回帰する
目の前の強烈な光で視界が眩んだ。
「っ……⁉︎」
教会のステンドグラスから降り注ぐ光は、太陽の光を透かしたものではない。
聖女の祈りに応えた神からの祝福の光だ。
天井の壁に取り付けてあるそれは太陽を模したような金枠に七色のガラスで描かれた繊細な細工が表すものは女神の紋様で、この国の、この世界の崇める太陽神「ディーテ」の女神像を照らしている。
「今日の女神の祝福もなんて素晴らしいことか……カルミア=ソルト様も本当に神々しくていらっしゃるわ」
「ソルト家は本当に優秀な聖女の血を受け継いでいるんだな。祖母のマグノリア様も優秀な聖女だったしなぁ」
「これで、『暁の魔女』様もいらっしゃれば、完璧なのに」
「いや、歴代最高と謳われるカルミア様なら、その可能性もあるぞ。あぁ、本当になんてお美しいんだ」
神殿に仕える神官たちが、うっとりと祈りを捧げる妹を見つめている。
女神像の足元に膝を突き、降りそそぐ光を浴びるカルミアは金の髪一筋一筋からまるで発光しているかのようだ。
その覚えのありすぎる光景に思考が停止する。
――私は死んだはずだ。
今までの出来事が全部夢だなんて思えないほど生々しい感覚を体が覚えている。
呼吸ができなくなり、まるで溺れたかのように空気が肺に入ってくれない感覚も、冷たい雨が体に叩き付ける感覚も、耳にこびりつく妹の笑い声も全て。
全てが先ほどのことで、体も震えている。
「お姉様。お祈りはもう終わったわ。早く帰りましょう」
周りの神官たちににこやかな天使の笑顔を振り撒いたその笑顔のまま私を見る。……その目は笑っていないけれど、先ほどの私に向けられた憎しみは一ミリも無かった。
彼女の顔を穴が空くほど見つめてしまう。
しかも、先ほどまで私を見下ろしていた彼女より明らかに幼い。
「お姉様? 私早く帰りたいんだけど。明日はライール侯爵令嬢の結婚式があるから、新調したドレスや小物の確認で忙しいの。招待されていないお姉様と違って私は暇じゃないのよ」
カルミアは髪に編み込んだお気に入りのライトグリーンのリボンくるくる指で弄びながら私に言った。
ライール侯爵令嬢の結婚式は二年前だったはず。
そう困惑しながらも、ふと……横にあった大きな鏡に映る自分の姿に目を見張った。
十八歳だったはずの自分も少し幼くなっている。
「……そうね。……帰り……ましょう」
呆然と言葉にしたものの、妹は「はぁ?」とため息をつき、神官達も私に冷ややかな視線を向けた。
「違うわ。帰るのは私。お姉様は後片付けをよろしくね」
そう言って、彼女は外に待たせているであろう馬車の方に、神官たちと消えていった。
一人ぽつんと残された神殿の中で呆然と女神像を見つめる。
「……時間が……戻ったの……?」
当然誰からも返事があるわけではないけれど、言葉に出てしまう。
呆然としながらも、神事に使う神具を手に取り、片付けを始める。
神具は五種類。水晶や魔石などを加工し、細かい細工の台座に乗せられているそれらを、金の細工をされた箱に一つずつ収めていく。
神具は毎回が決まった場所に置かれるわけではない。
女神像を取り囲む様に描かれた多数の紋様と古代文字の場所と意味を把握し、儀式を行う日の星の動きや太陽の位置によって場所を変えなければいけない。
毎回神具の位置を変えなければいけないのだ。
神具をひとつ、ひとつ入れながら、視界が滲み始めた。
また私はこの世界で、望まれない存在として生きていくのか。
家族には冷遇され、妹のサポート役として自分の時間すらままならず。
それでも聖女と言われる妹のために努力しても、……結果、妹の才能に嫉妬する見苦しい姉と言われるのだ。
唯一の心の拠り所だった婚約者は妹に心移りし、私には手紙のひとつも寄越さない。
――お姉様が『暁の魔女』でしょう?
死の間際、カルミアが私に言った言葉が頭の中をこだまする。
「……貴方を心から崇拝したことなどないけれど、やり直す機会をくれたことには感謝をするわ……」
そう言って女神像を見つめた。
口元に浮かべる微笑みが私を馬鹿にしているようにも見える。
これからは従順な貴族令嬢になんかならない。
手紙も寄越さない恋人をひたすら待ったりなどしない。
いつか妹に心奪われる人などいらない。
愛してくれない家族に執着したりしない。
左手の薬指にはめていた指輪を外し、腰に着けていたシャトレーンポケットに仕舞う。
私は……私の人生を自分の為に生きていく。
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