5.13. 予知夢の検証
その日の午後に、研究の進め方について相談したいと言って、時宮准教授に時間を取ってもらった。
時宮准教授は全てを語っていない…と、AM世界のオレは言っていた。多分、「フォンノイマンのレクイエム」についても何かを隠している。今日こそ、全てを自白してもらおう。
しかし、それは玉置由宇と関係があるのだろうか? もしかすると、話をするべき相手は時宮准教授ではなく、玉置姉妹のどちらかか川辺だったか?
そんなことを考えながら、准教授室のドアをノックした。
「どうぞ。適当にモノをどかして座って。」
いつも通りの時宮准教授の声だ。
だが、およそ2週間ぶりに入った准教授室の中は、以前とはかなり違っていた。応接テーブルの上はもちろん、ソファーの上にも本が散らかっていて、デスク周りもゴチャゴチャ…。
以前はそんなことは無かったのに。何故だろう?
ソファーの上にゴチャっと置かれていた本を移動し、何とか腰を下ろして思い至った。高木さんがいなくなったから、こうなったのだと。
高木さんがいた頃には、キレイに片付けられた応接テーブルの上に、いつも茶菓子が置かれていた。だが、今はそれが無い。
時宮准教授もどうにか向かい側のソファーの上を片付けて座ったのを見て、オレは言った。
「こうなったのは、高木さんがいなくなったせいですね?」
時宮准教授はうなずく…が、笑っている。何がおかしいんだ?
オレがそれを尋ねようとすると、時宮准教授が口を開いた。
「何故、私が笑っているのかだって?」
オレが考えていることを…先回りして答えた?
だが、時宮准教授はさらにオレの考えを先回りしてきた。
「『研究の進め方について相談したい』って連絡してきたけど、本当は違うんだろう? …君と高木さんに口止めして話した『フォンノイマンのレクイエム』の秘密が、他の人に漏れた…とかね。」
…どうして知っているんだ? オレの口から、無意識に言葉が漏れ出た。
「 そのことは誰にも言ってないのに…。」
そのオレの疑問に、時宮准教授はあっさり答えた。
「それは、夢で見たからだよ。いわゆる『予知夢』っていうやつ。」
呆気に取られたオレは、気の利いた言葉が思いつかず、至極真っ当な言葉で応えた。
「そうですか…。って、そんな非科学的なことを言い切ってしまって良いんですか? 准教授の立場で!」
時宮准教授は、今度は即答しなかった。
そして、今度は真面目な顔で言った。
「そうかな? 桜井君だって見たんだろう?『予知夢』を。それに、その内容を准教授の私に相談しに来たのだから、似たようなものだ。何にしても、ここから先は他言無用だ。」
オレは頷いた。
多分、真顔の彼をその時初めて見た…と、後から思った。
時宮准教授は、ソファーの脇に置いていた本の山を応接テーブルの上に積み上げると、
「最初はこの話から行こうか。」
そう言って、その一番上の本をオレの方へ寄越して来た。それは何故か、博物館とか図書館の資料庫にありそうな、古い和綴の本だった。
その表紙には何かの文字が書かれているのだろうが、オレにはミミズが這った黒い跡にしか見えない。いや…こういうのを「達筆」というのだろう。じっと眺めているうちに、最初の文字は「未」かもしれないと思えてきたけど、他の字はさっぱりだ。
駄目だこりゃ…。
読むのを諦めて時宮准教授を見返した。すると、彼の呟きが聞こえた。
「やはり桜井君には読めないか。…いや、そうだよな。」
オレは思わず頷いてしまった。
すると、時宮准教授も何故か頷きながら言った。
「世間では、『予知夢』って言うとオカルトの話だと思われているみたいだけど、昔から多くの書物に書かれて来たってことを示したかったんだ。この本の山は、そのエビデンスさ。桜井君は、こういう書物は不得意だったみたいだね。」
「そうです。オレはこんな『達筆』な字は読めません。」
オレがそう言うと、時宮准教授はまた頷いた。…何かおかしい。頷いてばかりだ。
そこで尋ねた。
「で、時宮先生はさっきから、何故何回も頷いているんですか?」
「それはねえ、君のその反応も『予知夢』で見たからさ。夢の内容を思い出しながら、実際に起こることと頭の中で比較しているんだよ。」
まさに「オカルト」に分類される「予知夢」を、時宮准教授は科学的に研究しようとしているのか…? 不思議だ。だけど、その姿勢を見て、オレ自身も何かが変わりそうな気がしてきた。
オレはその推測を、時宮准教授に確認したくなった。
「比較って…『予知夢』の内容が実現したかどうかを検証してるってことですか?」
「そう。今日は危険は無いから、検証し放題なんだよ。いつもは『予知夢』を見ると、危機が迫っていたりするから、検証する余裕なんて無いし。」
そうか。「予知夢を見る条件」があるのか? それに、時宮准教授が「予知夢」を検証していると言うのならば、夢に見ても実現しないこともあるのか? それなら、「予知夢」で「未来」を見ていることにはならないのでは無いのか?
そこで再び時宮准教授に尋ねた。
「わざわざ『検証』するってことは、『予知夢』で見たことが100%現実になるわけじゃ無いって言うことなんでしょうか?」
「なかなか鋭いね。その通りだ。だって、良くない『予知夢』を見たら、現実は『予知夢』とは違う未来にしたいとは思わないか?」
その通りだ。「予知夢」で見た内容がが悪夢だったら、オレだってそれが現実にならないようにしたい。…オレは頷いた。
すると、時宮准教授は話を続けた。
「だから、そういう時は、私自身も『予知夢』通りには動かない。…いや、他にも『予知夢』が現実にならない理由があるんだけど…。とにかく、できる時に『検証』しておきたいんだよ。」
そう言うと、本の山から今度は薄い印刷物を取り出した。タイトルは…「Project of a study on Precognitive Dream」。
オレに印刷物を手渡した時宮准教授は、ソファーから立ち上がると准教授室を出ていった。
渡された印刷物に目を通すと、最初に目に入ったのは「目次」だった。そこに書かれていたのは、「予知夢を見る基本原理」、「予知夢を見せるウェットウェア」、「予知夢を見るための神経細胞の使い方」…などなど。そして、著者は時宮准教授?!
何なんだ、この印刷物は?