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婚約指輪


「よく似合ってるよ。フリージア」


 紺青色のローブに、金の刺繍が施されたローブを纏ったヴュートが横を歩いている。

 アカデミーにある職員塔の廊下に差し込む光を浴びながら微笑むヴュートの笑顔に、思わず目を細めた。

 

 ……あぁ、朝日よりも眩しい笑顔が目に染みる。


「ありがとう。……ヴュートも、とても似合ってますね」


 ここのアカデミーでは、各年ごとに羽織るローブの色は異なっており、今年入学した生徒のローブは紺青色、ひとつ前の年は臙脂色、その前はビリヤードグリーンの様な暗緑色、さらにその前は紫紺色のローブを纏っている。

 

 シルフェン公爵邸にアカデミーから届いたローブ。まるで夜空の様なそれを手に取った瞬間、ヴュートの目と同じ色だと思った。


 編入に際し、学部長に挨拶する為、案内された部屋に向かっていた。


 案内された部屋は綺麗に整理整頓……された部屋ではなく、本や書類に埋め尽くされ、かろうじて窓際に学部長と書かれた札が倒れたまま置かれている机が見えた。


 部屋の真ん中にある革張りのソファと背の低いテーブルは来客用のためのものであろう。

 そこだけは、まるで聖域のように何も置かれていなかった。


「お掛けになってお待ちください」


 そう事務員さんに声をかけられ、革張りのソファに二人で座ったところ、事務員さんが部屋を出て行った。

 


 

「そういえば……、ジアの婚約指輪のサイズ直しはまだ時間かかりそうかな?」


「はい⁉︎」


 突然、婚約指輪の話題を出した、ヴュートをキョトンと見上げた。


「指輪は、いつここに戻ってくるのか気になって」


 にこりと微笑みながら私の左手の薬指を指す。


「ええと……」


 何と答えようかと迷うと同時に、何故この話題を振ったのかと疑問符が浮かぶ。


「うん?」


 そう先を促すヴュートは笑顔だけれど、えも言われぬ圧を感じた。


 その時、オリヴィアが言っていた言葉を思い出す。


 私がアカデミにーに入る理由を、『シルフェン家から婚約破棄の話が来ると思っているから、今後の為にアカデミーに入って、可能性を広げるつもりだって』とヴュートに話したと。


 つまり、彼はここに私が新しい婚約者を探しに来ていると思っているのだ。

 大事なソルト家の婚約者が婚約指輪を着けずにアカデミーにいる事は大問題なのだろう。

 着けているだけで牽制になるのだから。


 が、しかし!

 

 ただでさえシルフェン家に引っ越したことでカルミアを刺激しているのだから、これ以上不用意にカルミアの癇に障ることはしたくない。


「……恐らく、もう少し時間がかかるのではないかと……」


 本当は自分の部屋にあるけどね。


 そう思いながらも逃げ道を探す。


「……ふぅん。どこの工房に出したの? あまりに時間がかかるようなら、シルフェン家の馴染みの工房を紹介するよ?」


 ヤバい。

 なんかヴュートの目が、獲物をロックオンした感が……。

 あれ? 背徳感による被害妄想かな……?


 ジリジリと二人の距離を物理的にも、精神的にも追い詰めてくる彼に体が固まる。

  

 その時、天の助けの音が……コンコンコンとドアから響いた。

 





 

「学部長のゼリウス=フォレスじゃ。待たせてすまんかったの。ちと調べ物に手間取って」


 私の背丈の半分ほどの身長、白髪に、金色の瞳を持つ少年の彼は、にこりと笑顔で手を差し出した。


 え?

 今学部長って言った……?

