2度目の電話
今から、やがて40年前の物語です。
今は取り壊された赤坂プリンスホテルも、千歳烏山の銭湯の松屋も、今はありません。
この小説の時代以降、千歳烏山を訪ねていません。
もう訪ねることは、ないと思います。
あの部屋も既に現存していないし、当然、彼女もいませんから
由紀から電話があった。
時計は、火曜の午後8時を指していた。
2度目の別れを告げる電話だった。
僕は、26歳をむかえていた。
昨日、週明けの月曜日にあった東京への出張を終え、石川に帰って来た。
この出張があと数日遅かったらこの電話も無かった。
何故なら、その時には彼女は、あの部屋を引き払って、
僕の知らない別の街に行ってしまって2度と会うことは、なかったから・・・・
この2日間の出来事は、あの部屋とあの電話が、僕と由紀に、
出会ってから9年間の最後の時間をプレゼントしてくれたものだった。
*
3年あまり前に、別れた彼女、由紀がいた東京への出張が決まったのは、
1ヶ月前だった。その間、僕は1度も東京に行っていなかった。
2年前に担当した、自社と大阪の大手繊維会社とのオンラインシステムを
東京の子会社の繊維商社にも運用しようという
繊維会社のオブザーバー的な役割としての出張だった。
東京での会議が、月曜となり、僕にとって3年ぶりの東京でもあり、
早乗りしてあの部屋がある世田谷区の千歳烏山を訪ねるのも
懐かしいかなと思った。
土曜日の朝に石川・加賀を出て叔母さんが住む神奈川の秦野に、
すぐに、小田急線に乗り、新宿から、京王線に乗換えて、
千歳烏山に向かった。
おの部屋に近い駅の西口で降りたら、
北商店街の様子は当時との変化は感じられなかった。
でも、この通リの約100m先に、あのアパートは、あるのだろうか・・
由紀は、まだ、あの部屋にいるのだろうか・・いれば奇跡だ!
彼女が僕と別れた時、彼女は、大学の3年生で、順調に卒業していれば、
それからもう既に2年の歳月が経っていた。
東京で何らかの仕事について転居していない限りあの部屋に居ることはないし、
地元に帰ってしまっていても全然不思議でもないのだ。
寧ろ、あの部屋に居ることの方が可能性は低かった。
僕は、あの電話の、忘れることはない番号のダイヤルを回した
もしもし・・
由紀の声だった・・
僕だけど・・・・わかる?
としゆき?・・どうしたの?
今、烏山のあの部屋の近くにいる・・
君は、まだ、あの部屋に居る?
いるわ・・・・
いまから行ってもいいかい?会って話がしたいんだ。
勿論、嫌なら断ってもいいんだ
いいわよ・・・・
奇跡が起きた!!
*
3年ぶりに、あの部屋の前に立ち、ドアを開けた。
引っ越し用の段ボールが幾つも置いてある部屋の中の炬燵に君は座っていた。
当時の長かった髪が、ショートヘアーに変わっていた。
当時と同じ場所に、僕が持ち込んだシングルベッドがあった。
テレビも炬燵も同じ位置だ。
一度目の別れが告げられた、あの電話もあった。
部屋にあがり由紀の斜め横に座った。
由紀が紅茶淹れるわね、と立ちあがった時に、一匹の猫が飛び出した。
JAMだった。
ある意味、僕達の子供みたいな存在だった。
彼は、僕に関心もない様子で、由紀の足元に、じぃ〜と座っている。
僕の事は、もう忘れていても当然だね。
ダージリンかな?
君は、そうよ・・
由紀も24か・・
卒業してからどうして東京に?
ゼミの助教授に、助手としてどう?って言われて、
薄給だけど一応、中央大学の職員なのよ。
そう!君は、凄くがんばって勉強していたからね。
この段ボールは?
引っ越しするの?
弟がこちらの大学に入学するから同居するの。
来週の水曜日に引っ越しする。
じゃぁ、出張が今でなければ、こうして会うことも出来なかったんだ。
ところで、別れたその後は、由紀は、どうしたの?
