油断 2
フリージアが、僕の為にサンドウィッチを作っていてくれた事に、湧き上がる幸福感を噛み締めていたところ、地獄に叩き落とされた。
今、彼女は『マクレン』、と呼んだ上敬語も無しで親しげに彼を見た。
ハッとした彼女の表情は一瞬にして青ざめる。
知り合いだった?
いや、マクレン=ヴェルダーからはそんな素振りは全く感じなかった。
以前、オリヴィアから幼い頃のフリージアは下町で平民とよく遊んでいたと聞いたことがある。
その頃にでも出会ったのだろうか?
マクレン=ヴェルダー本人も父親の仕事柄色んなところに行っていると話していたし、二人が幼い頃出会っていた可能性もある。
僕が初めて会った時の活発なフリージアは鳴りを潜め、貴族令嬢らしくなって、マクレンは気づいていないのかもしれない。
だからこそ、さっきの二人が「初めまして」と挨拶した時のフリージアの表情に納得がいく。
『泣きそうな程の切ない目』は、彼女だけが彼を覚えていた切なさか。
更には、消えることのなかった『彼女が彼女らしくあった頃』の恋心か……。
考えれば、考えるほど落ちていく心を何とか持ち堪えようと踏ん張る。
今度は足掻くと決めたじゃないか……。
必ず手に入れると……。
そうだ、彼女とあれ以降縮められなかった距離を詰めるチャンスじゃないか。
「……僕もジアに友達ができるのは良いことだと思うよ! アカデミーなんだから、マクレン殿やオリヴィア当人が許可してるんだし、敬称敬語無しでいんじゃないかな。『ジアと僕』も敬語無しだしね」
そう言うと、彼女は目は完全に泳ぎ、乾いた笑いを溢しながら、「は……はは。そうです……じゃなくて、そうね」と同意した。
「え、じゃぁ、僕も敬称、敬語なしでヴュート様に呼んでもらえるってことですか⁉︎」
マクレン=ヴェルダーが嬉々として言う。
お前はどうでも良いんだよ! と思いながらも……。
「多分、……さっきから無くなってるけどね」
と、事実を告げた。
「じゃぁ、僕も! ……いや、しかし、憧れのヴュート様に敬称敬語なしのハードルは自分には高い……。うーん」
と勝手に悩んでいるマクレン=ヴェルダーに「好きにしてくれ」とだけ言って、彼のナプキンの上に取り分けられたフリージアのお手製サンドウィッチと、僕の作ったケークサレを取り替えた。
何で僕の為にジアが作ってくれた物をお前が食べるんだ!
と心の中で責めながら。
「そういえば、フリージアは今年の王家主催のピクニックに行くの?」
唐突にオリヴィアが食べ終わったナプキンを片しながら私に言った。
「もうそんな時期?」
「そうよ、ソルト家は毎年来ているけど、フリージアは最後に来てからもう随分参加していないでしょう? 今年はどうするのかなって。シルフェン家と一緒に参加するの?」
オリヴィアのその言葉にチラリとヴュートを見た。
毎年父や義母、カルミアが参加するときは、私は決まって祖母と一日中篭って勉強だった。
息の詰まるような授業が嫌で、祖母もみんなでピクニックに行けば良いのにと思っていたけれど、「人の多いところは疲れる」と言って参加していなかった。
最後に行ったのはいつだったか。
恐らく祖母と参加したはずだが、記憶になく、どこぞの令息に、「イタズラをした」のを怒られた件が恐らく最後だろう。
「どうする? ジア。行く?」
「え?」
私に訊く?
私の顔を覗き込むように問いかけたヴュートはいつの間にか上機嫌だ。
王家主催のピクニックに、私と同じく良い思い出があるのかもしれない。
「あ、僕達アカデミーの生徒も行くよ」
そう言ったマクレンに視線を移す。
「確か、ピクニックは国内の貴族の集まりじゃなかった?」
「フリージアやヴュートは最近参加してないから知らないと思うけど、三年前からアカデミーの学生も参加できるようになったのよ。優秀な人材がたくさんいるから、貴族側として将来有望な人材確保を。学生側としても自分の売り込みできるチャンスとして、良い交流の場となってるのよ」
「へぇ……」
もう、何年も参加していなかったので色々と様変わりしているようだ。
「そうそう、それで、去年は僕の国の聖女『シャルティ』様が母国の行事で参加出来なかったけど、今年はピクニックに参加するって」
と、マクレンが言うと、その話をオリヴィアが横取りする。
「そうなのよ。歴代最高と言われる『カルミア』嬢と、完璧な聖女と名高い『シャルティ』嬢が見られるって社交界は話題沸騰中よ。その為の『イベント』もたくさん予定しているって聞いてるわ。だから参加しましょうよ。絶対……面白いから」
そう言ったオリヴィアの笑みは、トラブルの予感しかしなかった。
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