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父の怒り


 神殿から先に一人でシルフェン邸に帰宅し、図書室で『暁の魔女』について調べていると執事のアンリさんに声をかけられた。


 そろそろ夕食の時間で呼びに来てくれたのかな? と声のした方に視線を上げる。


「フリージアお嬢様。お忙しいところ申し訳ありません。ご紹介したい者がおりまして、今お時間宜しいですか?」


 彼の後ろにはメイド姿の女性が二人立っていた。


「はい、大丈夫です」


 そう言って調べていた本を机の上に置いたまま立ち上がり、彼らに向き合った。

 

「シルフェン邸にお越し頂いた時点で、お嬢様付きの侍女をご用意すべきでしたが、人選に時間がかかってしまい、ご紹介が遅くなり申し訳ありません。今日からお仕えさせていただきます、お嬢様から向かって右側がフィー、左側がレイラでございます」


「フィーです。よろしくお願い申し上げます」


「レイラと申します。精一杯お仕えさせて頂きます」


「初めまして。フリージア=ソルトです。……よろしくお願いいたします」


 フィーと名乗った女性は二十代後半から三十代前半ぐらいのとても綺麗な女性で、赤銅色の髪を結い上げ、ふんわりとした柔らかい笑顔で微笑んでいた。

 対して、レイラと名乗った女性は、二十代前半の、真面目そうな感じで、栗色の髪、背が高く、切長の綺麗な榛色の瞳の「凛々しい」という言葉が相応しい綺麗な顔立ちをしていた。


――なぜ、この人が侍女を……⁉︎


 レイラと名乗った女性を私は一方的に知っていた。

 会うのは今日が初めてだが、彼女のことはずっと前から知っていた。


「あの……」


 コンコンコン。


 その時、図書室のドアをメイドの1人がノックした。


「アンリ様、ソルト公爵様がフリージアお嬢様に会いたいといらっしゃってますが……」


「ソルト公爵が?」

 

 父が?


「はい、物凄い剣幕で、お嬢様を『早く連れてこい』……と」

 

 そう報告してくれたメイドは、顔色が明らかに悪く、これは父の機嫌が相当悪いのだろうと容易に推測出来た。


 お昼にカルミアにアカデミーで、「お父様がソルト家に寄るように」と言っていた。


 どうせカルミアの課題を押し付けられるだけだろうと当然ワザと無視をして行かなかったのだが、先ぶれも無く、ここまで乗り込んでくるとは……、と自分の父親の常識のなさに恥ずかしくなる。


「フリージアお嬢様、お会いになられますか?」


「はい?」


 会わないという選択肢があるとは思わずアンリさんに聞き返してしまった。


「もうすぐ、ご夕食の時間ですし、無理にお会いにならなくても宜しいかと。私が対応いたしましょうか?」


「いえ、でも……」


「フリージアお嬢様は、いずれシルフェン公爵夫人となられるお方。そしてここはシルフェン家です。主人が不要と思った際の対応は私が致します」


 そう言ってにこりと微笑んだアンリさんの言葉の意味を知る。


 同じ公爵家といえど、『格』も『歴史』も違う。


 先ぶれなく来た上、明らかに怒鳴り散らす気満々な、『ソルト家の無礼は許されない』ということだろう。



「……お心遣い感謝いたします。でも、いずれは解決しなければいけませんので、私が参ります」


「まだ、ヴュート様もお戻りでございませんが、お一人で行かれますか?」


 彼はきっと今頃カルミア達と楽しくお茶をしているのではないだろうか。


「いいえ、一人で」


「では、私達もご一緒に」


 そう言ってフィーさんがにこやかに言ってくれた言葉に勇気をもらって、応接室に向かった。




✳︎✳︎✳︎

 