あぁ、あの時のバイトの彼ね?すぐに別れたの。
今は、あなたも知ってる地元の彼に戻ったわ・・
そうか・・・・君からの別れの電話の後、随分苦しんだよ。
もちろん、君の比じゃないんだろうけど・・・
付き合った時間も長かったし、
君に依存していた部分が僕にすれば随分深いものだったからね。
1人でいろんな場所に行って、いろんなものを観て、聞いて、
何か少しでも惹かれるものがあるかを探しに、無理に自分を歩かせたよ。
でも、結局、惹かれるものは、何もなかった。
それは、この部屋にしかなかったからね。
1人の女性を失うということは全ての女性を失うことなんだと初めてわかったよ。
1年以上の時間が必要だった。
そんな時、1人の女性に出逢ったんだ。
利恵という名でね。
同じ会社の総務課で華があって知性もあって、柔らかい笑顔が素敵な女性だ。
いつしか、僕の近くに、いつも居てくれたんだ。
少しずつだけど、君を失くした僕の心を前に進ませてくれた。
君が専有していた僕の車の助手席が空席になってから随分経って、
やっと座る女性が出来たよ
利恵に縁談話が来てね。
利恵は、すぐに僕に話をした。
断ってほしい!と言って!!
彼女の願いに僕は、その一言がすぐに言えなかった。
結局彼女は、見合いをした。
学歴や仕事も完璧な男性だ。
オマケに28歳と落ち着いた男
利恵は、好きな人がいますと彼に、言ったそうだ。
でも、彼は、動じずにすぐに答えを求めていません。
ゆっくり判断ください。そう言ったそうだ。
僕にとって嫌な相手にぶつかったものだね。
僕も落ち着いて利恵に対していれば良かったんだ。
何せ、利恵は僕を本当に好きだったから・・・
好きになる時期が微妙にずれてたと言うか・・
ハードルが高いなと諦めていた処に、利恵の気持ちを知り、
僕の気持ちが暴走して異常に高まってしまった。
今更、利恵の気持ちを確かめる様な行動・言動をしてしまった
当然、利恵は、狼狽した。
私の想いを信じられないの?
僕の若さに対して、自分がこの人に自分を預けても良いのだろうのかという
疑問符がついてしまった。
僕は、まだ24才、利恵は22才、
お互いまだまだ若くて大人になっていなかった。
大人になるという事の意味さえ知らなかった。
利恵は、僕と彼のあいだを漂うように、
いまにも溺れてしまうような状態になった。
ある夜、利恵の家の縁側でキスをして、
彼女が外に連れてって!と言って車で郊外へ・・
車の中で激しく抱きあった。
僕は、これで利恵は、僕の元に来たんだと思った。
でも、その2時間後の朝に利恵から電話があった
ごめんなさい!
あなたとはつきあえない!
ごめんなさい!
その後、当然いろんなことが、本当にいろんなことが沢山有ったよ。
でも、結局、利恵は、僕じゃなく、彼を選んだ。
その理由を利恵は、絶対に、言わなかった。
彼女が僕より先に、大人になったんだろうね。それがいい事だとも、
寂しい事だとも、今でも言えないけれどね。
喜びから絶望への落差は、想像を越えて僕を襲った。
寿退社までの半年地獄だった。
毎日、顔を会わすわけだからね
利恵は、最後の日、僕を呼び出して、話をしたいと言った。
としゆき・・
いろいろありがとう・・
私は、あなたを・・・・
僕は、最後まで利恵の言葉を聞けなかった。
泣きそうになって、
もういいだろ!と彼女を遮り近くの会議室に駆け込んだ。
泣いている姿を利恵に見せたくなかったんだ。
利恵を愛していた。
僕は、利恵を失ってしまった。
利恵が最後に何を僕に言いたかったのかは、わからない。
でも、それを聞いたとしても、時間が戻る訳ではないよね。
僕の心は、破れ裂けたよ。
後には なにも残らなかった。
そんな最悪のタイミングで僕に告白してくれた女性がいた。
そんな状況でなければ、心優しくて、素直な素敵な彼女とは、
真剣につきあっていただろう。
その状態で、当然付き合うべきではないし、
もう少し時間をくれないかというのが常識だろう
でも、僕は何かにつかまらないと生きていけない状態だった。
僕という悪魔が彼女を襲った・
当然の様に彼女は傷ついた。
彼女は退社した。
ひどい男になっていた。
以来、恋をすることは無くて、
今に至る・・かな。
長い話を由紀は、膝にいるJAMを撫でながら、聞いていた。
時間も、夕方に近づいていた。話も出来たし、顔も見れた。
そろそろこの部屋を出よう!という時。
由紀の手が僕の腕を掴んだ。
縋るように。
・・?なに?・・どうしたの?
