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失った記憶

フリージア視点です。




 九つの時、階段から転落して数日気を失い、しばらくベッドから動けなくなっていた。


 立てるようになった頃、メイドが「フリージア様、お父上が書斎に来られるようにとお呼びです」とドアの外から声をかけられ、なんだか最近メイドや使用人が冷たくなった気がすると思いながらも、介添の無いままベッドから降りた。


 父から呼び出された経験など無く、きっと怪我の具合を心配してくれたのだと、まだ痛む頭と足を引きずりながら喜びに緊張しつつ父の部屋に向かった。

 

 書斎のドアをノックすると入室を促され、少し震える手で扉を開けた。

 

 『もう元気になりました』? 『ご心配おかけしました』? もっと気の利いた言葉は無いかと考えながら父の座る机に視線をやる。


「あ……あの……。お父さ……」

 

「お前の結婚相手が決まった」


 絡まることのない視線に、ひんやりとした声が『なぜ期待なんてしたの』と自分に問いかけざるを得なかった。

 

 

「私の……婚約が決まったのですか……?」

 

「そうだ。お前とシルフェン公爵家の嫡男であるヴュート殿との婚約がな。シルフェン家は国における立場もさることながら、我がソルト公爵家との経済的繋がりも厚い。お前もこの婚約が両家にとってどれだけ重要な事か考えて、今後の身の振り方をよくよく考えるように」


 そうしてチラリと私の頭に巻かれた包帯に視線をやった。


『お転婆など話にならん』そんな言葉が聞こえてくるようだ。


 二日前、ベットの上で目をさますと身体中に激痛が走った。

 何があったのか分からず混乱していると、ソルト家の主治医と、人が変わったかのような厳しい目をした祖母がベットの横に座っていた。

 祖母に尋ねると「階段から落ちたことは覚えている?」と尋ねられた。


「いえ、……ちっとも覚えておりません……」


 まるで知らない人のようで、オドオドしながらそう答えると、ため息をついた祖母が眉間に皺を寄せて説明をしてくれた。

 数日前、屋敷中を走り回っており、その時調子に乗って階段から転げ落ち、頭を強打。そのため意識を失っていたと……。


 いかにも自分がしそうなことに恥ずかしすぎると乾いた笑いがこぼれたが、追い討ちをかけるように祖母から思わぬことを言われた。


「今まで、貴方を甘やかしすぎたようね、フリージア。貴方がこれからソルト家の長女として恥ずかしくないように、きちんと教育して行きます」


 祖母の声とは思えない硬く、ひんやりした声に頭を上げる。


「お祖母様……?」


 祖母はいつも、『貴方らしく、ずっと笑顔のフリージアでいてね』と優しく微笑んでくれていた。

 王都の市街地に町娘の格好をして黙って出かけた時も、木登りをしている時も、ウサギを追い回して捕まえたときも、転んでも、怪我をしても、『楽しそうねぇ』と、笑ってくれた面影などどこにも無い。

 

「貴方には妹が出来たのですよ。しかも彼女は先日の祝福祭で聖女認定を受けているのです。貴方がそんな状態ではカルミアの評判にも関わりますからね。しかも先日王家主催のピクニックでも令息達にいたずらしていたでしょう。見られていないと思ったら大間違いですよ」


「ピクニック? カルミア?」


 なんのことやら全く記憶にないけれど、王家主催のピクニックも、カルミアの聖女認定の記憶もない。

 新しい母と妹が来ると聞いていたが、もうすでにこの屋敷に来ているなんて……。


「それすらも覚えていないのですね……」


 今までにない程ぞくりと体を強張らせる祖母の声に小さく「はい」と答えるのが精一杯だった。

 主治医の話では頭を打った前の記憶が抜けているとのことで、思い出すかどうかは分からないと言われた。

 

 祖母は大きなため息を吐きながら、数日間のことを説明した。

 

 王家主催のピクニックに行った翌日、義母と義妹が来たこと。その翌日二人揃って祝福祭に行き、聖女適性検査に行った。その際、カルミアだけが適性を見せたこと。更には階段を転げ落ちたのも、カルミアを屋敷中連れ回して走り回って調子に乗った結果だと。

 

「私も……適性検査を受けたのですね……」


 カルミアを階段の転落に巻き込まずに済んだことに安堵しつつも、適性検査を受けたことに驚きを隠せなかった。

 聖女適性検査は五歳を超えた頃、年に一度の祝福祭で、両親同席の元神殿で行われる。

 が、私は父がほとんど屋敷におらず、面倒だからそのうちに……と放置されていた。しかし今回、カルミアの『ついで』に受けたそうだ。


 そう言われると、なんとなくぼんやり記憶の片隅にある気がする。


 神殿の祭壇に立ったカルミア。彼女の触れた水晶が目も眩むほどの輝きを放っていたような……。


 そんなことを考えながら祖母の顔を見ると、彼女はついと視線を逸らし、「体調が戻ったら一からマナーと勉強を叩き込みますからね」と出ていった。


 そうして動けるようになった頃、父に呼び出され、婚約を知らされたのだった。



 

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


面白い、続きが気になると思って頂けたら、励みになりますので、ブックマーク、下の★★★★★評価をしていただけたら嬉しいです。

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