 明らかに、年齢も私の半分ぐらいに見えるけど……。

 

「かの有名な三大公爵家のうちの二つ。フリージア=ソルト嬢に、ヴュート=シルフェン小公爵。其方達を迎えられて誇りに思う」



「ご無沙汰しております。ゼリウス先生」


 そう言って笑顔でヴュートが彼と握手をする。

 当然面識はあるようだ。


「うむ。久しぶりじゃな、ヴュート。男に磨きがかかっておるではないか」

「恐れ入ります」


 カッカッカと笑いながらそう言うとこちらに視線を向けた。


「初めまして。フリージア=ソルトです。本日よりこちらで学ばせていただくことになりました。よろしくお願い致します」


 そう言ってカーテシーで礼を執ると、ゼリウス学部長は目を細めてこちらをじっと見た。


「其方がマグノリア殿の孫娘か。なるほどなるほど」


 ふむふむと言いながらも落ち着かない視線を送る彼は大変面白いものを見つけたかのような、見たまま子供の様な笑顔で破顔した。


 なるほどって何?


「あやつ、面白いものを隠しておったんじゃな」


 ボソリと呟いた彼の小さな声は私の耳には届かず、彼はローブの下から何枚かに綴られた書類を取り出した。

 ニコニコとしながらそれを私に差し出す。


「……これは?」

「君の名前を探してみるがいい」


 その紙には、一番上にヴュートの名前、「一番 ヴュート=シルフェン 四百九十三点」。そして、五枚目の一番最後のページの一番下。

「五百七十二番 フリージア=ソルト 三百五十二点」と書いてあった。


 まさかと思ってゼリウス学部長の顔を見る。

 

「さてさて、ソルト嬢。これは非公開でも何でもない。今年の入学試験と、編入試験の合格者の点数だ。そして君の点数は最下位。このアカデミーの入学試験の点数は最低点が三百五十点。人数、性別、国籍を問わずこの点数が取れれば入学できる。しかし、入学後あまりに成績が悪い場合はアカデミーから除名となる」


 金の瞳を愉快そうに煌めかせながらゼリウス学部長は続ける。


「アカデミーでの生活に胸躍らせて入学してくれたところ申し訳ないんじゃが、そのことを胸に勉学に励みたまえ。ヒョヒョっ。アカデミーの単位の取り方なんぞはヴュートがおる頃から何ら変わっておらんから、彼に聞くといい。……それでは、健闘を祈る」



 


✳︎✳︎✳︎


 おかしい。

 筆記試験での自己採点は三○○満点中、二九五点と好成績だった。

 ということは実技だろうか。

 試験官は、祖母ではなかった。

 もう二人受験者がおり、三人の試験官が距離を取ったところで各々試験を受けていた。


 指示された紋様は全て描くことができた。

 自分の中でも良い方だったと思う。

 指示された以上もできたけれど、「これで終了です」と言われれば、何もできることはなかった。


 


 それでも実技の試験は二〇〇満点中、六〇点にも満たないということだ。

 これは首席卒業は厳しくなってきた……かもしれない。


 それにしても……。


 チラリと中庭の廊下の右隣を歩くヴュートを見上げる。


「な、何?」


 少し視線を泳がせつつ返事をした彼は、私の言いたいことがわかっているようだ。


「試験。受けないんじゃなかったんですか?」


「あ、うん。免除は免除だったんだけど、一応受けただけで、それだけだよ?」


「そうですか」


 彼は『特待生枠』の編入だ。

 このアカデミーでは、各国の王族や、カルミアのような聖女、賢者と呼ばれる人間や、魔力の異常に高い人間等、ヴュートのように首席卒業した人の再入学など試験無しで入れる枠がある。

 オリヴィアは敢えてその枠ではなく試験を受けて入学したそうだが、カルミアは特待生枠で入学している。

 

 そんな中でヴュートが試験を受ける意味が分からない。

 分からないけれど、彼を追い越すことができれば、首席の道は近い。

 目標が近くにあったことを喜ぶべきだ。

 が、何だか腑に落ちない。


「ヴュート様!」


 その時、不愉快な甲高い声が中庭の空気を切り裂いた。


 振り向いた先には、金色のふわふわの髪に、お気に入りのライトグリーンのリボンを、自慢の髪と一緒に編み込んで、臙脂色のローブを着たカルミアが立っていた。




 


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


面白い、続きが気になると思って頂けたら、励みになりますので、ブックマーク、下の★★★★★評価をしていただけたら嬉しいです。

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