由紀が濡れた眼をして・・
としゆき・・と言って身体を近づけてきた。
嘘だろ?
3年ぶりの由紀のカラダをどう扱えればいいのかわからなかった。
*
3日前の土曜日にあなたは、あの電話を、私に鳴らした。
すごく、近くから・・
その日、言えなかったけれど、
あなたが私を迎えに来たんだって本当に思ったの。
バカみたいな話だけど。
こんなに、自分の心の奥にあなたが居るなんて思ってもいなかった・・・・
*
あなたは、私と別れたあとの事を、何か、古い昔を懐かしむ様に、
苦しい恋だった筈の利恵さんとの別れも、
振り切れた様に、時折、笑顔を見せながら、私に話をしたわね。
でも、あなたが今もすごく傷ついていることがわかるの。
あなたは、凄く変わった。
表情や話しぶりも、仕事の経験や年齢の経年もあるけれど、
眼の奥というか、心の中に深い哀しみを感じる。
どこか、諦観というか、絶望を見た暗い影を感じるの。
それが、あなたを更に魅力的に魅せて、
嫉妬さえ感じさせたのかもしれない。
私があなたの腕を握らなかったら、
そのまま、話も出来たし、顔も見れたから、
じゃ!って言って、帰ったでしょう?
腕を掴んで、ねぇ・と言った私に、
どうしたの?って言って
不思議な顔で私をみて・・・・
ウソだろ!って言った。
そして、抱いてくれたあとも
どうして? って、聞いたわ。
まったく、想像していなかった様に。
あなたが、電話してきて、部屋に入って来た時にふっと、
昔のように、地元の用事を終えて、東京に戻って、
部屋に入るなり荷物も置かさないで、
あなたに抱きついた頃の感覚になった。
あなたの顔を見て、あなたの声を聞いていた時、
あの頃の私になっていた。
*
3年あまり前に、あなたと別れる為だけに、バイト先の人と付き合ったわ。
あなたを嫌いになったわけじゃない。
ううん、あなたが高校3年生の時、新入生で入った文芸部で、
初めて会った時から、ずっと好きで、
まだあなたを想う気持ちが今も残っていることに、
ついさっき気付かされた。
あなたには分からないわね。
私があなたを追うように東京の大学に入ったその時から、
あなたが用意してくれた、
この部屋で2年間、まるで夫婦の様に一緒に暮らして・・・・
あなたは、ここ東京の大学を卒業して、
地元石川の会社に就職して、
私1人残して、この部屋を出ていった。
ただいま、おかえりって過した生活が一変した。
部屋に帰っても、灯りはついていない。
ただいま・・返事はない。
あなたが東京に会いに来てくれても、
私が大学の休みで地元に帰っても、
最後は、またねって言って1人でこの部屋に帰ってくる。
おかえりの返事はない。
あの頃は、先に私が帰っても、
必ず、あなたが・・ただいま!私が・・おかえり!
あなたが東京に来る日をずっと待っている私。
この電話が鳴るのをずっと待っている私。
精神的な孤独の免疫はあっても、
現実的な孤独の免疫はなかった。
寂しくなっても、手を伸ばせばいつでもあなたに触れられた。
そんな日常がどんなに幸せだったのか。
そんな時間を失ったことがどれほど辛かったか。
もう私は、耐えられなかった。
そんな私にしたあなたにも。
だから、別れようと思ったの。
あれからすぐにバイト先の人とは、別れたわ。
そのあと、あなたも知っていると思うけど、地元の彼に連絡したの。
彼は、3年間、私を待っていてくれた。
結局、彼の元に帰る事になってるの。
*
彼のことは、知っている。
同じ年齢で中学時代、別々の学校で部活のバレーボール部で
対戦していたらしいが記憶も無いし、第一に覚える必要もなかった。
僕と由紀が、一緒に、暮らし始めて、少し経った時、
由紀は、地元の彼に別れを言うわ。
あなたもついてきて!と言った。
由紀は近くの公衆電話から
彼に・・・
アナタより好きな人が出来ました。
だから、あなたと別れます。
好きな人は、今、隣で私の手を握ってくれていますと言った。
キツイよ!!・・俺でも!!
いや、誰でもキツイ!!
