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「……さて、ランブラン侯爵夫妻とエルヴィーラ嬢。僕は優しいからね、君達に選ばせてあげよう。家族離散するか、若しくは三人揃って辺境の地で肩を寄せ合い暮らすか……あぁ、三食昼寝付きなんてのもあるよ、地下牢だけど。因みに僕のお勧めは一番最後だよ。どれがいいかな?」
ランブラン侯爵夫妻は暫く呆然とし立ち尽くしていたが、我に返る。
「で、殿下……それは何のご冗談ですか?何故いきなり私共がその様な仕打ちを受けなくてはならないのですか⁉︎それではまるで罪人と同じ……」
「そうですわ!どうして私達が。納得出来ません!そもそも、エルヴィーラの事はどうするんですか⁉︎……エルヴィーラは殿下と結婚なさるんですよ⁉︎ご自分の妻を」
吠える吠える…。予想はしていたが、全く良く吠える事だ。侯爵の方はまだまともな反応だが、夫人に至っては最早妄想の域だ。
「ははっ。それこそ冗談だよ。エルヴィーラ嬢を僕の妻に?例えこの世に女性が彼女しか居なくなっても遠慮するよ。冗談じゃない。そんな闘犬みたいな見た目も中身も醜い女……あぁ、すまない、闘犬に失礼だったね。断じて闘犬を愚弄している訳ではないから、誤解しない様に」
「と、闘犬⁉︎この美しい私が⁉︎」
エルヴィーラは悲鳴をあげる。
「ははっ。何か此処まで来ると愉快だね。君さ、鏡見た事ないの?それとも目が悪いのかな?ついでに頭も悪いから、何を言っても理解出来ないんだろうね。正にランブラン夫妻の教育の賜物だね。全く哀れなものだ。先程のアレクシアの言葉はまるで響いていない……アレクシア、君が可哀想でならないよ」
耳を塞がれ困り顔のアレクシアを見てオリヴェルは目を細めた。こ、これは、可愛すぎる……反則だ。
「殿下!お待ちください!一体どう言った事かを納得出来る様にご説明頂けますか。私共は何も悪い事などしていないのにも関わらずその様な処遇、幾ら王太子殿下からの命であっても黙って従う事は出来ません‼︎」
侯爵は必死の形相で話す。まるで心当たりがないと言わんばかりだ。
「分からないなら仕方ないな、教えてあげるよ。今回妃教育をするにあたり、貴族の令嬢等を選び集めた。だが、ランブラン侯爵家から候補として城へやって来たのはアレクシアではなく妹のエルヴィーラ嬢だった。僕は確かにアレクシアの名を記載した書簡を確認したし、この僕直々にアレクシアを推薦していた。それにも関わらず、おかしいよね?明らかに不正行為だ。これは王太子である僕、いや、延いては王家に対する裏切り行為と思われる。ランブラン侯爵家は王家に従えないと判断せざるを得ない。……そうなると今後謀反を画策する事も十分に考えられる。謂わば危険分子だ」
かなり拡大解釈ではある。だがこれくらい言っておけば、逃げ場はないだろうと考えた。
オリヴェルの言葉に見る見る顔が青くなる侯爵に対して、夫人は落ち着かない様子で僅かに震え出す。その様子に気がついた侯爵は夫人の肩を力任せに乱暴に掴んだ。
「お前っ、王太子妃候補にはエルヴィーラが選ばれたと話していたよな⁉︎本当はアレクシアだったのか⁉︎どうなんだ⁉︎」
「あー、その……もう!ごちゃごちゃ煩いわね!別に良いじゃない!分からないと思ったのよ!それにエルヴィーラの方が器量がいいんだから、その方が絶対良いって思ったの!何が悪いのよ⁉︎そもそもアレクシアが参加した所で選ばれる筈ないんだから!」
成る程。会話の内容からして、どうやら侯爵は知らなかった様だ。夫人が独断でした事らしい。
「で、殿下!聞いての通り私は知らなかったんです!全てはこの女と次女が勝手にしたこと。私は無関係です!今直ぐにこの二人とは縁を切ります。それでどうかお赦し頂けないでしょうか⁉︎」
「ちょっと、待ちなさい!信じられないわ!貴方、私達を見捨てる気なの⁉︎エルヴィーラが可愛くないの⁉︎それでも父親⁉︎」
「煩い‼︎そもそもお前がエルヴィーラばかり可愛がり、アレクシアを蔑ろにするからこうなったんだぞ!」
「貴方だって、容認していたでしょう⁉︎」
この不毛な争いは何時になったら終わるのか……。オリヴェルはいい加減うんざりしてくる。
「はぁ……。痴話喧嘩なら後にしてくれるかな?君達に構っている程、僕はそんな暇じゃない。折角三択にしてあげたのに、選ばないのならこっちで勝手に決めるよ。あぁそれと、ランブラン侯爵。君が夫人や娘と縁を切ろうが切るまいが、関係ないから。君には夫として親として、家長としての責務がある。知らなかったでは済まされないんだよ。分かるかな?大丈夫、アレクシアの事なら心配はいらない。君達とは縁を切り、彼女の後見人を叔父上にお願いするつもりだから。無論王太子妃には彼女がなる」
まあ彼等はアレクシアの事など興味はないだろうが、敢えて教えといてやる。
予想通り夫妻は生気が抜け落ちた様に、その場で膝を折った。
「何、何なの⁉︎お父様!お母様‼︎」
この後に及んで未だに状況を一人理解していないエルヴィーラ。二人に詰め寄るが、夫妻はもはや口を開く気力すらない様子だ。
「要は、君の思惑通りにはならないと言う事だよ、エルヴィーラ嬢。君は王太子妃にはなれないし、それどころかこの屋敷を出て行く事になる。残念だったね」
オリヴェルはエルヴィーラを嘲笑し、アレクシアに優しく笑いかける。耳を塞いでいた手を離すと、彼女を横抱きにした。
「きゃっ、オリヴェル様⁉︎」
「さて、用は済んだし帰ろうか。アレクシア」
「え、ですが……」
訳が分からず呆気に取られるアレクシアも、実に愛らしい。何より落ちない様にと必死に自分にしがみ付いてくる彼女の温もりが……素晴らしい‼︎
「オリヴェル様、鼻血が……」
アレクシアはハンカチでオリヴェルの鼻を押さえてくれた。颯爽と踵を返すが、やはり格好が悪くなってしまった……。
去り際、背中越しに未だエルヴィーラの喚く声が聞こえて来たが、完全に無視をした。




