4.11. ストーカーの真実
八神圭伍は平山現咲と密に連絡をとった。やがて、彼女が退院して学生生活に復帰すると、帰宅が遅い時間になりそうな時にはできるだけ大学へ迎えに行った。彼女が友人との飲食で遅い時間になると、きっと黒いワンボックス車が店の出口で待っていた。
そんな日々が続くうちに、平山現咲は八神圭伍の存在に安心するようになった。時には友人や家族のことを愚痴ったり、学業や将来の不安を吐露したり…。そうなると、八神圭伍もまた、平山現咲に何でも話すようになった。
そのうちに、八神圭伍は彼の知る限りの平山龍生の「ICP乗っ取り」の経緯を、平山現咲に話してしまった。そして、彼女を襲ったかも知れない高坂和巳が、かつてICPの社長だったことも…。
そんな2人は、吊り橋効果もあって、急接近した。…そして、八神圭伍は平山現咲のことを「リア子」と呼ぶようになった。彼はやがて、リア子にはムーコという妹がいることを知ることになる。その時になって彼は思い出した。ICPの社内行事で、平山龍生の2人の娘が参加していたことを…。
八神圭伍が言った。
「初めてムーコちゃんに会った時のことは、忘れられないよ。」
すると、リア子が頭を下げた。
「あの時は、ごめんなさい。」
すると、八神圭伍のひきつった笑い…。
オレも何となく雰囲気に飲まれて、作り笑いを浮かべてしまったが、何があったのか気になった。
「八神さんとムーコの初対面の時、一体何があったんですか?」
顔を見合わせた八神圭伍とリア子が、吹き出した。そして、
「最初から圭伍さんを睨みつけて、私を罵ると、最後には圭伍さんにお茶をかけて部屋から出て行ったわ。」
とリア子は下を向いて言った。
そう言えば、以前ムーコからこんなことを聞いた。
「自分自身『生きる力』を身につけるか、そういうパートナーを得るように、母親から言われた。」
と。そして、
「姉妹間で競争するように仕向けられてきた。」
とも。
ムーコよりおっとりしていそうなリア子がどう思ったかは分からないけど、八神圭伍を紹介されたムーコは、多分リア子に『負けた』と強く感じたのだろう。
そうだ。ムーコと初めて会った頃、やたらと距離を詰めてくるムーコにドキドキしながらも困惑していた。あの頃は、リア子への対抗心でオレに近づこうとしたのかもしれない。
だけど、今では何となくわかる。リア子と強烈な競争心を持ったムーコはムーコの本性ではなくて、多分「作られた」ムーコなのだろう、と。リア子はムーコと家族なのに…。いや、むしろ家族だからこそ、それが分からないのだろう。
原因は恐らく、あの両親。おっとりしたリア子は、良い意味で、あの強烈な両親から圧力を受けても染まらず受け流せたのだろう。でも、生真面目なムーコはそうはいかなかった…のだろうか?
もしかすると、学校や頭脳工房創界でオレと過ごしている時より、彼女たちの家で両親の影響を強く受けている時の方が、きつい性格だったのかもしれない。だから、ムーコはリア子と衝突していたのか…?
気づくと、八神圭伍とリア子は真面目な顔になっていた。そして、八神圭伍は話を続けた。
「お茶をかけられたものの、ムーコちゃんはリア子の妹だ。そう思うと、危険な目には合わせたく無いってね。」
すると、リア子も話を引き継いで言った。
「でも、その頃からムーコと私の関係が徐々におかしくなっていった気がします。だから、圭伍さんのクルマでムーコを少し離れたところから見守るしかできなくなって…。」
そうか。だからある意味、八神圭伍は確かにムーコのストーカーだったんだ…。だけど、ストーカーは彼1人ではなくて、リア子も一緒の2人組みだった。
そんなことを考えていたオレに、リア子はさらに話を続けた。
「そのうち、ムーコに私たちがクルマで追いかけていたことがバレてしまって、さらに険悪になってしまったわ…。」
そこで、オレはリア子に言った。
「ムーコはストーカーが出たと言って、かなり怯えていたんですよ。だから、ムーコを追いかけるのではなくて、ちゃんと説明してあげれば良かったんだと思いますが…。」
すると、リア子が応えて言った。
「そうねえ、今となっては本当にそう思うわ。何故、あの時にそれができなかったのか…。」
両手で顔を覆ったリア子に八神圭伍が言った。
「仕方なかったんだよ…多分。リア子…君も恐らくムーコちゃんには素直でいられなかったんだ、きっと。ムーコちゃんがリア子に素直になれなかったのと同じようにね。」
そう言われたリア子は、しかし、八神圭伍には素直に応えた。
「そうね。きっと、姉妹ってそんなものなのかもね。」
そして、オレに向き直って、真面目な顔で尋ねた。
「そう言えば、桜井君にも妹さんがいるんだっけ?」
「ええ、そうですが?」
「私たちみたいに、変な意地を張らないで、素直に話し合った方が良いわよ。そうしないと、私たちみたいになってしまうかも…。後悔しても、時間は戻らないのよ。」
そう言われて、里奈の顔が目に浮かんだ。当時のオレは、彼女を「妹」というよりも、「上泉梨奈」や「璃凪姫」に良く似た女性として見てしまっていた。
「上泉梨奈」と「璃凪姫」はそれぞれの世界でオレの妻だったのに、この世界で里奈は「妹」。とても素直に話し合えるような気分ではなかった。ある意味、オレは錯乱寸前だったのだ。