由紀は、もっと、きつかったはずだ。
それは、僕の手をずっと・・震えるほど強く握っていたから
彼は、由紀にとって、とても大事な人だった。
中学から憧れて、やがて、恋人になって!
これは、由紀が彼と僕、同時に、深く告げたことだった。
彼には、
大事な人が代わりました。
僕には、
だから、お願い!!私を大事にして!!
*
僕は、彼女を幸せに出来なかった。一時を除いて!!
*
当然、昔の様には彼女を抱けなかった。不自然な形で抱いた後
彼女の吐息を胸に感じながら、
どうして?・・
由紀は、昔に戻ったよう・・
3年前の別れの理由を静かに語った。
僕の優しさの絶対量が足りなかった・・
大学卒業前に、地元で就職する事を告げたあと、
時折、夜半に目を覚ますと、僕の腕まくらで寝ている目の前の由紀が、
僕の顔を見詰めながら静かに涙を流していた。
僕は、何も言えずにその涙をそっと唇で拭った・・
その記憶が蘇った・・
僕は、由紀を静かに抱きしめることしか出来なかった。
残念だけど、僕はもう当時の僕ではなかった。
時間は8時近くになっていた。
このままで居ることを、由紀が望んでいる事はわかりながらも
叔母さんが夕食の仕度をして、帰りを待っていることは確実で
この年齢になりながら勝手な事も出来ないと思い、
逡巡しながらも・・・
今日は、叔母さんのところに帰るよ。朝、行って来ます。
と約束したからね。
明日、電話する。新宿にでも行って食事しよう。
*
当然、朝まで居てくれると思っていたから、驚いた。
*
日曜、叔母の家から都内に行き、丸の内線、赤坂見附駅から近い
都市センターホテルで、宿泊の手続きをしてから、
由紀に電話をして新宿で待ち合わせた。
*
新宿の京王線の改札口で待ってくれていたあなたは、
ステンカラーのコートの下に、スーツを着て、その姿はサマになって、
3年前のあなたとは大違い。
すっかり、社会人の男性になっていた。
*
新宿の京王線の改札口で君を待っていた。
君の姿が見えた。
キャメルのチェスターコートを着た君は、
僕達が過ごした19歳から21歳の頃から大人びていたけど、
24歳になった君は大人の女になっていた。
*
新宿西口から、高層ビル街へ歩いた。
日曜夕方の新宿は、人で溢れていた。
三角ビルと言われる新宿住友ビルの高層階の
比較的安価なレストランに入った。
周りは、僕達みたいなカップルばかりだった。
ディナーメニューの中から、料理を頼み、僕は、ビールを頼んだ。
当時、こんな食事は、高嶺の花だったね。と言いながら、
僕達は、当時の部屋での献立をあげながら笑った。
四季の匂いを感じながら、二人して東口の踏切を渡って通った銭湯の松屋。
その時の君は、僕の右腕に抱きつくように腕をからませて歩いていたね。
帰りに、西口の北商店街入口の酒屋さんの前で、
1本だけって君におねだりしたビール。
でも、それで当時は、充分、幸せだった。
それが幸せな時間だったんだ。
ある日なんか、君が3尾百円のサンマを焼いてるときに、
暑くて、髪をあげた君のうなじが色っぽくて、
後ろから抱きしめて、首すじに、キスをしたら、
もう、料理中止になっちゃって
・・・
あとで、生焼きのサンマを、もう一度、焼き直しという事もあったね。
由紀は顔を赤くして、それは、あなたが悪いことするから・・
懐かしく、楽しい時間だった。
自然、東口から、歌舞伎町を通リ越して、
新大久保のホテル街の1つに入った。
昨日と違い、もう、2人ともに馴染んだカラダになっていた。
千歳烏山の部屋に戻り、あのシングルベッドで、
昔のように由紀を抱きながら、アレコレ話をした。
うつらうつらも、したかも。
ただ、新宿行きの始発には、乗らないと。
これからの事については、お互いに、避けていた。
時間が来て、そっと由紀の頭から、右腕を抜いて、ベッドを出て、
服を着ながら、また、連絡する・・と言った。
この風景が、僕の生涯の中でも忘れることのないものになるのだろうと、
もう一度、この部屋にあるもの全て、
もちろん由紀の姿を含め目に焼き付けた。
きっと、すべてのことが、過去の時間になるのだろう・
最後に、布団を被った彼女の後ろ姿に、じゃぁね・・
ドアを開け外に出た。