「失礼いたします。お待たせして申し訳ありません」


 後ろから、レイラさんがティーセットの載ったワゴンを引いて入ってくる。


 父は、こちらが挨拶したにも関わらず、窓の前に立って外を眺めていた。


 明らかな不機嫌なオーラが漂い、ため息をつきたくなる。


 呼びつけたクセに無視とは……。


 そう思いながら父の立っている窓際に近寄り、再度声をかける。


「お父様、大変お待たせして申し訳ありません。本日はどのような……」


 その瞬間、左頬に衝撃が走ったと同時に破裂音が聞こえ、一瞬目の前が白くなる。

 くらりと目眩がし、体のバランスが崩れ、床に倒れ込みそうになるところを誰かに支えられた。


「お嬢様!」


 耳元で聞こえたその声に、レイラさんが抱き止めてくれたのだと気づく。


「フリージア! あんな事をしでかしておいて、よくもまぁ堂々と私の前に立てたものだな!」


「あんな……事?」


 家に寄らなかったことがそんなに癪に触ったのだろうか。

 どうせ、言いつけられる事といえばカルミアの課題やそれに付随する何かだ。


 

「神事だ! わざと失敗しただろう⁉︎」


「……何を言って……」


 ジンジンとする左頬に手を当てながら、父を見上げた。


「そんなにカルミアが憎かったか? 今日はヴュート殿も一緒だったそうだが、カルミアに心奪われる姿をそんなに見たくなかったか? そんな事で自尊心を満たして満足か⁉︎ そんな卑しい心だから誰もお前を好きにならんのだ!」


 ざわり、と足の先から不快なものが駆け上がり、呆然と父を見た。


 今、父は「誰もお前を好きにならない」と言った。


 そんな事分かっていた。


 家族で出かける行事に私はいつも行けなかった。

 会話も、私には入れない内容ばかり。

 食事が別々も頻繁だ。

 私が話しかけようとすると、父はいつも鬱陶しそうにこちらを見て、去っていった。


 好かれていないことは分かっていた。


 それでも、言葉にされなかったことに唯一……、縋り付いていた自分に気づく。


 ただ、父に笑いかけて欲しかった。

 優しく名前を呼んで欲しかった。



「何か言うことはないのか」


 そんな希望を叩き潰すように、父の目は冷ややかに私を見下ろし、彼の中で唯一の可愛い娘、「カルミア」が恥をかかされたことに憎しみを滾らせた瞳で私を見ていた。




「ソルト公爵……私は、いつも通りの手順でやりました」


「なんだと?」


 敢えて父とは言わず、公爵と呼ぶ。

 

 ピクリと眉根を寄せ、口答えした私を睨みつけた。


 そうよ……。

 自分らしく生きていくって決めたじゃない。


 愛してくれない家族に執着したりしないと。


 私の人生を歩いていくと決めたはずだ。


 家を出てからの温かいこの世界で緩んでいた自分に気づく。


 こんな男、父親などではない!

 


「……私は、いつも通りやりました。もし、何かミスがあって『女神の祝福』がなされなかったのだとしたら、もう一度準備段階から見直しすればよかったんです」


 レイラさんの腕の中から立ち上がり、彼の前に立つ。


「貴様は先に帰っただろう!」


「カルミアは、『自分も出来る』と言っていました」


 その言葉に一瞬ためらいつつも、「カルミアはまだ十四歳の子供だぞ!」と語気を荒げた。


「十二の時からカルミアの神事の準備は全て私がしてきました!」


「……っ! 生意気な!」


「いい加減、カルミアを甘やかすのは止められては如何ですか?」


 


 そう言った瞬間、彼が振り上げた手に、身構えるも、レイラさんが振り下ろされる腕を止めた。


「お止めください。ソルト公爵様」


「離せ、侍女風情が。邪魔をするな!」


「いいえ、離しません」


 父の剣幕に一切引かないレイラさんの落ち着きに苛立ったのか、父が『炎』の文様を手に描いたのが見えた。


 他人の家でそんなものを発動するなど、正気の沙汰ではない!


 しかも、私が「彼」を煽ったのに、レイラさんを巻き添えにするわけには行かない。

 


「止めて下さい!」


 思わず飛び出して。レイラさんの前に立ち、『氷壁』の紋様を描くも、一拍遅かったことに気づく。

 


 

――これでは防ぎきれない……。

 


 そう思い、炎が氷壁を突き破る事を想像し、目を閉じるも、何も起きなかった。



恐る恐る目を開けると、目の前には父ではなく……。



「ソルト公爵……。これはどういう事でしょう」



 背後からでも分かるほど怒りを湛えたヴュートがいた。


 

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


面白い、続きが気になると思って頂けたら、励みになりますので、ブックマーク、下の★★★★★評価をしていただけたら嬉しいです。

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