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パンッ、乾いた音が静まり返る部屋に響いた。
「ごめんね、痛かった?本当は、僕は女性には手を出さない主義なんだけどさ」
オリヴェルはアレクシアに掴みかかったエルヴィーラの腕を掴むと、彼女の頬を平手で打った。力は加減しているのが分かるが、エルヴィーラは背後に蹌踉めくと、自身の身体の重みのせいで上手く支えられず尻餅をついた。
「僕の大切な人に手を出すなら話は別だよ。……余り調子に乗らないでくれるかな」
その場にいる者は一様に息を呑んだ。エルヴィーラに凄むオリヴェルの空気に、恐怖を感じる。
「殿下」
前へ一歩足を踏み出すオリヴェルの手をアレクシアは掴んだ。
「もう、これ以上は」
アレクシアの言葉に、彼は鞘に掛けた手を離す。
「ハハッ……大丈夫、本気じゃないよ、アレクシア。ただ、余りに醜態を晒すから、少し分からせてあげようとしただけだ。だが大人気なかったね」
気不味そうに苦笑し、アレクシアの手に自身の手を重ねた。本気ではないと話すが、彼の纏う空気は明らかに殺気立っていた。
「ゔっ……ゔぁああぁん」
瞬間堰を切ったように大泣きを始めるエルヴィーラ。その姿は余りに幼く、小さな子供にしか見えなかった。
周囲は唖然とし、流石のオリヴェルも目を見開いて固まった。
「お姉様ぁが、いじめるぅのぉ」
アレクシアだけは驚いた様子を見せずに、エルヴィーラに近寄るとエルヴィーラの頭に手を乗せた。
「エルヴィーラ、もう帰りましょう」
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意外だった。アレクシアがエルヴィーラに手を差し伸べるなど。あれだけ怒っていた、いや叱っていたのか……。オリヴェルはアレクシアの優しさと強さをひしひしと感じた。
そしてエルヴィーラに手を差し伸べる姿は、何処からどう見ても、姉の姿だった。
周囲がドン引く中、アレクシアは大泣きをするエルヴィーラを抱き起す。
「殿下、お願いがあります。私達に馬車をお貸し頂けませんか?」
「あ、あぁ、それは構わないけど……」
まさか帰るのか⁉︎
オリヴェルは内心焦る。オリヴェルはアレクシアが王太子妃になってくれるものだと思い込んでいた。確かに王太子妃教育に参加するのに同意はしたが、王太子妃になるとは言っていない。
いやしかし、先ほどまでアレクシアが王太子妃になるという流れだった筈……いやもしかして、そう思っていたのは自分だけなのか⁉︎
オリヴェルが固まって動けない中、アレクシアはエルヴィーラと共に部屋から出て行ってしまった。
「皆様、お騒がせしました事深くお詫び申し上げます。また妹のした事への責任と謝罪につきましては、後日改めまして必ずさせますので今はご容赦頂けますよう、お願い致します」
出て行く間際、アレクシアは振り返るとそれだけ言って、丁寧に頭を下げた。その姿は凛として美しく思わず見惚れてしまい、無意識に鼻の下が伸びた。
やはり、アレクシアは素敵な女性だ……可愛いだけじゃなく、強く美しい……いや、でもそんな姿も可愛い……。
故にオリヴェルは声を掛けそびれてしまう。最悪だ……いや、莫迦だ。




