。
「ほら、ここよ」
いつの間にか、三階建ての建物の前に立っていた。
建材こそまわりと同じ煉瓦製だが、どこか異様な佇まい。まさに「聳え立つ」といったような、周囲を威圧するような雰囲気があった。
両開きの扉にかけられた看板には、ミミズののたくったような文字が書かれていて、「GUILD」という英文字だけが理解できた。
おー、ギルドだ。
いわゆる冒険者ギルドってやつだろうか。
ってことは、異世界から来た人間は冒険者になるのが普通なのかな?
参ったな。
俺も冒険者デビューかぁ。
「それじゃあ、わたしはこれで。気をつけてね」
「あ、はい。ありがとうございました!」
そのまま去っていこうとするお婆さんの後ろ姿を見送りかけてから、はたと気づいた。慌てて追いかける。
「……すいません!」
「あら、どうかしたの?」
不思議そうにこちらを振り返るお婆さんに、
「あの、名前を――。俺は、ナオヤっていいます。お名前を伺ってもいいですか?」
俺が言うと、お婆さんは驚いたようにおおきく目を見開いた。
ええ、なんだこの反応。
異世界人の地雷がまったくわからない。
「……あなた、わたしの名前を知りたいの?」
お婆さんはじっとこちらを見て、たしかめるように訊いてきた。
「ええ。その、また後日、お礼ができたらなあって――」
嘘です。
本当は、名前を訊けていればまたどこかで会ったとき、助けてもらえるかもなあって打算からでした。
姑息といって笑わば笑え。
せっかくできた異世界のコネなんだから、活用できるならしていくべきだ。
だが、そんなこっちの本心を見通そうとするかのように、お婆さんは黙ったまま、こちらを凝視し続けている。
さっきまでの穏やかな笑みも鳴りをひそめて、なんだか異様な迫力があった。
いまさら、「やっぱりいいです」と引き下がるわけにもいかず、かといって目をそらしたらやましいことがあると思われそうで、ビビりながらも相手の眼差しと相対していると、
「――本当に、変わってるのねえ」
ふっと、お婆さんの表情から力が抜けた。
「わたしはユノよ。よろしくね、ナオヤ」
「あ、はい! ユノさん、道案内ありがとうございました」
「いいのよ。散歩の途中だったから。それじゃあ、また会いましょう。色々と大変だろうけれど、頑張ってね」
「はい!」
にっこりとこちらに微笑みかけて、ユノさんは街の雑踏のなかに去っていった。
その姿が完全にに消えるのを待ってから、ふうっと息を吐く。
……異世界人って、なんか怖い。
だが、これで知り合いゲットだぜ!
このコネが将来なにかの役に立つこともあるだろう。
達成感を胸に、背後を振り返る。
そこにはやけに迫力ある風情の建物が聳え立っている。
――さあ、次はこっちだ。
噂の冒険者ギルド(多分)がいったいどんなものか、体験させてもらおうじゃないか。
やたら重い木製の扉を押しひらき、建物のなかに足を踏み入れた。