暁の魔女と聖女 2
「シャルティ様の浄化魔法すごかったね。僕初めて見たよ」
浄化魔法の披露の後、カルミアが体調不良ということで他に予定されていた聖女のイベントは中止となった。
体調が悪いというよりは、おそらくシャルティ様との力の差を見せつけられて精神的にきているのだろう。
「……私も単体での浄化魔法は初めて見たわ」
あの後、日が沈む前に森を散策しようとヴュートに誘われて森を二人で歩いていた。
浄化の後だからか分からないが、空気が澄んでいるように思う。
「シャルティ様がいればシンガル山の事も心配ないね。実は騎士団長に討伐の参加を要請されていたんだけど、行かなくて済みそうだ」
「……え?」
上機嫌なヴュートが笑顔で言った言葉に固まる。
「あれだけ強力な浄化の力があれば、魔素溜まりも、ヨルムンガンドの討伐も楽勝じゃないかな。それに……」
「で……でも、シャルティ様はウィンドブルの聖女様よ。大事な聖女様をそんな危険なところに派遣してくれるかしら?」
「聖女や暁の魔女に関しては協定があるはずだけどなぁ。国によっては次代の聖女が産まれない場合もあるから派遣したりして。もちろん莫大なお金はかかるけどね。それでも魔物の討伐費用や、騎士達の負担や失う命を考えたら安い方だよ」
「……でも、うちには『カルミア』が」
「あんな強力な浄化を見せられたら、陛下も神官長も黙ってないと思うけど」
ヴュートは、うーんと考えているけれど、そんな呑気に構えているものではない。『ヴュートが魔竜を討伐するということ』に、聖剣がかかっているのだ。
「じゃ、じゃあ、シャルティ様が行かれるとしても、ヴュートも同行してはどうかしら。万が一にでもシャルティ様のお力をお借りできるとなったら、警護は万全でないと! 国内一とも言われる貴方がいれば百人力だわ……!貴方が行かなくて、誰が……」
――誰が聖剣を手にするの?
『最強の騎士』『聖剣に選ばれた勇者』。
その称号は聖剣を手にして初めて彼が手に入れたものだ。
この為に彼は長い間努力してきた筈なのに。
……でも、どうして良いのか分からない。
回帰前は魔竜を倒していたけれど、今回は無事でいられる?
回帰前の魔竜討伐のタイミングも、カルミアの浄化の能力も、騎士団のメンバーも前とは完全に同じではない。
そこに重なる偶然は異なるはずだ。
それとも私が暁の魔女である可能性を打ち明ける?
でも、討伐前にカルミアに命を狙われる危険性も否定できない。
それを回避する為になんて説明するの? カルミアに殺されて回帰したって誰が信じるの?
それに私が暁の魔女と分かった時、怖いのはカルミア『だけ』ではない。
バレないようにこっそり討伐について行って、加護の紋や、試したことは無いけれど、浄化の紋をできるだけ作って発動させて援護する?
魔竜が完全に弱った状態で彼が止めを……?
いいえ、そんなの現実的じゃない。
仮に可能だとしてそれで本当に聖剣が手に入る?
……本当に?
カルミア無しで本当に手に入れられる?
――なぜ彼は聖剣に選ばれたの?
魔竜討伐時の状況が分からないまま手を出して、失敗に終わったら笑い話にもならない。
疑問だけが頭の中をぐるぐると回り、言葉が出てこない。
「ヨルムンガンドは問題なく討伐できると思うんだ。でも、陛下も仰っていたけど……僕に、あんな大物倒せるかな……」
彼の呟く言葉に思わず肯定する。
さっきの陛下の話は途中から朧げだけど、これだけは断言できる。
「魔竜ほどの魔物は貴方でないと倒せないと思うわ」
そう言うと、ヴュートは何故か悲しそうに微笑んだ。
「ヴュート……?」
「フリージア嬢!」
その時、私を呼ぶ声に振り向くと、息を切らしたシャルティ様がアレクス様と立っていた。
「シャルティ様?」
苦しそうに浅い呼吸をしながらも、こちらを見るアメジストの瞳には強い光が宿っている。
「貴方、……いいえ、フリージア様が暁の魔女ではないですか?」
その言葉に一瞬怯んだのが間違いだった。
「……っ。何を仰っているんですか? 私は……聖女判定でも適正ゼロでした。暁の魔女ならそんなことはないと思うのですが」
「そんなはずはありません……。だって、私の浄化の力はあんなに強い光を放つものじゃありません。なぜ……と思った時、思い出したんです。ここ最近、アカデミーで誰もが口にしてた『いつも手伝っているフリージア嬢が神事の邪魔をしてカルミア嬢は聖女の力を発揮できなかった』『神事の前に帰って行った』と」
「……だから何ですか? 私には関係ありません」
気づかれている。
本を読んで、私がもしかしたらと思っていた事を。
今日初めて会ったシャルティ様に気づかれるなんて思わなかった。
「暁の魔女の能力は、世代によって差はあれど……『聖女の力を増強する』。……貴方はカルミア嬢の邪魔をしていたんじゃない、彼女の力を増幅していたのよ」
彼女はそう断言した。
「それだけで決めつけるのは……」
「では、もう一度聖女判定を受けてみて下さい」
彼女は必ず自分の思った反応が出ると自信に満ちた目をしている。
「私は……」
「なぜ名乗り出ないのですか? 貴方一人の力で何人の人が救われ……」
「やめて下さい! 私は『暁の魔女』なんかじゃありません! そんな崇高な人間じゃ……。失礼します!」
体を翻してその場を逃げ出した。
「ジア!」
「フリージア様!」
薄暗くなった森の奥をただ闇雲に走る。
森の匂いと、暗くなってきた森の景色にあの日のことを思い出す。
『貴方が暁の魔女でしょう?』
冷たい目で見下ろしながら、小さく笑ったカルミア。
彼女に飲まされた毒で上手く肺に空気が入らなかった。
動かせない体に、溺れるようなあの感覚。
あの時の恐怖が這い上がる。
尋常でなかったカルミアは、『私が暁の魔女』と分かったら今回だって何をするか分からない。
それだけじゃない。
『世界の平和を取り戻す』
歴代の暁の魔女たちもその為だけに人生を捧げてきた。
……あぁ、私はなんて利己的で卑怯で、臆病なんだろうか。
恐怖からか、疲れからか分からず足が縺れ、地面に倒れ込みそうになったところを抱き止められた。
「ジア!」
ヴュートの温かい腕に支えられ、心配そうに覗き込まれたダークブルーの瞳に視界が滲んだ。
「私は……暁の魔女なんかじゃないわ……。暁の……魔女なんかじゃ」
「……うん」
ぎゅっと抱きしめられたその腕に、さらに涙が滲む。
「ヴュート……、私」
「帰ろう」
「ヴュート?」
「シルフェン邸に帰ろう」
そう言ってヴュートは力強く抱きしめ、私はだだ自分の中にある感情に翻弄されるしかなかった。
――その様子を、遠目から見ている父親に気づかなかった。
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