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フォンノイマンのレクイエム  作者: 加茂晶
第5章 その先へ
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5.14. モチベーション

 再び准教授室に戻ってきた時宮准教授は、トレーにカップとお菓子を載せていた。そして、まだ散らかっている応接テーブルに置こうとしたので、オレは慌ててそのスペースを空けた。

「ありがとう。」

と、時宮准教授。

「こちらこそ、気が効かなくて済みません。」

流石にオレも少しは恐縮した。 


 ソファーに腰をおろした時宮准教授に勧められて、コーヒーを啜る。

 すると、時宮准教授は話を再開した。

「君も予知夢を見るようになったようだし、私も本音の話をしようと思う。」

 「予知夢」と言われて、オレは先ほど渡された印刷物を再び手にして、尋ねた。

「それが、この印刷物ですか?」

 印刷物をチラッと見た時宮准教授は、頷きつつ言った。

「そう。これは最終的には本の形態でまとめたいと思っているけど、公開する気は無いよ。」

「何故ですか?」

「予知夢を見たことがない人には、フィクションとしか思えないだろう? 桜井君も言ったじゃないか。大学の准教授の立場で、オカルトを扱うのは自殺行為だよ。」

 そう言った時宮准教授は、大真面目だった。オレだって客観的にはそう思うのだが、主観的には予知夢が何なのかを知りたい。いや、そもそもオレは本当に予知夢を見たのだろうか? …良くわからない。

 そこで少し混乱しながら、時宮准教授に応えた。

「確かにそうですね。オレだって、まだ予知夢を見たっていう実感が無いし、オカルトじみてるとは思ってます。先生に指摘された内容の夢を見て、先生にその内容について相談に乗ってもらおうと思っていたのは事実ですけど…。」

 すると、時宮准教授は言った。

「そうか。まだ、予知夢を見たって言う実感はないんだね。でも、ここから話を進めるために、とりあえず予知夢は実在するっていうことを前提にさせて欲しい。」

 オレは、現実世界に戻ってからは、予知夢を見たっていう実感は無い。だが、AM世界でムーコの意識が戻らず、現実世界に戻ってきたらムーコは意識を失ったままだった…という体験をした。あれも、一種の予知夢と言って良いだろう。

 そんなことを考えながら、オレは時宮准教授に同意して、頷いた。


 すると、時宮准教授は

「まず、この研究のモチベーションの話をしておこう。」

と言うと、コーヒーカップを手にして立ち上がった。

 そして、窓辺に立つと外を見やった。

「私は、物心ついたときには、予知夢を良く見ていたんだよ。…ほとんど毎日。それで、色々なことを夢で見たよ。大抵は、何か危機が迫って来た時に見たんだけど…。例えば、体育の時にかけっこで転ぶとか、抜き打ちテストで全く回答が書けないとか…。」

 まあ、子供にとってはそれは危機だな。重要なのは、そんな不吉な予知夢をどう活かしたのかだけど…。

「そんな時は、どうしたんですか?」

「かけっこは、手抜きしたら転ばなかった。それに、抜き打ちテストに備えて、カンペはしっかり準備したし…。」

 …それを言うか? 前から知ってはいたけど、教育者としてはダメな人だよな、時宮准教授は。だけど、予知夢の使い方としては、確かに時宮准教授が言ったような使い方が良いだろう。


 しかし、そこで疑問が湧いた。


 予知夢は未来を予知するからの予知夢だ。だけど、予知夢と違う未来が実現してしまったら、それは予知夢にならないのではないか? そういうのを何て言ったか…そう、パラドックスだ。

 そこで、時宮准教授に言った。

「未来が予知夢と違うのでは、予知夢にならないですよね? パラドックスになってしまいますよ。本当に予知夢と言うなら、夢を見た本人も、夢と違う行動は取れないんじゃないですか?」

 すると、再びソファーに腰を下ろした時宮准教授は、菓子をつまみながら言った。

「いやあ、私もそう思ったんだよ。中学生くらいの頃からね。だから、予知夢が一体何なのかを解き明かしたいと言うのが、私の研究の本当の意味での最終目標なんだ。」

 どこか、はぐらかされたように感じたので、直球の質問を投げかけた。

「それじゃあ、どうして父の研究を引き継いで、量子回路に人工意識体を構築する研究をされているんですか?」

 すると、返ってきた答えは、オレには簡単に受け止めきれないくらいに重かった。

「師匠と出会ったのは成り行きだった。それに、10年ほど前のあの日まで、預かった未公開論文やメモリを開いたことも無かった。だけど、見てしまったんだよ。師匠の乗った飛行機が墜ちる夢を。」


 絶句したオレに構わず、彼は話を続けた。

「当時大学生だった私は思った。最初は、その便を欠航に出来ないかってね。でも、予知夢で見たから…なんていう話は誰も耳を貸してくれないし、下手すると犯罪者にされてしまう。そこで、師匠にその便に乗らないように電話で話したんだ。」

 オレは思わず話の続きを促した。

「それで、父はどうしたんですか?」

「しばらく黙っていたけど、やがてこう言ったんだ。『よく解らないけど、分かった。一つ前の便に変更するよ』ってね。だからその夢が現実になった時、たくさんの人が亡くなったことにゾッとしながらも、師匠の無事を疑わなかった。」

 しかし、父は…そして母も一緒に、搭乗した飛行機が墜落して亡くなった。その現実を時宮准教授に突きつけた。

「でも、父は亡くなった…。」

 すると、彼は頷いて言った。

「後で解ったことだけど、師匠が変更した便は欠航したらしい。SNSで、機長の椅子が壊れて欠航したと書かれているのを見た。恐らく、それで師匠は元々予約していた便に乗ることになってしまったんだろう。…私の予知夢にもっと信憑性があれば…。」

 そして俯いたまま、話を続けた。

「師匠が亡くなったから、その研究をしっかり引き継がなければ…と強く思ったんだ。そして、それが結局、予知夢の研究にもつながった…。」

 この時宮准教授の話に、オレは自然に口から質問が出た。

「どうして、量子回路に人工意識体を構築する研究と予知夢の研究が繋がるんですか?」

 そう、時宮准教授が「予知夢が一体何なのかを解き明かしたい」と言い出してからずっと尋ねたかったことだ。


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