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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第5章 その先へ
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5.16. 予知夢についての仮説 その2

 少し話し疲れたらしい時宮准教授は、説明を止めると、煎餅を1包つまんで応接テーブルの上に置いた。そして、ポットからコーヒーを継ぎ足して啜る。

 やがて落ち着いたのか、再び口を開くと

「エンタングルメントなんて言うけど、まあ、この煎餅みたいなものだな。」

と言って、包みを開けずに折り曲げるとパリンと音がした。

 この煎餅は個別包装になっているので、包みの中には1枚の煎餅が入っているはずだったが、中は見えない。それで、

「煎餅がどうなったか? 多分2つに割れていると思うけど、その一つ一つがどんな形になっているかは分からないだろう?」

と時宮准教授。

 オレがうなずくと、彼は話を続けた。

「脳や神経細胞の周りに、エンタングルメントされた1対の量子があったとしよう。そのうち片方は、未来、シナプスに流れる電流に干渉する…つまり『観測』されるわけだ。」

 包を開いてかけらを一つ取り出して、それをオレに見せると

「2つに割れた煎餅のかけらは、エンタングルメントされた1対の量子みたいなものだ。それで、先に観測されたこっちのかけらが『予知夢』とすると、『未来』はこの中にある。」

と言って、包みを指差した。

 ところが、オレがうなずいて

「つまり、エンタングルメントされた1対の量子の1つが夢に影響して予知夢を見せる、ってことですか。」

と応じると…笑いながら首を振った。


 えっ…。蜃気楼のようだ。解ったと思った瞬間、真実はそこには存在しない。いや、そんなことじゃなくて、単純に時宮准教授に弄ばれているのか?

 苛立ちを隠せなくなってきたオレは、

「いい加減、本当のことを教えてくださいよ!」

と、少し大きな声を出してしまった。


 だが、時宮准教授は平然として答えた。

「私の2つ目の仮説に至るための材料は全部示したよ。…まあ、エンタングルメントのイメージとして、1包みの煎餅を割って示したのはあまり良くなかったかな? だけど、1個の量子が持つ情報でリアルな夢は見れないとは思わないかい? 現実を知覚する眼や耳、鼻や皮膚からの情報だって無数の量子が介在しているだろう。」

 オレは少し後悔した。…オレの理解力が不十分なだけなのか…。それで、

「言われてみればその通りですね。すみません。」

と素直に謝った。


 そして…オレは考えた。


 無数の量子を介して、現実を知覚したり夢を見たりする。その量子群はエンタングルメントを連鎖させて、全体としては波動方程式に従う…。そう言えば、AM世界でフォンノイマンが解いた式を見て、アインシュタインがエンタングルメントの連鎖を表していると言っていたような…。


 そうか…少し分かってきたような気がした。


 それで、

「…波動方程式に従う無数の量子の一部が夢に干渉して、別な一部が現実を知覚する。それらが、それぞれエンタングルメントして影響し合うから予知夢を見る、という理解で良いでしょうか?」

と言うと、時宮准教授は今度はうなずいた。


 そして、

「予知夢の原理が分かったところで、どうして夢と違う行動が取れるのか、私の仮説を紹介しよう。」

と言って、先ほどホワイトボードに書いた式を指差した。

「この式に含まれている波動関数は位相と絶対値に分解されて、位相は別の粒子に依存する…すなわちエンタングルメントする訳だ。それで問題は、絶対値の方だ。」

 何が問題なんだろう? とは思ったけど、オレには何も思いつかないから、何も反応できない。

 すると、時宮准教授はオレの反応を気にしないで、そのまま話を続けた。

「波動関数の絶対値は位置と時刻の関数だから、これは変動するのさ。」

 流石に、それはオレにもわかる。そこで、

「それは、波動関数だから当然ですよね?」

と反応した。

 しかし、

「そうかな? それはすなわち、ニュートン力学的に決まらない力の大きさは、時空間に存在する波のように変わる…と言うことになるんだけど?」

と時宮准教授に応じられて、オレは絶句し固まった。

 気持ちを落ち着かせるために手に取った、カップの中のコーヒーは冷めていて苦く感じた。やがて、カフェインが供給されたオレの脳は、また活動を始めた。

 脳の出した答えを1つづつ確認するように、つぶやいた。

「とすると…未来がどの程度確定しているかは、時空間によって異なるということなのか?」

 すると、つぶやきに時宮准教授が応じた。

「私もそう考えた。恐らく、ある程度確定した未来でなければ予知夢を見ることはできないのだろう。でも、波動関数の絶対値が0になる時空間を予知夢で見たら、それが現実になった時も夢の通りにしかならないのだと思う。」

 実現したくない夢を見てしまって、それが現実になった時に自分の行動が変えられない…。それは、ゾッとする話だ。

 そこで、オレは時宮准教授に尋ねた。

「先生は、その『絶対値0の夢』を見たことがあるんですか?」

すると、時宮准教授は答えた。

「あるよ…悪夢だった。何度もその前後の時間のことを夢に見て、夢の中での私の行動を変えてみたけど結果は変わらなかった。そして…やがて悪夢は現実になってしまったのさ。」

 何が起こったのか気になったけど、時宮准教授はそれ以上は話してくれなかった。


 こうして、時宮准教授から渡された冊子「Project of a study on Precognitive Dream」のうち「予知夢を見る基本原理」については、本人から直接説明してもらえたようだ。

 しかし、それ以外についての説明は無し。

「他の部分もぜひ読んでね。内容は他言無用ということで、よろしく。」

とだけ言われた。


 そして、話題はオレが相談したかったことに移った。


 つまり、オレのみた夢が予知夢なら、時宮准教授から口止めされていた「フォンノイマンのレクイエム」を何故川辺が知っていたのか? そして、その川辺にどう対応したら良いのか?だ。

 しかも、川辺は「フォンノイマンのレクイエム」のために玉置由宇…里奈の友人…が危険な目に遭いそうだと言っていた。それが本当なら、玉置由宇に危害が及ばないようにするにはどうしたら良いのだろうか?


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