湖
ドラゴンに変化したテオの背中に、わたしとオババ様が乗る。
山を登るようにして、ドラゴンに登ることはもちろんできない。だって部屋着とは言えドレスだし。足が見えてしまうのははしたないし。で、どうやって登ったかと言うと……妖精さんたちに持ちあげてもらったのだ。
『よーいしょ』
『そーれー』
『ゆっくりねー、みんなーばらんすとってー』
と、掛け声をかけながら乗せてくれてた。……い、意外に力持ちなのね、妖精さんたち。すごい。ちょっとびっくりしたわ。そんなふうに持ち上げてもらった後、わたしはテオの背中の突起と突起の間に座った。淑女らしく横座りね。オババ様も、わたしの前に腰を下ろした。オババ様は片手で突起を掴み、もう片方の手で杖を構えている。わたしは両手で突起を掴む。来た時のようテオの口に咥えられているのではないから、落ちないようにしっかりと捕まっていなければ。
「よし、行っとくれ」
行くぞ、とでも言うようなテオの咆哮。そしてわたしとオババ様を背に乗せたドラゴンのテオが飛翔する。
来た時とは比べものにならないくらいの、ものすごいスピードでテオは飛んだ。景色がどんどん後ろに流れていく。
だけど、身体に風は感じない。寒くもない。
ちらりとわたしの前のオババ様を見る。眠っているように目を瞑ってはいるけれど、きっとわたしにはわからない魔法を色々とかけてくれているのだろうと思う。
「風避けの幕を張ったよ。ああ、落ちたりもしないから安心おし」
頷いて、わたしはそのまま灰色の雲に覆われている空を見る。まだ、雨は降ってきてはいない。だけどきっと、直ぐにでも降り出すかもしれない。そのくらい、灰色は濃い。
……どうか間に合って。まだ降らないで。
祈るしか、できない。だけど、助けてくれると言ってくれたテオと、力を貸して下さるオババ様を信じてる。大丈夫、きっと大丈夫。
「テオや、そのまま領地を一周、旋回しな。そのあとはナーハン河に向かうんだよ」
オババ様の声にテオが咆哮を上げて答える。
ドラゴンの姿や叫びに驚いて出てきたのか、それとも天気を心配してもともと空を見上げていたのか、たくさんの領民のみんながこちらを見上げている。
不安がらせてはいけない。
わたしはテオの背でゆっくりと立ち上がる。落ちたりしないとオババ様が言った。なら、立ち上がっても大丈夫なはず。わたしは大きく息を吸った。
「みんなーーーーーーっ!もう大丈夫ーーーーーっ!だから、安心してーーーーーっ!」
叫んで、手も大きく振る。
聞こえないかもしれないとも思ったけれど、ザワザワとした「お、お嬢様だ!」「リステリアお嬢様がドラゴンの背に!」などという声が伝わってくる。
これもきっとオババ様の魔法。わたしは目線だけで感謝の意を示す。また息を吸う。
「聞いてみんな、これからまた嵐が来る。だけど、大丈夫。このドラゴンのテオと黒の森の魔女様がわたしたちを助けてくれる」
青ざめた顔。驚愕の表情。半信半疑で訝しげにこちらを見上げる目。オロオロと左右を見渡す人。それから……祈るように胸の前で握られる手。
まるで神様になったみたいに、みんなの姿が見える。わかる。オババ様の魔法はすごい。
「雨が降ればナーハン河は溢れる。だからこれからナーハン河の支流となるような大きな溝……排水路を掘るわ。それから大きなため池も。だからもう嵐になっても水は溢れない。低地にたまったままの水も、直ぐには無理でも必ずはける」
本当なのかという声が聞こえる。助かるの?水は本当に引くの?たくさんの声。
「あと少し。こんな困苦はもう終わる。だからみんな、力を貸して。嵐が去って水が引いたら……そうしたら、みんなで家を建てよう!畑を作って耕そう!たくさんたくさん種を巻こう!そして、緑を、花を、作物を!わたしたちの手に取り戻そう!」
わあわあという歓声が響いてくる。
東の被災地が見えた。カイエンお兄様と、その隣に立つエリスお義姉様がポカンとわたしを見上げている。思い切り手を振ってみる。
「カイエンお兄様っ!エリスお義姉様っ!多少なりとも衝撃があると思いますから、皆様の安全にはご配慮くださいませっ!」
ヴィステルハイムの館が見える。お父様がいる。セバスもニーナもみんなみんな。
わたしは手を振りながらみんなに向かって叫ぶ。
「かなり揺れると思いますっ!だからみんな、安全なところにいてーーーーーっ!」
領土を一周して、そしてナーハン河上空にまでやって来た。その上空で、テオが止まる。
「やりなテオ」
オババ様の掛け声とともに、テオが咆哮を上げる。そして、その口から大量の炎を吐いた。炎は、何故か圧縮されて、球体になる。多分……オババ様の魔法が、テオの炎を高濃度に圧縮している……のだろう。
まるで天から降ってくる火球……巨大な隕石のよう。
その火球を、テオが思い切り地面に叩きつけた。
ものすごい衝撃音。
それからオババ様の魔法で風避けの幕を張ってもらっているはずなのに、それでも肌にビリビリと伝わってくる振動。
眼下を見れば、火球が地面に落ちた衝撃で、まるで隕石が地表に落ちて出来たクレーターのような大きな穴が出来ていた。
ええと……。
「ありゃ、ちょっと大きすぎたかねえ……」
のんびりと、オババ様が言う。地表に出来たのは「ため池」などというものではなく……水はまだ張ってはいないけれど、「湖」と呼べるほどの大きさの穴、だった。
「まあ、いいか。大は小を兼ねる、さ。じゃあ次だ」
わたしが呆気に取られているうちに、テオとオババ様はさくさくとナーハン河とこの『湖』を繋ぐいくつかの水路を作っていった。ゆっくりと、ナーハン河の水が『湖』に流れ込む。
「ついでにやっちまおうかね……」
オババ様が杖を振るう。すると、低地に溜まったままだった水も少しずつ『湖』に移動してきた。洪水で壊れたまま放置されていた家屋や流木……汚泥も一緒に。
汚泥や残骸が無造作に放置されていた場所。そこが、何もない平地となる。
「なにもないほうが整地しやすいだろ」
ナーハン河の水は元々美しい清流だ。けれども、暴風雨は川だけではなく森に林に農地にも影響を及ぼした。崖は崩れ、土が流出する。その土が、ナーハン川の洪水と共に、町や農地に流れこんだ。そして、土を含んだ濁流が、家屋や町や村の中まで流れ込んだ。
つまり、水浸し且つ泥まみれ、だったのだ。
それが、綺麗に無くなっていた。
「オババ様……」
わたしは胸の前で手を握って、オババ様に頭を下げる。
「感謝いたします。ありがとう……本当に、ありがとうございま……、え!?」
オババ様に感謝の言葉を告げている途中、わたしは、それを見た。空を飛ぶ、何十本ものリンゴの木を。




