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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第5章 その先へ
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5.15. 予知夢についての仮説 その1

 「桜井君はベルの不等式を知っているだろう?」

オレの問いに、時宮准教授は問いで返してきた。

「もちろん知ってますよ。院試でも出たし。」

 ベルの不等式が成り立てば、エンタングルメントが成立していないと言うこと。要は、ベルの不等式が破れる状態が作り出せないと、量子コンピュータが成立しないのだ。量子コンピュータを研究対象にするウチの学科で大学院に入るには、これは必須の知識だ。

 とは言え、時宮研では量子回路自体の開発をテーマにしている人はおらず、ベルの不等式を実際に研究で使っているのは三木さんくらいだ。だから、オレ、木田、豊島の3人にとって、量子力学の勉強はとても大変だった。…ベルの不等式なんて、かろうじて試験対策のために使えるようになっただけ。

 嫌なことを思い出したオレは、渋い顔をしていたに違い無い。

 だが、時宮准教授は追い討ちをかけた。

「それなら、ベルが彼の不等式を生み出したきっかけになったとも言われている、ボーム解釈は知ってる?」

「残念ですが、知りません。」

オレは素直に白旗を上げた。ベルの不等式だって付け焼き刃だったのに、それ以上のことを問われても、何も答えられない。


 時宮准教授はコーヒーを啜った。出来の悪い学生に呆れたのだろうか? しばらく沈黙が続いたが、やがて口を開いた。

「ボーム解釈を提案したデヴィッドボームは、あのオッペンハイマーの弟子で、原爆開発にも関わったんだ。」

 ようやく彼が口を開いてくれてホッとしつつ、AM世界の「フォンノイマン博士の世界」で会ったオッペンハイマーを思い出して、質問した。

「すると、そのデヴィッドボームもあのプリンストン高等研究所に在籍したんですか?」

「彼は、プリンストン高等研究所と同じ市内にあるプリンストン大学には籍を置いていたこともあったらしいけど、高等研究所の方にいたとは聞いたことがないなあ。でも、あのアインシュタインとも一緒に仕事をしていたらしいよ。」

 AM世界の「フォンノイマン博士の世界」で過ごした時間を思い出した。あの天才たちが集った、奇跡の場所…オレが過ごしたのはそれをAIで模擬したものではあったけど…。だが今重要なことは、予知夢の謎、そして予知夢で見た嵐の中で起こるであろうトラブルへの対応をどうするか? だ。

 話を進めるために、時宮准教授に本筋の説明を促した。

「それで、そのボーム解釈って何ですか?」

「要は、シュレディンガー方程式を再構成して、ニュートン力学の式と確率密度関数の合成の形で表せることを示したんだ。つまり、決定論的な部分と、波動関数から導かれる量子ポテンシャルで表せる部分に分けて見せたってことだね。つまり、こんな式。」

時宮准教授は立ち上がると、ホワイトボードにさっと式を書いた。

 なるほど。量子力学はイマイチ良く分からないけど、これなら何となく理解できる…ような気がした。誤解しているかもだけど。

 それで、オレの「理解」をぶつけてみた。

「すると…波動関数で表される部分は、例えば2つの量子がエンタングルメントされていると、片方が確定すると自動的にもう一つも確定するんですよね?」

 すると、時宮准教授はうなずきつつ答えた。

「その通り。だけど、アインシュタインは『エンタングルメント』に納得しなかった。」

「あっ、それってEPRパラドックスですよね?」

時宮准教授は再びうなずいた。

 EPRパラドックスとは、確かこんな話だった。

 エンタングルメントされた2つの量子が離れた場所で、片方を観測すると瞬間的にもう片方の量子状態がわかってしまう。つまり、光速を超えて情報が伝わることになってしまうから、相対性理論が成り立たなくなってしまう。

 時宮准教授は続けた。

「アインシュタインは『量子のエンタングルメントはオカルトだから、あり得ないだろう?』って問いかけたんだが、やがてベルの不等式が成立しない実験結果が発表された。オカルトだったエンタングルメントが、オカルトじゃなくなったんだ。」

 …とすると、時宮准教授の言いたいことが分かった気がした。

「それって、…先生は『予知夢もいつかオカルトではなくなる』って言いたいんですか?」

「まあね。でも、『予知夢』は現状ではオカルトだよね。キチンと仮説を立てて実証できないと、ずっとオカルトのままさ。」


 オレがうなずくのを見て、時宮准教授は話を続けた。

「だから、私は2つの仮説を立てて、予知夢を説明しようと思ったんだ。その1つ目が、人の意識に脳や神経細胞周囲の量子状態が影響するという仮説だった。」

 それこそ、オレが夢の中で川辺から問われ、時宮准教授が父から受け継いだもの…

「それが、オレの父から引き継いだ『フォンノイマンのレクイエム』でもある…と?」

「そうだ。『フォンノイマンのレクイエム』の実現と、この仮説の実証のために、『睡眠学習装置(仮)』を作って実験したんだ。結果は桜井君が体験した通りだ。そしてどうやら、AMになった君、そしてAMの情報によって現実世界に生還した君は、予知夢を見るようになったようだけど…。」

 そうか。時宮准教授の2つ目の仮説について内容がわからないのに、それを検証する「実験」の結果は判ってしまった。オレが予知夢を見ることこそ、その仮説を証明することになるのだと。

 時宮准教授から見れば、オレが予知夢について相談に来ればその時点で、2つ目の仮説の検証が終了したことになる。だから、「フォンノイマンのレクイエム」について口止めしていたのだろうか?

 こうなれば、時宮准教授の2つ目の仮説についても話を聞いて理解したい。そう思ったオレは、余計なことを聞かずに、時宮准教授に話を続けるよう促した。


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