英雄は帰還する 2
「久しぶりだね」
「そうですね。お会いするのは何年振りでしょうか」
「僕がアカデミーを卒業してからずっと騎士団にいたから、最後に会ったのは……二年前かな」
彼からムスクの香りがする。
私の記憶にある彼は回帰する前も今も、彼の言った通り卒業後、騎士団に入り、遠征に行く前の彼だ。
「綺麗になったね」
綺麗? くたびれたドレスを着て、美容になんて手間も時間もかけていない私が? 綺麗に着飾ったカルミアの横にいたなら誰も私を綺麗だなんて言わない。
美容もドレスにも手間も時間もかけているのはあの子だ。
そんな言葉は聞きたくない。
惨めになるだけだ。
「……ありがとうございます。ヴュート様も随分背が伸びて素敵になられましたね」
礼儀上そう言うと彼は少し目を見開いて、頬をピンクに染めた。
その表情に驚く。
「そ……そうかな」
なぜ照れる⁉︎
褒められたなら、褒め返すでしょう⁉︎
っていうか、褒め言葉なんて慣れてるでしょうに!
実際彼はジャケットの上からでもわかるほど均整のとれた体つきをしていて、同年代の男の子達と比べても随分出来上がった体躯だ。
回帰前は彼の噂を嫌と言うほど聞いた。
端的に言えば、整った顔立ちに冷ややかな印象で女性が騒ぐと言ったものだったと思う。褒められて照れている彼なんてとても想像できない。
ひょっとしたらこの先の一年の間。聖剣を手に入れるまでの過酷な環境が彼をそうさせたのかもしれない。
いずれにせよ、彼は聖剣を手に入れる。
きっとアカデミーを卒業したら騎士団に戻るだろう。
もしくは、強制的に戻される可能性もある。
一年後、強力な魔物が現れた時が聖剣を手に入れたタイミングだったと記憶している。
結局のところ、聖剣は選ばれた者しか手に入れることができないのだから、結果は変わらない。
「最後に君に会った時、目線はほとんど変わらなかったけど、時間の流れを感じるよ」
ひょいとしゃがんで私の顔を覗き込み、視線が近距離でぶつかり合う。
その吸い込まれそうなダークブルーの瞳に思わず一歩下がった瞬間、小さな石にバランスを崩した。
「あっ……」
「ジア!」
彼が私の腰に手を回して支えたことにも驚いたが、発した言葉に驚きを覚える。
「ジア……?」
それは亡くなった母や祖母が幼い頃私を呼ぶときに使っていた愛称だ。
「あ、……ごめん。不快だったかな」
「いえ……、驚いただけで」
「じゃぁ、これからそう呼ばせて」
にこりと笑った彼の顔に胸が大きく跳ねた。
「それは……」
「指輪、してないんだね」
にこりと微笑んだまま、視線はそのままに左手を持ち上げ、本来婚約指輪があるべき薬指に彼がキスを落とす。
その仕草にまた心臓が早鐘を打つと同時に頭の中に警鐘が鳴り響く。
「指輪は……、今サイズ直しに出すようにしておりまして……」
「あぁ、九歳からだもんね。僕も何度サイズ直ししたか覚えてないな。早く『ここ』に戻って来ればいいのに」
私の薬指を見つめながらそう言った彼の指には揃いの指輪が嵌めてある。
その時、彼が立っている足元に白いハンカチが落ちているのが目についた。
「ハンカチが……」
私たちが来る前は無かったように思うので、おそらく彼のもので間違いはないだろう。
そのハンカチに手を伸ばすと、一瞬呼吸が止まった。
「これは……」
そこに刺繍してあった覚えのある紋様に息を呑む。
あの日、目の前で踏み躙られた『それ』だ。
真っ白いハンカチに少しほつれた金と紺の刺繍糸。
彼の無事を祈って刺した、『加護の紋』だ。
幼い頃の私の魔力ではこれが限界の大きさだった。
その後贈ったカフスも、タイピンも、ネクタイもありとあらゆる加護の紋を贈ったけれど、緻密であればあるほど、魔力の消費は大きく、大したものを作れてはいなかっただろう。
それでも込めた思いは本物だった。
「あれ、いつの間に落ちたんだろう。また失くすところだったよ、ありがとう」
慌てたようにハンカチに手を伸ばしたヴュートにそれを差し出す。
その時、一人のメイドが声をかけてきた。
「ヴュート=シルフェン小公爵様! ソルト公爵様が今後のことについてお話ししたいそうですが、よろしいですか?」
このメイドはカルミア専属のメイドだ。おおかたあの子に言われて来たのだろう。私に一言了承を得ないところがまた彼女らしい。
「ちょっと行ってきてもいいかな、ジア」
申し訳なさそうに言う彼になぜか調子を狂わせられる。
まるで引き留めて欲しいかのように甘えてくる子犬のようだ。
「もちろん……。問題ありませんわ」
そう言うと彼は残念そうに「では、後程」と言って、流れるように手の甲にキスをしてメイドと去っていった。
「……何あれ……。あんな人だった……?」
彼との手紙のやり取りは最近までずっと続いていた。
けれど回帰した私にはもうすでに二年前で手紙のやり取りは止まっているのだ。
いつも手紙の最後には「早く君に会いたい」と綴られていた。
その言葉を信じて待つ日々は辛くても光があった。
いつの日からか届かなくなった手紙は、それを伝える気持ちがなくなったからか、それとも伝える相手が変わったのか……。
回帰前、二年間ほとんど届くことのなかった手紙。
カルミアが彼とやり取りをしていたのだろう。
あんなに綺麗で可愛げのある妹なのだ。私と連絡を取るよりよっぽど楽しかったのだろう。
とりあえず自室に戻ろうと廊下を歩いていると、少し離れた場所にある応接室から父とカルミア、シルフェン公爵様が部屋から出てきた。
「それでは、私は所用がありますので、後のことはヴュートに任せてお先に失礼致します。見送りは結構ですよ」
「とんでもない、お見送りはさせて頂きます。わざわざお越しいただきありがとうございました。フリージアと母をよろしくお願い致します」
「公爵様、お姉様はいらっしゃらないけど、私がお見送り致しますわ」
カルミアがうふふと微笑みながら公爵様に寄り添って、私のいる方向と反対の玄関へ三人で消えて行った。
いや、見送りするなら声かけてよ。
そう思いながらも、見送りに行ったら雰囲気を悪くするだけだと思いその場に留まる。
三人の姿が消えたのを確認してから応接室の前を通り過ぎようとした瞬間、少し開いたドアから祖母の声が聞こえた。
「出て行く以上、フリージアは二度とソルト家に戻らせないわ。あの子はこの家にいてはいけない子なのよ」
突き刺さるような冷ややかな言い方に、その言葉に、身体が竦む。
分かっていたけれど、いざそれを言葉で言われると思った以上に傷ついている自分がいた。
この家に自分は不要なのだと、家族ではない、いらない子だと。
「分かっています」
祖母の言葉を肯定するヴュートの言葉も私の足をその場に凍り付かせた。
『分かっています?』
彼は私がこの家にとって不要な子だと知っていたのだ。
惨めなのか、怒りなのか、落胆なのか……自分でも説明のつかない感情から、目頭が熱くなった。
「『二度とソルト家に戻らせない』……ね」
祖母の言葉を思わず反芻した。
こちらも二度と戻るつもりはない。
ヴュートとカルミアが結ばれるならさっさと婚約など破棄して、この家も、シルフェン公爵家からも出ていくわ。
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