4条5丁目 みんなで走れば……
8月30日木曜日。
新本郷80条25丁目、本郷市営新本郷第一陸上競技場に集合したのは、男子女子陸上部のメンバーと、生徒会のメンバー。
今日は、陸上部の3年生が引退する大事な日。短距離メンバーは100m、長距離メンバーは3000mを走り、記録を取る。
最初に走るのは短距離メンバー16人。キリカちゃんがカメラを構える。
とべけん、大丈夫?今日走れそう?
「正直に言うと、状況がよく分かっていない」
男子の長距離メンバーに混ざって、とべけんも3000mを走ってもらいます。
「……」
なんか不安そうな表情だね。
「走れそうな気がしない」
大丈夫だよ、ハナ先輩が付いてるからね☆
「……」
こーやんとキリカちゃんも付いてるからね☆
「……」
「短距離メンバー、終わりました」
キリカちゃんが戻ってきた。ここからは、男子長距離メンバー9人による3000m。そのメンバーと一緒に、とべけんも走る。
2年前に失った陸上への情熱を、取り戻してもらう。
スターターはこーやん、記録係は末吉ちゃん。
位置について、よーい、スタート!
「とべけん先輩、400m、1分04秒」
最初の1周が終わって、まずまずのタイム。男子メンバーの中で3人目。
この調子なら、9分台くらいでフィニッシュできそう。
「結局、戸部先輩は何が問題なのでしょうか」
キリカちゃんの素朴な疑問。正直よく分かんないけど、「傘」がトラウマになってるみたいだから、傘を持ってる人がいなければ大丈夫なんじゃないかな?
新本郷は雨が降らないから傘なんかないし、日傘っていう文化もないみたいだし。
「なるほど……そういうことですか」
そういうことです☆
「800m、2分36秒」
2周目、とべけんはペースを維持して……いや、ちょっと落ちてる?
この調子だと、9分台フィニッシュは難しいかも……
「2年間走ってないとべけん先輩だからな。多少遅くても問題ない」
こーやん、良いこと言った!
2年振りにタイムを測るとべけん。完走すれば万々歳、タイムは二の次。
でも、ちょっと苦しそうに見えるのはハナ先輩だけでしょうか?
事件が起きたのは、3周目だった。
1000mを通過したところで、とべけんがコースアウト。
なんかすっごい息が荒いけど、大丈夫?気のせいだよね?
「……はあ、はあ、……はあ、」
ごめん、気のせいじゃなかった。保健室行く?
「しばらく、やすんだら、なおると、おもう」
保健室行こうか。
保健室……じゃなくて医務室に行き、ベッドで横になるとべけん。
医務室に入ったときは過呼吸っぽかったけど、5分くらい休んだら、元気になったみたい。
一個確認なんだけどさ、とべけんって、傘が怖いんじゃないの?
ここは新本郷だし、傘を持ってる人なんかいなかったよ?
「……」
捲し立ててごめん。
「……傘が怖いわけではない」
そうなんだ。何が怖いんだろ?
「強いて言うなら、走るのが怖い。一人なら平気だが、大勢で一緒に走るのが怖い」
そうだったんだ……そうなのかな?よく分かんない。
「ハナ先輩、様子はどうですか?」
末吉ちゃんが走ってきた。様子はご覧の通りです。
「元気そうですね」
今は元気だね。さっきまで死にそうな顔だったけど。
「結局、とべけん先輩は走れるんですか?走れないんですか?」
どうなんだろうね。ハナ先輩もよく分かんない。急に過呼吸になったと思ったら、急に治ってたし。
「病院行きます?」
病院……何科なんだろう?
と、そんな話をしていたら。
「精神科。市民病院の、精神科にかかっている」
2年前の新本郷一周駅伝。1区1.4kmで、観客の傘が直撃したとべけん。
その時は外科を受診して、問題ないとの診断を受けたんだけど、次の日から、陸上部の練習に参加するのが怖くなった。
男子部の練習で、みんなと一緒に走るのが怖い……とべけんは、男子部の練習に参加できなくなった。
市民病院の精神科を受診し、与えられた診断は……PTSD。
「それ以来、誰かと一緒に走ったり、自転車で並走するのが怖くなったんだ」
とべけんはそのまま男子部を退部し、夏休み明けの9月、女子部のマネージャーになった。
夏休み明けに「陸上が好きだからマネージャーになりたい」と言って、女子部の練習に入ってきたとべけん。そういう経緯があったんだね。
男子長距離メンバーの記録会は、最後の久保くんが10分14秒でフィニッシュして、競技終了。
とべけんは……途中棄権で記録なし。
女子の記録取るけど、とべけんどうする?一緒に走る?
「一緒に走るのは無理だが、記録を取るならできる」
了解。女子部のマネージャーとして、ちゃんと記録取ってね☆
女子のトップは、ハナ先輩でした。
全員がフィニッシュするまで記録を取ってくれたとべけん、ありがとうございました!
これで私たちは引退だけど、PTSDの治療は、頑張ってください!
「了解」