この2日間の時間を与えてくれたこの部屋をあとにした。
*
僕は京王線の千歳烏山駅から、新宿行の始発に乗り、
地下鉄丸の内線に乗り換えて、赤坂見附の駅で降りて地上ヘ出た。
3月の中旬の東京は、まだ、朝を迎える前で
、薄暗い前方左側にニューオータニ、紀尾井町通りを挟んで、
右側に赤坂プリンスと2つの巨大ホテルの姿が浮かんでいた。
ほぼ、不眠状態で、この坂を上るのは、きつい。
本来、昨日、泊まるはずだった「都市センターホテル」の部屋に入ったのは、
6時前だった。
朝食まで1時間は、眠れるか。
10時から、霞が関ビルで、この出張の本来の目的である会議があった。
*
由紀からの電話は、3年余り前の別れの電話を思い出させた。
最初に、決めたことから、言うわね。
明日、この部屋を出るわ。
そして、この電話の番号は、変える。
最後に、2度とあなたと会わない。
*
月曜の明け方、あなたがこのベッドを出ていった後、とても混乱したわ。
私は、これから、どうすればいいのだろう・・
あなたは、また、連絡する・・と言っていたけど。
*
あなたにもう1度会うと、戻れなくなると思ったわ。
彼の元に・・・
あなたの為に、2度も彼を、裏切られない・・・・・・
でも、わかってたの・・・・それは、無いということは・・
あなたにとってもう、終わった恋だって・・
あなたは、昔の私を抱いただけだって・・心は無いの・・
過去の影として、私や利恵さんは、いるけど。
あなたの心には、誰もいない。なにびともいない。
ねぇ・・としゆき・・
最後に、そう呼ぶわね。
としゆきって呼ばせた過去の女性もあなたを愛しながら、
別れを言ったんじゃないかしら・・
としゆきは、いつ目の前から消えても不思議じゃないの。
今は、自分の目の前にいるんだけど、
どれだけその場所に居るのか分からない。
いつ居なくなるのか分からない。
安心して自分を預けられないの
それが、女性から別れを言わせてしまう。
としゆきはね・・
優しくないの・・
だから、今回あなたが傷ついたことは、あなたにとって、
いいことだと思う。
あなたがどれだけ泣いたかは、わからないけど、
あなたは、その何倍もその女性を泣かせてるの。
私も、きっと利恵さんも・・
その他の女性も・・
でも、次に好きになる人には、そんな思いをさせないでね。
優しくしてあげてね・・
ねぇ・・としゆき・・
この2日間・わたしは、とてもしあわせだった・・
あの頃の、あなたを愛していたわたしに戻れたもの・・
じゃぁ・・もう、切るわね。
さよなら!
*
あの電話から、2度目の別れが告げられた。
いや、正確には、本当のさよならを告げられた
今度は、僕も、さよならと言った。
4年前に、僕が地元に帰る時にふたりを繋ぐために買った
あの電話のつとめがいま終わった。
*
ふと、1年半前、もう少しで25歳になる前の、
あの暑い夏を思い出していた。
利恵の父親に、言った言葉を思い出していた。
*
利恵さんが、好きです・・・
僕は、もう少しで、25歳になります。
青臭いんですけど、
今の自分の、裸の心を、素直に言えるのは、この歳が最後だと思っています。
だから、そのまま、利恵さんに伝えてもらえますか。
あなたが好きです・・・と
*
懸命に、生きようと足掻いてたつもりだったけど・・・
僕は、この1年半のあいだに、何を失くしたのだろうか?
それは、とても大事なもの・・
*
利恵が結婚した後に知ったことがある。
利恵は、それを僕に告げなかった。
由紀には言わなかったけど、
ふたりは、高校3年のクラスの同級生だった。
ふたりともに、高校1年の時に
僕を知った。
それを知った時、誰かが、意図的に差配したことじゃないかと思った。
僕は、ふたりに恋をして、ふたりも、僕に恋をした。
そして、僕は愛されながらも、ふたりは、別の人のもとに行った。
原因は、明白だ・・・
僕自身にあることは・・
それが何であるのかなんてわかっている・・
2度の恋をした・・・
以来、恋ができなくなっていた
自分の履歴をフィクションを含めながら、物語を書き始めました。
あと何編かを書いています。
仕事をしながらですので、なかなか書き進めませんが65歳までには、完結したいと思っています。